パリのジョルジュ・サンク通りにあるサラ・バートンのオフィス。その片隅にあるテーブルに置かれているのは、彼女のジバンシィのクリエティブ・ディレクターとしての出発点になった資料だ。具体的には、何冊ものルックブックとパターンが置いてある。ルックブックは、1952年に行われたメゾンの創業者ユベール・ド・ジバンシィの初コレクションに登場する各ルックを前・横・後ろから収めたもの。被写体のすべてを余すところなく真っ直ぐに捉えるアメリカ人フォトグラファーのコリエ・ショアを思わせるモノクロ写真に写る服はどれも、精密に構築されていながらさりげない曲線美を描き、腕にかけられたレオパード柄のハンドバックからわずかな奇抜さが漂う。そして本の横に山積みになっているパターンは、ド・ジバンシィの1つ目と2つ目のコレクションに使用されたキャラコ生地のパターン。不可解にも改装の際にド・ジバンシィの旧アトリエの壁の中から出てきたという。
過去を掘り返して未来に突き進む。昨年9月にジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任し、3月の2025-26年秋冬パリ・ファッションウィークでデビューを発表予定であるバートンが今まさに取り組んでいることで、アトリエから文字通り発掘されたパターンは、言葉では言い表せない何かのお告げのように思える。過去数十年の間にジョン・ガリアーノ、クレア・ワイト・ケラー、リカルド・ティッシ、そしてバートンの元上司で師匠でもあったリー・アレキサンダー・マックイーンなど、数多くのデザイナーが率いてきたジバンシィは「これまでに本当にたくさんの物語を送り出してきた」と、バートンは言う。2010年にマックイーンがこの世を去って以来、13年間にわたってマックイーンのブランドを見事に率いてみせた彼女は「いつも、メゾンの本質を理解し、前に進むには原点に戻らなくてはいけないと考えている」と語る。
彼女はルックブックをめくる。「このシルエットはある意味、かなりヒッチコックっぽかったです。フォルムと構造に注力しています。ド・ジバンシィはコットンやシルクといった、ピュアでシンプルな生地を使っていました。私の作品は少し違った感じになるかもしれないですが、いろいろなものを削ぎ落すというアイデアは好きです。インスタグラムではなく、実際に着られる服を人のために作るという考えは好きですね」と続ける。「チームが一丸となって制作に取り組むという人間らしさが大切なんです。今でも手でものをつくる、あの素晴らしい魔術師のような人たちが一体になって制作するということが。この人間らしい一面をどうやって服に取り入れて、着る人たちに感じてもらうかが課題なのです」
ファッションに宿る感情を最大限に引き出すことの意味を理解できる人がいるとすれば、それはバートンだろう。彼女が手がけたマックイーンのコレクションは、オートクチュールに匹敵するレベルのクラフツマンシップを誇り、デザインするものほぼすべてに、見る者の感情を揺さぶる力が備わっていた。その才能を踏まえて、ジバンシィを傘下に持つLVMHはバートンを採用したに違いない。何にしろ彼女はその熟練したカッティングや仕立ての技術にも引けを取らない、たくましい想像力を持つデザイナーなのだ。
デビューコレクションではどのようなものを披露するつもりなのか。「テイラリングが大好き」というバートン自身の発言に、おそらくヒントはある。彼女の発言をとっかかりにするならば、けばけばしさや過度なドラマ性を削ぎ落した美しい仕立ての服に、メゾンの名高いクチュールの過去を落とし込んだコレクションになるはずだ。
「新しいシルエットを進化させたいと思っているんです。それがテイラリングに新たな息吹をもたらしてくれたらいいです。メンズウェアの手法で仕立てた硬派でシャープなもの、女性の視点から作ったよりセクシーなもの、そのすべてを網羅するワードローブを作りたいと思っています。その根本となる部分を理解するには、肉付けも何もされていない骨組みから(制作を)始めるのがいいのです。ジバンシィはシルエットを大切にしていて、後ろからの見え方も前からの見え方と同じくらい重要なのです」
バートンは確かにあらゆる観点からメゾンについて考えている。「ジバンシィにはとても素晴らしい歴史があります。小さなメゾンで、パリにあるというのが魅力ですね。ユベール・ド・ジバンシィと彼が服を作った女性たちとの関係も素敵です。彼はとても、共感力が高い人でした」。今も家族と暮らしているロンドンとパリを行き来するノマド的な新しい生活に、バートンはまだ完全には慣れていない。だが、たとえ今はホテル暮らしだとしても、パリ自体は思いがけない発見がある街だった。「パリは大好きですが、これまでちゃんと見て回ったことがなかったんですよ。何年もここでショーをしてきましたが、今までは素敵な展覧会やギャラリーに行ったり、ここに住む素晴らしい人たちと会ったりする機会はありませんでした」
バートンがジバンシィで働くのは今回が初めてではないが、以前はごく非公式な立場でだった。彼女が1997年にマックイーンに入社した当時、創業者のリーはジバンシィのデザイナーを兼任しており、その幻想的で時にSFチックなコレクションでパリに衝撃を与えていた。その頃、バートンはよくリーがホクストンにあるスタジオで制作したショーピースを持ってロンドンからパリへ派遣されていたのだ。「ロボットを足もとに置いてユーロスターに乗っていました」とバートンは笑う。
1年のブランクを経てジバンシィに着任したバートンはロンドン中心街にある自分の小さなスタジオで、ただ純粋に物づくりを楽しみながら1年間を過ごした。「立ち止まったからこそ、あらゆることがもう少しクリアに見えて、自分自身と向き合うことができるんです」と彼女は語る。そのブランクを経て、バートンは新しい職務、そしてデビューコレクションを作るために必要だった鋭い感性を手にしたようだ。
「今の女性は、どんな服を必要としているのか」と彼女は問いかける。約70年前、ユベール・ド・ジバンシィもメゾンを立ち上げた際に自身に投げかけたであろう問いだ。「現実を生きる女性たちは、博物館に展示されているようなピースを着ているわけではありません。では、彼女たちは実際は何を着ているのか。過度に飾りつけるのではなく、基本に立ち返ること。それはある意味、形を作りカットする、パターンカッティングに立ち返るということです。実はシンプルで美しいものを作るほうがずっと難しいんですよ」
Produced by AL Studio and Farago Projects
