「私はここに光を取り込みたい」──最終フィッティングの真っ最中にあるアレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)の新クリエティブ・ディレクター、ショーン・マクギアーはこう意気込みを見せる。デビューショーを4日後に控えたこの日、階下ではモデルたちが列をなし、コレクションが収められた箱が忙しなく出し入れされ、2月の冷たい空気が場内に立ち込めた熱気を冷やしていた。しかしマクギアーが仕事をしている2階はというと、至って平穏なムードが流れている。
壁一面にかけられたムードボードには、デビッド・ハモンズの絵、ジョン・チェンバレンの彫刻、画面が粉々に割れたiPhoneの写真などが整然と貼り付けられており、そのなかにはピート・ドハーティと付き合っていた頃のケイト・モスや、全盛期のエイミー・ワインハウス、現役オックスフォード大学生でショーにも起用されたモデルのベベ・パーネルなど、昔と今のロンドンを体現する若者の写真も混ざっていた。棚に置かれているのは、新作のシューズやブーツ。ラックにはショールックがかかっている。期待通りのパターンのほかには、手の込んだ芸術的な装飾など、サプライズになるであろうデザインが目についた。
この一週間ほど前、ロンドンのスタジオにいたマクギアーは、故アレキサンダー・マックイーンが1995年春夏シーズンに発表した「The Birds」コレクションが出発点であったことを教えてくれた。「とてもシンプルなんですが、ちょっとしたひねりが効いているところが好きです。ジャケットの肩が盛り上がっていたり、ラペルがちょっと突き上がっていたり。美しいテーラリングを作り新しい何かを加え、どんな効果が生まれるかを試していくのです」
マクギアーが注入する、ミレニアル世代の視点とエネルギー
彼に課された使命はもちろん、このブランドに新しさをもたらすことだ。ブランドのCEOであるジャンフィリッポ・テスタは、彼の就任時に「パワフルなクリエイティビティを注いでくれるでしょう」と期待をかけていたが、その言葉に応えるかのようにマクギアーはミレニアル世代ならではの視点を注入しようとしている。「このブランドには、若々しいエネルギーが必要です。さまざまな若者文化が交わるロンドンらしさを反映したものであるべきだと思っています。それに加え、強いリアクションを引き起こさなければいけません。これがブランドのDNA。マックイーンは挑発的ですが、同時に遊び心にもあふれています」
マクギアーによるデビューコレクションには、マックイーンを象徴するスーパーローライズの「バムスター」パンツはあるのだろうか? 今シーズン、すでにいくつかのランウェイショーでも度々登場しているが、彼が新たに打ち出すのはアーカイブピースをグレードアップさせた現代版だ。「かなりのローライズではありますが、ルーズな仕立てで、クールに穿きこなすことができます。そこまで穿きにくくはないはず」とデザイナーも自信をのぞかせる。ほかには、スニーカーにも注力しているらしい。
マックイーンがこの世を去ったのは2010年。マクギアーがファッションの道を志してセントラル セント マーチンズに出願しようとしていたときのことだった。創設者が最期に遺した2つのコレクション、「Horn of Plenty」と「Plato’s Atlantis」への思い入れは深い。「当時20歳だった私は自己形成期にあったので、この2つは本当に多くのインスピレーションを与えてくれました。『Plato’s Atlantis』は非常に大胆で、メッセージ性が際立っていました。レディー・ガガによる楽曲『バッド・ロマンス』のMVにも登場し、ポップカルチャーにも多大なインパクトをもたらしたものです」
現在35歳のデザイナーはアイルランド・ダブリンの郊外にある「ごく普通の、ありふれた」街の出身で、看護師の母親と整備士の父親を持つ。ファッションにはあまり縁がなかったものの、クエンティン・タランティーノ監督作品が好きだった父親がその扉を開くきっかけを作った。それまではジャーナリストを夢見ていた彼だが、『レザボア・ドッグス』(1992)や『パルプ・フィクション』(1994)などの映画を観るうちに、服を通して多くのことが表現できることに気づいたという。「だからマックイーンが大好きなんです。彼の服にはいつもメッセージが込められていますから」。それから50年代から60年代にかけてウィンドウドレッサーをしていた祖母に裁縫を教わり、古着を買って手直ししたり、学校の制服を自ら仕立てたりもした。
さまざまなブランドで培った経験を自信に
ロンドンではオックスフォード・ストリートの靴屋での職に就いたが、長くは続かなかった。そのときをこう振り返る。「ホモフォビアのようなものを経験しました。私がゲイであることを知っていたスタッフの何人かに、失礼な態度を取られたり。母親に電話で相談したら、『今すぐやめなさい』と。その日の夜にゲイバーへと行き、そこで働き始めました」。彼はその後、セントラル セント マーチンズの名物教授だったルイーズ・ウィルソンからの勧めで奨学金を獲得し、2014年に同校を卒業した。
マクギアーの5年、10年前に学を修めたシモーン・ロシャ(SIMONE ROCHA)、クリストファー・ケイン(CHRISTOPHER KANE)、ジョナサン サンダース(JONATHAN SAUNDERS)らはすぐにブランドを立ち上げられた一方、彼は不運にも経済不況に直面する。同級生の大半がそうであったように大企業への就職を目指した彼は、ユニクロ(UNIQLO)の親会社であるファーストリテイリングでの仕事を決め、クリストフ・ルメールとともに「Uniqlo U」の開発に携わった。「東京での生活は刺激的でした。カルチャーが全く違う。でも、アイルランドと同じ島国なので、似ている気がします。どちらもちょっと変わっているんですよね」
