トレードマークの白いシャツに身を包み、自身は決して香りを纏わないことで知られる世界屈指の調香師、ジャン=クロード・エレナ。香りの聖地フランス・グラースに生まれ育ち、エルメス(HERMÈS)の専属調香師として世界のラグジュアリー・フレグランス業界にセンセーションを巻き起こした彼の長きにわたるキャリアは、祖母とともにジャスミンを摘んで調香師に売っていた幼い頃に遡る。16歳で地元のエッセンシャルオイルメーカーの見習いとして勤務後、1968年にスイス・ジュネーブに拠点を置く世界最大にして最古の香水アトリエ、ジボダン社が運営する香水学校初の卒業生となった彼は、ジボダン・パリ等のチーフ調香師に就任。その後、ブルガリ(BVLGARI)の「オ パフメ オーテヴェール」(1992)やフレデリック マル(FREDERIC MALLE)の「ヘブン キャン ウエイト」(2023)等の名香を生み出すなど、トップパフューマーとしての名をほしいままにした。
そんな彼の香りの魅力は、エルメスの香り「ナイルの庭」の誕生のバックボーンとなったストーリーが、アメリカ人ジャーナリストで作家のチャンドラー・バーの著書『The Perfect Scent: A Year in the Perfume Industry in Paris and New York』のテーマとなるなど、他を触発し“伝説”を生む唯一無二の巧みなアプローチにある。
77歳を迎え、現在はル クヴォン メゾン ド パルファム(LE COUVENT MAISON DE PARFUM)の専属オルファクトリークリエーション ディレクターとして、独自のアイデンティティを持つ名香を精力的に作り続けているエレナ。“美しい素材と高貴なエッセンスを駆使し、誰もがアクセスできる特別でラグジュアリーな香水”をクリエイトし続ける彼ならではの、香水作りの哲学と、伝説的香水誕生のアプローチとは。
──1990年にヴェルサイユに設立された世界最大の国際的な香りのアーカイブ(図書館)「オスモテーク」の創設メンバーの一人でもあり、香水史上に残る名香を数々生み出してきたエレナさんですが、ご自身が一番気に入っている香りについて教えてください。
これまで100を超える香水を作ってきましたが、実は私はこういう個人的な好みは言わないようにしています。というのも、過去に作った香水はどれも私にとって子どものような存在だからです。誰だって、自分の子どもの中でどの子がお気に入り?なんて聞かれるのは不本意でしょう?(笑)だから、答えは“どの香りも好き”です。
ですが強いて言うなら、以前香水のスペシャリストが出版した『死ぬまでに香りを嗅ぐべき111の香水』(Edition NEZ出版:日本版未発売)に、私が作った香りが6、7つ入っていると思いますので、そちらを参照していただければと思います。この本には、今世紀を代表する調香師の香りがリストアップされていると言っても過言ではありません。
──例えば、ゲランの「ミツコ」やシャネルの「N°5」などは、約100年前に作られたのもですが、現在でも世界中で伝説的な人気を博している名香です。ご自身が考える、100年先に受け継がれる名香の条件とは何でしょうか?
困りましたね。その答えを私が知っていたら、きっと私は今頃名香メーカーとしてもっと名を馳せているはずです(笑)。ただ、私が一つ確信していることがあります。それは、香水にはアイデンティティが必要だということです。道で人とすれ違った時に、「ミツコの香りだ」と瞬時に分かるような強烈なアイデンティティが。私の作る香りにも、こういった強いアイデンティティがあると確信しており、そのことを誇りに思っています。香りのアイデンティティというものは、その構造がシンプルであればあるほど強くなる。“単純”とは違う“シンプリシティ”の中にあるものなんです。
──そうですね。ですが、香水自体にいくら強いアイデンティティがあっても、それだけでは後世に残らないと思いますが、ほかに必要な要素は何だと思いますか?
その通り。もう一つの重要な要素が、香水を発売するメゾンの存在です。なぜなら、ただの“香水”に、名香に仕立て上げるためのストーリーを加えて“伝説”にまで昇華する重要な役割を担っているからです。例えばシャネルの「N°5」をマリリン・モンローが纏ったというあの伝説のように、香水にはストーリーという後ろ盾がないと、時代とともに消えていってしまいます。いずれの香りにも伝説を作り上げ、それを上手に広告・宣伝することが後世に残る名香となるために欠かせない要素なのです。
──逆に言うと、100年を超えるヴィンテージ香水の誕生をはばむ環境は何だと思われますか?
メゾンの香水に対するアプローチだと思いますね。例えば、香水の売上を重視するメゾンなら、一定の業績をあげられない香水はさっさとやめてしまう。特に複数のブランドを抱えるコングロマリット型の化粧品会社に見られる傾向です。
香水というのは、ほんの一本でも売れるということは、それを愛してずっと使っているお客さまがいるということ。だから、売れないからといって販売をやめてしまうのは、そういう少数派の人を無視することであり、リスペクトしないということになります。これは、私の考えるアプローチとは真逆の姿勢です。私のモットーは、たとえ一人しかいなくても、私の作る香りが大好きだという人がいるなら、その人のために香水を作り続けること。ただの香水と“ヴィンテージ”との違いは、ここにあるのだと思います。
──例えばシャネルならブティックに行けばいつも「N°5」はありますし、売上重視でトレンドばかり追うと市場から軽く見られる、というのもあるのかもしれないですね。
そうです。人気がなくなったからやめてしまう、というのは本当に良くないアプローチだと思います。誰だって、お気に入りのものはいつ行ってもそこにあると思いたいでしょう? 歳をとると本物を求めるので、トレンドなんて本当にもうどうでも良くなるのですから(笑)
──ご自身もメゾンから「こういう香りを作って欲しい」とオーダーを受けて香りを作るわけですが、“売れる香水”と“素晴らしい香水”の違いはどこにあると思いますか?
