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フレグランス界のトップランナー、フランシス・クルジャンが語る。香りとの出会いから、新しいジャドールが生まれるまで

フレグランス界きってのヒットメイカー、フランシス・クルジャンが、ディオールのパフューム クリエイション ディレクターに就任。ディオールの顔と言われる香りを新しく解釈したのが話題となっている。そんな、稀代のクリエイターが紡ぐ香りの世界にVOGUE JAPANが迫った今回のインタビュー。豊潤さは残しつつもモダンに昇華を遂げたメゾンのアイコンの香り、『ジャドール』の誕生秘話も明かす。

フランシス ・クルジャン。現代の香りのヒットメイカーが語る、クリエイションの源とは。

世界で最も革新的で早熟なパフューマーと呼ばれたフランシス・クルジャン。25歳のときにジャン・ポール・ゴルチエの「ル マル」を創作。2009 年に自身のブランド、メゾン フランシス クルジャンを創設。手がけた多くのフレグランスが国際的な賞を獲得し、09年にはフランス芸術文化勲章シュバリエを受章するといった華々しい経歴を持つ。常にフレグランス界の最先端を走り続けている彼の創作のプロセスは、どのようなものなのか。

「私にとっていちばん重要なのは、フレグランスのラインやシルエットです。創作するときは、アイデアをできるだけシンプルに表現し、その魅力を感情や感覚に落とし込みます。そうして初めて、香りの構成、原材料の選択、調合へと進むのです」音楽好きなことで知られるクルジャンらしく、フレグランスのクリエイションは、作曲に似ているとも言う。「楽譜を思い浮かべてみてください。たとえば八分音符は十六分音符ふたつ分、小節のリズムは何分の何拍子というように、数学的な要素が積み重なって作曲が進みます。フレグランスも同じです」

原材料の割合を少しずつ変えてブレンドしながら目指す香りに近づけていく作業は、感覚的でありつつも、確かに数学的だ。「音楽もフレグランスも目に見えないという点でも似ていますね。私はクラシック音楽が大好きなので、そこからインスピレーションを得ることもあります」

ジャドールにインスパイアされた数々のドレスにも目を通したという。

フレグランスにアーティスティックな側面を与えることで定評のあるクルジャンだが、「ピエール・スーラージュという画家が、『職人は自分が知っているものを複製し、目指す。それに対して、アーティストはその先、つまり自分が知っていることを超越しようとする』と言っています。超越すること──そこから感動が生まれるのだと私は思っています。フレグランスをつくるためには、長い時間をかけてノウハウを身につけますが、製品という形にするだけではなく、人が香りを嗅いだとき、『これは好き』『嫌い』というようなエモーションにつなげていく必要があるのです」。

と同時にクルジャンは、クリエイションの際、“シンセリティ(誠実)”を大事にしているともいう。「まず自分がやりたくないことをやらない(笑)。本当にやるべき仕事、本心を話せるような仕事をする。そして情熱をもって自分のすべてを打ち込み、一生懸命仕事をする。それがパフューマーとしての私の誠実さだと思います」

人々に幸福を与えることがメゾンに課されたミッション

白い空間がモダンなクルジャンのワークスペース。

21年、ひとつのニュースがフレグランス界を揺るがした。フランシス・クルジャンが、ディオールのパフューム クリエイションディレクターに就任したのだ。就任にあたってクルジャンは、「現在の世界とフレグランスに対する私のヴィジョンを、ディオールの世界と融合させようと考えています」と語っている。

では、彼にとってディオールというメゾンとは、どのような存在なのだろうか?「ショーを行えば、セレブレーションになる。みんなが盛り上がるお祭りをつくることができる。それがディオールというメゾンなんですね。我々のミッションは人々に幸福を与えること。それから夢を見てもらうこと。ディオールは、“夢のクチュリエ”ですが、私はディオールの“夢のパフューマー”としての側面を、より押し出していきたいと思っています」。実はクルジャンとディオールはある縁で結ばれている。「私の叔母と母の親友は、ムッシュ ディオールとともに働いていたのです。パタンナーをしていた叔母や母の友人からは、よくムッシュ ディオールのエピソードを聞いていました」

フレグランスの原材料にはナンバーが振られている。その原材料の配合パーセンテージを細かく変えながら、フォーミュラを構成していく。作業は緻密で科学的でありながら、美的で音楽的だ。

またクルジャン自身、ディオールで仕事をするのは初めてではない。04年、3つのフレグランスを創作し、99年にも調香師カリス・ベッカーがオリジナルの「ジャドール」を制作する際に、ともに仕事をしている。「当時、私はキャリアをスタートしたばかりの若いパフューマーだったので、彼女の仕事ぶりから学ぶことは多かったですね。彼女の調香のアプローチは非常に数学的で、どのように香りを組み立て、つくっていくかを、その傍らで見ることができたのです」

