事前に公開されディオール(DIOR)のティザー動画は、着想源の一つになったというヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』(1928)についてだった。女性へと性転換し、300年あまり生き続ける美少年オーランドーという驚きの設定はこれまで多くのクリエイターたちを魅了し続けているが、映像では、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のキュレーターがそのファッションへの影響を解説し、サリー・ポッター監督、ティルダ・スウィントン主演で映画化された『オルランド』(1992)の衣装を手がけたサンディ・パウエルが彼女の仕事について語っている。
そのストーリーから、きっと性別や時代を超えたコレクションになるのだろうと予測しながら会場であるチュイルリー公園に到着すると、真っ白な外壁の建物が佇んでいた。中に入ると四角形のスペースを囲んで客席が設けられ、天井から一台の白いブランコが吊り下げされているだけ。「ONCE UPON A TIME」という言葉が入り口前の壁とブランコに書かれてはいるが、いつものアーティストが参加した豪華なセットに比べるとかなりシンプルな空間。ここでどうやってあの幻想的な世界観を繰り広げるのだろうか。
その答えは、もう一本のティーザー動画にあった。アメリカ出身の演出家、ロバート・ウィルソンが音楽や照明も含めた演出を手がけ、5幕構成で『オーランドー』を表現したというのだ。ショーが始まると四角形のスペースの周囲を静かに灯していたライトはオレンジになり、床には隕石の衝突のような映像が流れる。そして、ランウェイは光で作り出されたのだった。光の色や床の映像は次々に変わり、おそらく最先端の技術が実現させていたのだろうが、それと共に用いられていたのがいわゆる「舞台装置」。ワイヤー付きの翼竜が会場を横切り、隕石が天井から吊り下げられ、スモークがたかれ、氷山がせり上がってくる。リアリティを生み出すデジタルと「作り物」を組み合わせた舞台美術、そしてジャンルが入り乱れた音楽。その中で不思議な調和をもってコレクションが披露されたのだった。
伝統的なメンズウェアのテーラリングを解体してフリルをあしらい、丸みのあるシルエットに再構築したり、本来は女性の身体をきつく締め付けるコルセットに装飾やファスナーを施したり、レースをベルベットの生地で表現したりと、歴史的な衣装が予想外の方向へと導かれている。さらに、クリエイティブ ディレクターのマリア・グラツィア・キウリは、ジョン・ガリアーノが手がけた「J’adore Dior」Tシャツを再現し、メゾンのヘリテージまでも融合させた。
オーランドーは、マリア・グラツィアにとって、「男性物」「女性物」とはっきりと分けられ時代性のある服を、自由に、そして大胆に交錯させる原動力となったのだろう。創造性を大いに刺激されたのか、彼女が得意とする装飾の数々はかなり手の込んだ作りであることが遠くからでも見てとれた。ショー終了後、彼女は自身のインスタグラムで「オーランドーに着想を得たショーを開催するという夢を叶えてくれて本当にありがとう」とロバート・ウィルソンに謝辞を述べている。
歴史的な衣装の要素はあっても、決して古めかしいわけではない。そして伝統的に男女それぞれにカテゴライズされた服は絡み合い、独特の色気のようなものまで感じられてくる。まさに、どこにも特定できない、あらゆる要素が見事に融合したショーだった。
Photos: Gorunway.com Text: Itoi Kuriyama
READ MORE