2019年、Instagramは私たちの生活にすっかり浸透した「いいね」の数を、ユーザーを「いいね」プレッシャーからの解放することを目的に非表示にすると発表し、テスト運用を経て2021年に実装を完了。また、続いてGoogle社のYouTubeも2021年11月から段階的に低評価を非表示にする仕様変更を行なった。
ソーシャルプラットフォーム運営会社がこういった決断に至ったのは、SNS利用とメンタルヘルスの関連性を示すあまたの研究、また、そうした研究結果に基づく政府や慈善団体からのSNSプラットフォームに対する圧力があったことはいうまでもない。しかし実情を見ると、Instagramが「いいね」数を非表示にしただけでは不十分なのではないかと思われるほど、SNSが及ぼすメンタルヘルス問題は深刻化していることも、また事実だ。
中毒になるべく設計されている!?
シリコンバレーの反逆者トリスタン・ハリスによれば、SNSに実装された「いいね」の報酬システムは、ギャンブルの心理学を応用して設計されたものだという。過去10年間、私たち人間はパブロフの犬のように、無限の「いいね」ループに囚われていた。だから今、仮に「いいね」が以前より目立たなくなったとしても、私たちがすぐに「いいね」を欲しなくなるかといえば、それはたぶん間違いだ。
「いいね」ボタンの発明者であるFacebookのエンジニア、ジャスティン・ローゼンスタインは、ガーディアン紙の記事内でその機能について述べた際、「『いいね』は擬似快楽の鐘のようなもの(bright dings of pseudo-pleasure)」と表現した。私たちは確かに「いいね」中毒になっているかもしれないが、それはそもそも、そうなるべく設計されているのだ。つまり、SNSと健康的に付き合うために「いいね」の呪縛から逃れるのは、そう簡単なことではない。
非表示機能を搭載したInstagramの現システムにおいても、「いいね」数を見ることを選んだユーザーにはこれまで通りその数が表示されるが、ともかく「いいね」の数は、もう投稿の下に集計表示されることはなくなった。Instagramの責任者を務めるアダム・モッセーリによれば、これは「Instagram上での『いいね』の数がもたらす心労を軽減し、自分の大切な人と、もう少し長く一緒の時間を過ごせるように」するためのアイデアだという。
1投稿あたり何十万もの「いいね」を得ているユーザーが自分で数を数えるとは考えにくいが、この非表示機能がプラスになると思われている一般のInstagramユーザーが、例えば何かを投稿して得た「いいね」の数を自分でカウントすればできるわけで、それがその人の自尊心に何らかの影響を与えるだろうということか、容易に想像がつく。実際、自分のホーム画面を見れば投稿ごとに「いいね」数が確認できるし、モッセーリが言った通りこの変更は「心労を少し減らす」役には立ったのかもしれないが、本当に「少し」だけだということを肝に命じておいた方がよさそうだ。
欺瞞に満ちたセルフィー
思春期のメンタルヘルスと身体イメージを専門とする臨床心理士のヘレン・シャープは、2019年当時、同年5月にカナダで始まった最初の試験運用から得たインサイトがシェアされていないことを危惧していた。カナダ続き他国でも実施されたことを考えると、おそらく何か、メンタルヘルスに対するプラスの影響があったのだろう。しかし、Facebookで以前起きたことを考えれば、テストを通じて得たデータの透明性を完全に信頼することは難しいとも指摘している。
「私たちが今必要なのは、『いいね』非表示がどんな影響を及ぼしたかの確かなデータです。それがあれば、私たちユーザーや他のSNS企業が、SNSを日々の暮らしにどう役立てていくべきかについて、より確かな判断ができるようになるからです」。シャープはこのアップデートについて「前向きな一歩になる」と考える一方で、若いユーザーに対し、SNS上で目にする画像やコメントへの批判的思考を促すより大きな一歩が必要であるとも考えている。
不安症やうつ病、依存症を専門とする心理療法士のバーバラ・ヴォルカーもまた、この「いいね」数非表示の変更はそれほど急進的な施策ではないと考えている。「問題は『いいね』自体ではなく、憧れや羨望を煽動するような画像です。なぜなら、そうした画像を目にした人は『自分は不完全だ』と思い込みがちで、こうした心理的な不安定につけ込んで利益を得ようとする人々がいるからです」
新システムのもとでは、そうした羨望を抱かせるような画像が「いいね」で目に見えて賞賛されることがなくなるのはいいことだとする意見はあるものの、ヴォルカーのいうように、そうした画像そのものがなくなるわけではない。ある調査によれば、11歳から21歳までの少女の51%が、Instagramで目にする誰もが羨むような美しい容姿の女性に憧れているという。目に見える「いいね」がなくなっても、承認のためにつくられた、ある種の欺瞞に満ちたセルフィーを投稿する人が減らないのであれば、状況はおそらく変わらないだろう。
インフルエンサーマーケティングを手がけるITBのVIP顧客担当役員のクレア・バーンは、「いいね」は問題のごく一部だと考えている。「SNS上での承認欲求にまつわる問題は非常に根深く、『いいね』の数を非表示にしただけで解決できるものではないと思います」
ポスト「いいね」の価値
「多くのブランドは、インフルエンサーとの契約の中で、プロモーション投稿のインサイトやアナリティクスのすべてをシェアするよう明言しています。インフルエンサーがこうした情報にアクセスできるなら、ブランド側にも自ずと情報が共有されるので、然るべく測定されるはずです」とバーンが見立てたように、インフルエンサービジネスには大きなインパクトはなかった模様だ。
むしろ脱「いいね」の動きは、コメントがクライアントにとってより重要な指標になることを意味していたのかもしれない。また、バーンは、おそらくインフルエンサーはエンゲージメント向上のためにストーリーズやスワイプアップ機能により注力するだろうとコメントしていたが、彼女の予測は現実のものとなっている。いずれにしても5年前に始まった脱「いいね」の動きを含め、これまでの15年間に行われてきたすべてのアップデートから見えてくることは、ユーザーは変化に素早く適応し、自分に合ったやり方を見つけ出すだろう、ということだ。そしてそれこそが、SNSの狂想なのだ。
Text: Sarah Raphael Translation: Maya Nago
※2019年8月1日に掲載した記事を再編集したものです。
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