パフューム クリエイションディレクターに就任した直後、クルジャンはブランドのアーカイブ、メゾンの象徴的なデザインやクリスチャン・ディオールの私物に目を通したという。「ドレスにはそれぞれ細かく説明書きがあり、フレグランスにも、全部ではないのですが、フォーミュラがついていました。フレグランス、服、靴、革小物、アクセサリー類も、すべて私にとっては、ディオールというブランドを知るためのヘリテージです。さらにムッシュ ディオール本人が生活の中で使っていたものもインスピレーションの源となりました」

そうしたものの中にあった、ディオールの母親が家庭菜園に植えるための花のカタログや、ディオール自身が52エーカーの土地を持ち、フレグランスのための花を育てていたという話もまたクルジャンの興味を引いたという。こうした見るもの、聞くものひとつひとつが彼の血肉となり、フレグランスという形に結集していく。「今回はメゾンのフレグランスの単なる再出発ではありません。すでに一貫してあるヘリテージの上に築かれた再出発なのです」

芳醇なブーケを再構築して、コンテンポラリーに

10月13日までパリで行われていた「ジャドール展覧会」のプレゼンテーション。豊かなジャスミン、ローズ、イランイランを核に、スズランやスミレがハーモナイズされた輝かしいブーケ、「ジャドール ロー」。花が密に交わりながらも、明快に語りかけてくる現代的な香りは、クルジャンの真骨頂。

パフューム クリエイションディレクターとしての彼の初仕事は、ブランドのシンボル「ジャドール」の再解釈。そうして世に出されたのが「ジャドール ロー」だ。

ジャスミン、ローズ、イランイラン……芳醇な花のブーケを思わせる「ジャドール」は、フローラルフレグランスの不朽の名作だ。クルジャンはその名作を再構築することで、より洗練されたコンテンポラリーな香りへと導いている。「今回の調香では、“L’Or(ロー)”、ゴールドを強調したいと考えました。ある意味、このフレグランスの中では、花自身がゴールド、真髄なわけですから、花のネクターを前面に出して表現したかったのです。結果、完成したフレグランスには、溶けたゴールドのようななめらかさや官能性が強く打ち出されていると思います」

純度の高いゴールドを得るには、不純物がなくなるまで加熱する必要がある。ならば「ジャドール」を加熱したら? 彼の発想の原点はそこにある。「ジャドール」を加熱する=純度を高くするとは、花々の過剰な部分を削ぎ落とし、香りの本質を突き詰めること。「フランス文学でいうと、プルーストとかバルザックは膨大な量の文章を書きましたよね。膨大な文章のエッセンスを取って伝える。私に課せられた仕事は、それと同じようなことだと思うのです。『ジャドール』のエッセンスをどのように取るかというと、よさを引き出し、不要なところを省く。具体的に言いますと、ジャスミンの中のグリーンの要素はいらないから省こうとか、チュベローズは自然のままだと薬のような香りがするのですが、その部分をなくしてしまおうとか。こういう手順を経て、フォーミュラをシンプル化していくのです」。花ひとつひとつの輪郭を際立たせ、ニュアンスを明確にする。すると花々は存在感を主張しながら互いに調和し、芳しいオーラを放ち始めるのだ。

ゴールドの世界観を表現したAIアートも展示。

それにしても、アイコニックなメゾンの顔を新しく解釈するというのは大変な仕事では?「『ジャドール』でありながら、今までの『ジャドール』とは異なるフレグランスをつくるというのは難しい。ただ、オリジナルは大変な数の花を使い、どの花が香っているかわからないくらい芳醇な香りを放っていますよね。この点はやはり大切にしなければならない、裏切ってはならないと思いました」

音楽好きな彼に、「では、『ジャドール ロー』を音楽にたとえると?」と問いかけてみたところ、「セルジュ・ゲンズブールの作品に、ショパンのプレリュードをモダンに変換した歌があります。それが『ジャドール ロー』のイメージかな」。伝統を踏まえつつも新しい。そう、まさにこれこそが「ジャドール ロー」なのだ。

稀有なブランドとひとりの天才パフューマーとの幸運な出会い、その蜜月は始まったばかり。新たな道を求め、これからもクルジャンの挑戦は続く。

Profile
フランシス・クルジャン
調香師。ディオールのパフューム クリエイション ディレクターも務める。「これまでの最高の出会いとは?」と尋ねると、即座に「フレグランス!」と返ってくるほど、香りはクルジャンの中心であり、自身の一部でもある。「私の仕事は、あらゆる香りに美を見つけること」と語る彼のクリエイションは、独創的でアーティスティックだ。

Photos: Courtesy of Pafums Christian Dior Text: Nobuko Irie Edit and Interview:Kyoko Muramatsu