コマーシャルな香水とそうではない傑作との間には明確な差があります。私は、この差は香水業界にマーケティングという概念が導入されてから発生したものだと考えています。香水業界にこの概念が導入されたのは比較的遅く、80年代のことでした。それ以前の香水業界というのは、私たちのようなクリエイターからメゾンやマーケットにオファーするスタイルが主流でした。だから、結果として売れれば成功、売れなければ次の新しいものを、というビジネススタイルが通用していたのですが、マーケティングの概念が導入されてからは市場のニーズありきになりました。同時に、マーケットリサーチやテストなどが実施されるようになったのもこの頃で、香水業界にも大衆の声を吸い上げる流れができ上がっていったのです。
ですが、大衆の声というのはすでにマーケットにあるもの(既存製品)をベースにしているから、クリエイター側に新たな提案を出してくれる訳ではありません。だから、最近の香水業界は“売れる”ことが最優先で、クリエイティビティは二の次になっていることが多いんですね。大衆のニーズに応える香水は“残る”、そうでないものは“消える”と。
──話は変わりますが、2019年からディレクターを務めてらっしゃるル クヴォン メゾン ド パルファムでは若手育成にも力を入れているそうですね。どんな技術・センス・ハートの持ち主が未来のスター・パフューマーとしてふさわしいと考えていますか?
大変良い質問ですが、一方で答えが非常に難しいですね(笑)。技術的側面から言えるのは、レベルが高い若手の調香師はすでにいます。ですからまず、学んだこと全てを完璧に具現化できる職人技と気質で、完璧なクラフトマンシップを実行できることがひとつ。
そしてもう一つは才能です。この定義は非常に困難なのですが、敢えて言うなら新しいアイディアをもたらす力──この世にいまだかつてなかったもの、史上初のものを生み出す力のことです。この力を養うためには、常にあらゆる物事に対してオープンマインドでなければなりません。素晴らしい音楽や詩、絵画などに触れ、五感を研ぎ澄ましてそれらを吸収し、すべてを取り込んで自分なりの再解釈を施し、まったく新しいものへと変換する能力。私の好きな作家の言葉を借りると「五感は世界に開く窓である」と。
そして最後に、頭の中のアイディアを言語化できる能力です。私はよく若い調香師が作った香水をチェックする時、こう質問します。「君はこの香水で何を表現したいのですか?何が作りたいのですか?」と。すると、大抵の場合ちゃんと答えられないんですね。ですから、香水のみならずなんでもそうだと思いますが、まず自分の頭の中のアイディアを言語化して定義づけできる力を持っていること。これができて、初めて良い香水ができると言っても過言ではありません。
──ご自身はこれまでずっと香水業界でトップを走ってきたわけですが、すでに78歳でレジェンドでありながら、新たに名香をクリエイトし続ける原動力はどこから来るのでしょうか?
読書や音楽、アートに触れるなど、まさに先ほど述べた若手へのアドバイスの通り五感を開くことを実践しています。香水は、無からは何も生まれません。豊かな想像力があって初めて生まれるものなのです。特に、今実際に作っているものや、やっているものとは無縁だと思えるほど遠くにあるものを取り込んで、新たなものを生む能力を養うためには、さまざまな刺激を受けなければなりません。加えて、そのなかから生まれてきた感性を言葉にしてアウトプットすることも大切です。ものを作ることは、愛の行為なんですね。そして、愛というのは分かち合うことでもあります。最終的には、このエスプリがあれば良い調香師になれます。
──遠い、といえばエルメスの「ローズ イケバナ」(2004)や「イリス ウキヨエ」(2010)など、日本に触発された香水をクリエイトされていました。ご自身の中で、フランスとは遠い日本の存在は良い刺激になっているようですね。
実は、私は歌川広重の浮世絵コレクターでもあり、俳句が大好きで、この業界のフランス人の中では最も日本人っぽいと言われているんです。なぜなら、私は自分の香水づくりで使っている要素や言葉がとてもシンプルで、まさしく「俳句スタイル」だから。限られた数少ない言葉の中に、多くの表現を織り込んだ俳句のアプローチが大好きなのです。
──これまでのクリエイションの中にも、“エレナ”としてのアイデンティティに日本のエッセンスを加えることはありましたか?
フランスでは、香水のストラクチャーはエッセンス同士をミックスするのが主流なのですが、私の香りは、一つひとつのエッセンスをただ隣り合わせに“配置”するだけ。周囲からすると、これはとても日本的なスタイルに映るようです。
──料理も同じではないでしょうか? 日本食は一つひとつの食材の良さをそのまま活かす。だからフランス料理のようなソースはいらない、というか。
まさしくその通りです。加えて、香水に使う原料もできるだけ最小限にとどめるのが私のスタイルでもあります。私は、この業界では原材料数が最も少ない調香師として有名なんです。もうお分りいただけたかと思いますが、私自身は調香師の“ヴィンテージ”かもしれませんが、日本のことはほんの少しだけわかっているつもりですよ(笑)
Interview & Text: Masami Yokoyama Editor: Rieko Kosai
