纏うことで、心が解放される香水
腕に吹き付けた瞬間、どこか懐かしくほっとする。その反面、一度も経験したことのないどこか異国の地にと連れて行かれるような新発見もある。土や風、光、水、そして炎——地球のエネルギーをボトルに閉じ込めたようなコレクションだ。例えば、「カースト オードパルファム」(2021年)はシュッと胸や腕に吹き付けると、その瞬間に大地を駆ける風、海岸の湿度のニュアンスを感じる。けして重くない軽やかな水と風の香り。“清潔感”が増す香りは数知れぬほどに存在するが、この香りはそれだけではなく、自らの内側に存在する見知らぬ地を想像させるマジックがある。その“イマジネーションの刺激”こそが「アザートピアス」、最大の魅力だろう。
先日、6つ目、ラストコレクションとなる「オラノン オードパルファム」が発売となった。この香りは今までの5つに比べ、今まででいちばんシリーズのコンセプトを象徴しているように思える。香った時に、懐かしさとフューチャリスティックなイメージがツイストされたような世界観だ。まるで、別次元への扉を開いてしまったかのような感覚。調香師のバーベナ・フィリオンはこう語る。「このコレクションは、過去と現在、物性と抽象、此処と其処などの境界が曖昧になる場所に存在する並列空間に着想を得ています。香りは極めて主観的なものですが、それゆえ、さまざまな香りに対して十人十色の反応があるところに、大きな美しさがあります」。ちなみに私が「オラノン オードパルファム」を纏い想像したのは、砂の惑星、紫のオーラ、谷。バーナベはどのように捉えているのだろうか。
「オラノンを身につけると、果てしない砂漠の中に消えていくような、塵になってしまいそうな、何か大きなものに吸い込まれるような感覚を覚えます。とてもとても大きい、無限性に対する感動にも似た感覚があり、しかし同時に消滅していくようでもあります。これは興味深く恐ろしい、非常に独特の感覚です」。しかしそれと同時に未来的でポジティブな要素があるのが面白い。とにかく過去5作に比べ、非常に強い個性を持った香りであることは間違いない。
樹脂を想像させる重さのあるウッディに潜むのは、フレッシュなプチグレンのきらめき、甘やかなラベンダーフラワー、たおやかなカモミール、スパイシーなヘエレミ。それらが手を取り合って、ラストノートはセンシュアルなアンバーやトンカ、芳醇なパチョリ、ミルラが余韻を残す。「カギとなるインスピレーションは、ペトラ遺跡をはじめとする過去の建造物でした。粘土質の土地、粉塵の舞う砂漠、その昔キャラバンの隊列が行き交い、ミラ(ミルラ)やボスウェリア(フランキンセンス)が、香辛料とともに取引される交易路だった場所です。忘れ得ぬ古代都市の遺跡が、文明の持つ耐久性を象徴し、石を通じて時の流れを披露する様子を眺めている、そんなイメージが常に頭の中にありました」とバーナベ。未来をイメージしながら過去から解放されるようなマインドにすらなる「オラノン オードパルファム」だが、やはり調香のプロセスを聞いてもそれは納得。非常にロマンティックに香りが描かれている。
目と閉じて纏う香り。内面との対話
コロナウィルスの影響で、現代人は以前より一層癒しを求めるようになった。そして収束と反比例して、ふたたび香りを漂わせたい欲求、香りで“個性”をふくらませたいという気持ちが増してきたように思う。ヒーリングとアイデンティティの演出。イソップの「アザートピアス」シリーズの6本は、その両方を満たす香りだ。「『イーディシス オードパルファム』は、“透明感”をたたえながらも、個性あふれる香りを創るという挑戦がありました」とバーナベが話す通り、自然が醸すムードや生活の中で身近に感じるエッセンスを主体としながらも、自らのキャラクターを新しく際立たせてくれる、または内面から引き出してくれる香りは、“現代の香水”の目指すところかもしれない。とにかく今、精油や香水、アロマキャンドル、ルームスプレーなど、人々は香りを求めている。それは以前にも増して。
「フレグランスは目に見えないものですが、だからこそ私たちの想像の中で新たな映像を見せてくれるのだと解釈しています。例えばあなたが、白いキャンバスを見つめているとします。少しずつ、香調ごとに香水を匂っていくと、目の前で絵画が描かれていき、風景が現れます。私にとって香りは、とても視覚的なものです。香りを感じれば感じるほど、その物語に入り込むことができ、さらに、良いエネルギーやインプット、ひらめきで空間を満たします。部屋や衣服に香りをつけると、何か大きなものとつながっているような感覚が起こり、それは間違いなく意識の旅と言えるでしょう」(バーナベ)。香りがもたらす力は偉大だ。自分自身、香水で仕事がはかどったり、自信がついたり、気持ちが切り替わったりする。
また、バーナベが語るように内面の中でドラマが広がることは、きっと誰もが経験したことがあるはず。彼はこう続ける。「香りは私たちを時空の旅に連れ出し、想像力をかき立て、夢を描かせ、実に多くのことを感じさせてくれますし、記憶の中を辿るきっかけにもなります。こうしたつながりこそが人間の生きる目的であり、香りは私たちに、本当に大切で意味深いインスピレーションや感情に立ち戻るための道すじを示してくれると思います」
香りには無限大の力がある。それを意識しながら香水を纏う喜び。楽しさ。高揚感。忙しい毎日を過ごす現代を生きる私たち。何かにぶつかった時、深呼吸をしてから目を閉じて、そっと香りを纏ってみてはどうだろう。そこから広がる世界に救われたり、パワーをもらえたりするかもしれない。その選択肢のひとつとして、まだ見ぬ地へといざなう「アザートピアス」をおすすめしたい。
Profile
バーナべ・フィリオン 調香師。フランス人。植物学と薬草学を学び、香料やアロマをかけ合わせることで生まれる香りの可能性を見出し、数々のフレグランスを調香。2012年よりイソップとの取り組みが始まり、オードパルファムのみならず、ルームフレグランスやキャンドルのセントデザインも手がける。
問い合わせ先
イソップ・ジャパン 03-6271-5605
www.aesop.com
Editor: Toru Mitani
