「Unapologetic(媚びない)」という言葉は、時代を変える力を持つファッションデザイナー、ハリス・リードが用する言葉だ。フルイド・ファッションの顔と称され、今年アメリカのアート系出版社、エイブラムスから出版された書籍も『フルイド:ファッション革命(Fluid: A FashionRevolution)』というタイトルだった。ハリス自身、そしてそのシアトリカルなクリエイションは、美しいだけにとどまらない。ジェンダーに関する既成概念に異を唱え、アイデンティティに関する議論を促す存在だ。193センチという、見上げるような長身に、赤毛のロングヘアがトレードマークのハリスは、2020年、24歳の若さで、ヴォーグの表紙撮影に臨むハリー・スタイルズに衣装を提供したことで知られる気鋭のデザイナーだ。タキシードとサテンのドレスを合わせたそのデザインは、当時大いに話題を呼んだ。その後もその唯一無二のスタイルが評価され、アデルやイマン、サム・スミス、リル・ナズ・X、ビヨンセなど、多くのスターが彼の服をまとっている。
そのたぐいまれな才能を考えれば、2年前に彼がフランスのファッションブランド、ニナ リッチ(NINA RICCI)のクリエイティブ・ディレクターに任命されたことも、まったく驚きとは言えないだろう。ハリスのファッションへのアプローチは、自宅のデザインでも生かされている。デザインラボの「Spatial Innovation Lab」を率いるパートナー、エイタン・セナーマンとともに西ロンドンに構える家は、彼いわく「ウェス・アンダーソン・ミーツ・オスカー・ワイルド」。ファンタジーの世界に、英国特有のエキセントリックな隠し味を加えたしつらえだ。
ファッションに限らずインテリアにも手腕を発揮
デコラティブな照明に、刺繍が施されたシルクの壁紙、大理石の床に装飾を凝らした天井と、次から次に新しい要素が目に飛び込んでくるこのアパートメントは、床面積こそ70平方メートル弱とこぢんまりとしているものの、そのコンパクトなサイズを補って余りある、驚きに満ちている。「ここを手に入れたとき、エイタンは『ちょっと北欧風で、ちょっとミニマルなデザインにすると約束してね』と言っていたんですよ」と、ハリスは笑う。幸い、エイタンはそのあとすぐに、より大胆なアプローチをとることに賛成してくれたという。
ハリスとエイタンのカップルは、これまで賃貸物件に暮らしていたが、家賃の高騰を受けて、家を持つほうが経済的にメリットがあるとの結論に至った。そんなときに、ハリスがこれまで暮らしていた場所の近くにあるしっくい壁の建物の1階に、格好の物件があるのを見つけた。「彼ははじめ、この家を見たときに『だめだ、ここはぼくたち向きじゃない』と言っていました」とハリスは言う。公平を期すために言えば、エイタンの主張にも一理あった。部屋はフルリノベーションが必要だったうえに、庭のスペースは広かったが、草木が伸び放題で、沼は異臭を放ち、蚊が大量発生していたからだ。それでも、ハリスはこの物件が頭から離れなかったという。
「とても暗くて、とてもグレイで、とても白くて殺風景で──でも、灰色のところや、本当にコンディションが良くない部分に、かえってときめきを感じたんです」と、ハリスは振り返る。「コレクションの準備の過程で、私が一番好きなパートに似ています。実はそれは、トワル(形を確認するはために作る仮縫いの服)を製作するプロセスなんです。すべてがクリーム色のキャンバス地で作られていて、ほとんどの人はこれを見ても特にときめかないでしょう。でもこれこそ、構造や形、シルエットが物を言うプロセスなんです」
2023年にこの物件を手に入れると、ハリスはリノベーションにあたり、自身の後見人でもある、4コーナーズ・デザインのハリー・ハリスの助けを借りることにした。さらにハリーから、ロンドンに本拠を持つインテリア事務所、スタジオ・クレメンタインの創業者でクリエイティブ・ディレクターのジョージナ・ウッドを紹介された。「ジョージナは、私のクレイジーなアイデアを実現しつつ、予算を現実的なレベルに抑えるよう配慮してくれました」とハリスは振り返る。「狭い空間を広く見せるのが本当に上手なんです」
クチュール的なディテールへのこだわり