アントワープへと居を移し、ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)でさらに腕を磨くと、再びロンドンへ。ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)ではメンズコレクションからスタートした後、ウィメンズコレクションとプレタポルテの責任者を務めるまでに成長を遂げた。アンダーソンをはじめ、ジョン・ガリアーノ、リック・オウエンス、日本人では渡辺淳弥、三宅一生、川久保玲を尊敬するデザイナーに挙げ、彼らを「型にはまらない方法で物事を見ることができる人、アイデアを押し進めようとする人、物事の見方を変えようとする人」だと表現する。
自身の仕事のスタイルについては、「10年間デザイナーをしてきましたから、チームと仕事をすることに慣れています。互いのスペースを尊重することもできますが、同時にかなり踏み入ることも好きですね」と話す。スタイリストのマリー・シェーとアシスタントを除けば、チームの全員が彼の着任前から働いており、リーと仕事をともにしたメンバーも多い。「皆、一丸となって新しいことに挑戦しようとしていますね。私はクリエイティブな人たちに対してとてもオープンですし、柔軟な対応もできると自負しています。チームは私の趣向を掴み始めているし、私も彼らが得意とすることを見極めようと努めています」
マクギアーはこの日、DICKIES(ディッキーズ)のバギーパンツにセント ジェームス(SAINT JAMES)のニット、そして青い瞳を引き立たせるダイヤモンドのフープピアスを纏っていた。私が出会った誰よりもアイコンタクトを絶やさず、足取りも軽やかにスタジオを駆け回る。泳ぐのが趣味で、ヨガもやっているそうだ。
白人男性のクリエイティブ・ディレクター起用が相次ぐなか発表されたマクギアーの就任は、マックイーンの右腕だったサラ・バートンの後任ということも重なり、インターネット上で喧々諤々たる議論を巻き起こした。しかし彼は落ち着いた口調で、「サラはマックイーンのボキャブラリーを受け継ぎ、見事に昇華させた」とバートンに敬意を表す。同時に複雑な心境であることを認めつつも、前向きな姿勢を示した。「正直なところ、私の着任が多様性にまつわる議論につながったことを誇りに思っています。私は世界中で仕事をしてきて、ダイバーシティが創造性を生むことを肌で感じてきました。議論を続けることは重要だと思います」
「ファッションは人々を前向きにさせるものであるべき」
アーティストのトミー・マルコフ撮影によるティザーのヴィジュアルが披露されたのは1月。リー・マックイーンのショーを歩いたデブラ・ショーとフランキー・レイダーがモデルを務め、マックイーンがスケッチした「Q」のなかに「C」が描かれたロゴと、シグネチャーであるスカルがフィーチャーされた。「ブランド特有のゴシックテイストを意識しました。ちょっとプレイフルで、ちょっとアグレッシブ。荒削りなものにしたかったんです」。新クリエイティブ・ディレクターによるティザーがいつもそうであるように、このキャンペーンはインターネット上で賛否両論を呼んだが、やはり彼は冷静だ。「意見が分かれましたが、それでいい。むしろ大切なことだと思っています。リー・マックイーンは90年代に『何も感じられないくらいなら、嫌われた方がいい』と言っていましたから」
マックイーンはダークな一面を持っていたが、マクギアーは違う。ファッションは人々を前向きにさせるべきと考える彼は、「悲しさや、暗い感情を表現するのはあまり好きではない」そうだ。「今、世界中でメンタルヘルスが低下していると感じています。ファッションは、ひねくれた心を解きほぐすものであるべきです」。こう言う彼は昨年、仕事に集中するため、そして自身のバランスを保つためにインスタグラムのプロフィールを削除した。「そのほうが健康的だと思って」とのことで、週に一度は心理分析もしているという。「自分が何をしようとしているのかを把握し、物事を深く考えるのにとても役立っています」。また、彼のアナリストはユング派であり、フロイト派ではないとも強調する。「人間の心の在り方にとても興味があります。私たちの心がどう動くかであったり、なぜある物事に行き着くのかであったり……。私たちは今日、非常に反応的な世界に生きています。感情や行動がどこからやって来るのかを理解するために、考えを掘り下げていく作業はとても面白いものです」
3月2日(現地時間)、彼が私たちを連れて行く場所は、ヨーロッパ最大のチャイナタウンがある13区。エレガントなパリの中心地から遠く離れた地で発表するブランドの伝統に従って、ややインダストリアルなロケーションを選んだ。ショーを目前に控えたマクギアーは、感無量の思いに浸っていた。「マックイーンは史上最高のデザイナーだと思っています。ブランドの未来がどんなものになるのか、楽しみで仕方ありません」
Text: Nicole Phelps Adaptation: Motoko Fujita
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