一方のジョージナにとっても、これは固定観念を打ち破る、夢のプロジェクトだった。「私は華やかな色彩が好きですし、クライアントのハリスさんが思い切り創造力を発揮したいと考えていることもわかっていました」優美なハリスのファッションデザインをヒントに構想を練ったジョージナは、高級壁紙のスペシャリスト、フロメンタルが理想のコラボレーターだと思い至った。例えば、完成したリビングルームの壁はソフトなグリーンのシルクをベースに、バーチ(カバノキ)の柄がハンドメイドの刺繍で入れられているが、これは「リビングは自然の延長線上にあってほしい」という、ハリスからのリクエストによるものだった。
そして、この部屋の天井の装飾は、繊細な羽根をモチーフにしている。「これはクィアの子(=ハリス自身)が、学校の授業の最中にいつも天井を見上げ、想像をめぐらせていたときのイメージです」と、ハリスは説明する。寝室を見ると、花々や鳥、昆虫が刺繍されたシルクの壁紙に、モアレ模様を愛するハリスの趣味が反映されている。また、刺繍の中でもツバメはエイタンのタトゥーから型を取り、ハチはエイタンからのハリスの呼び名にちなんだモチーフだ。
また、ジョージナとハリスには、クチュール的なディテールへのこだわりという共通点があった。「カーペットをベッドの背後にまで回り込むように敷いています。こうすることで、カーペットがヘッドボードを兼ねて、ベッドの奥行きを抑えることができました」とジョージナは説明する。アパートメントの各部屋をデザインするプロセスについて、ハリスはそれぞれに違った体験を提供するという意味で、「一つ一つ違う服を構築していくようだった」と表現する。玄関ホールから廊下にかけての空間は、ロンドンの由緒あるホテル、クラリッジズにインスパイアされた、黒と白の大理石をチェッカーボード風に敷き詰めたデザインで、アールデコのデカダンな雰囲気が漂う。
また、家具はアンティークからコンテンポラリーまで、あらゆる時代の逸品を集めた。照明に関しては、あえてミスマッチを狙ったサイズ感とアートオブジェのようなテイストが特徴的だ。その端的な例が、ベッドルームの天井から下がるムラーノガラスのシャンデリアと、リビングルームの壁で威容を誇る1950年代のイタリア製の、巨大なウォールライトだ。色彩設計も、深みのある色合いから繊細なトーンまで、バラエティ豊かで、取り合わせの妙が楽しめる。斜めに傾いていて、リノベーション前は見るも無残なありさまだった天井も、ツヤのあるダークグリーンに塗り替えられ、装飾を施されてその印象は一変した。
また、ステンレスキャビネットが存在感を放つキッチンの壁は、あえて薄いピンクに塗ることでバランスを取っている。ライブラリー兼テレビルームに改装されたセカンド・ベッドルームの壁は、ファロー&ボールのダークブルーのペイントで塗られ、高光沢のコーティングが施されている。LA生まれのハリス・リードは、イギリスのドキュメンタリー映像作家、ニック・リードを父に、アメリカ出身のモデルで、その後キャンドルブランドのイリュームを創業したリネット・リードを母に持つ。9年前にロンドンに引っ越し、今はニナリッチでの仕事があるため、1カ月に2回はパリへ通う生活だ。エイタンはもともとチリの出身で、マイアミで育ち、LA、パリでの生活を経て今はロンドンでハリスと暮らしている。
これまで、ひとつのところに留まらない人生を歩んできただけに、二人にとって、終のすみかとなる家を持つことへの喜びはひとしおだという。さらにハリス自身にとって、この家は忙しい生活の中で必要としていたサンクチュアリでもある。「ここは安心できるクィア・スペースなんです。友人たちも、自分の家のようにくつろいでいるはずです」とハリスは言う。「自分が自分らしくいられる空間をつくることができました。自分が夢を叶えたことで、だれかほかの人にも夢見る自由を与えられるなら、とても素敵なことですよね」
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Photos: Miguel Flores-Vianna Text: BUSOLA EVANS Translation: Tomoko Nagasawa Adaptation Editor: Sakura Karugane
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