1998年生まれ東京都出身の工藤花観が自身の名前を冠にしたブランド、カカン(KAKAN)。両親の影響でファッションに興味を持ち、18歳で渡英。名門セントラル・セント・マーチンズで学んだ後、2022年イタリアのイスティチュート・マランゴーニのファッションデザインコースを卒業。今年2024-25年秋冬コレクションでデビューを果たした若干25歳のデザイナー工藤は、両親が「いつも心に花を。心の余裕を忘れない子に」という願いを込めて付けた名前の通り、ファッションやアートにまっすぐ向き合いながらも、純粋に表現することを楽しむデザイナーの姿であった。
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──ファッションに興味を持ったきっかけを教えてください。
幼少期から絵を描くこととファッションが好きでした。両親もファッションが好きで、いつも傍にいてくれた母は服ありきで女の子を描く姿を見て、私がいつかファッションデザイナーになるかもしれないと想像したそうです。中学生の頃、自宅近くの図書館で雑誌『MODE et MODE』を手に取り、それまでの漠然とした思いが現実的になったと思います。偶然、その雑誌でエディ・スリマンが、サンローラン(SAINT LAURENT)のクリエイティブ・ディレクターになった特集を読んだことが私の夢を後押ししたと思います。
──それでロンドンのセントラル・セント・マーチンズに留学されたんですね?
まずは、セントラル・セント・マーチンズのオリエンテーションコースに行きポートフォリオの作り方を学び、ファウンデーションコースに入りました。もちろん、ファッションのコースを希望していたのですが、指導された先生に「ファインアートに向いているよ」と言われて、「プロが言うなら!」と思いファインアートのスペシャリストとしてファウンデーションコースに入学し、その後ウェアラブルなものを作りたいと思いジュエリーコースに変更しました。一貫性がないと思われるかもしれませんが、セントラル・セント・マーチンズのファウンデーションは、自分の本当にやりたいことを模索するために設けられたコースで、学部変更をする学生は多くいます。私はファインアートとジュエリーを学んだことで、「やっぱり私は服が作りたいんだ」と決心することができ、バチェラー(学位)ではファッションデザインを専攻することにしました。
──その後、イスティチュート・マランゴーニに入学されていますね?ミラノに移住された理由は?
実はセント・マーチンズのファウンデーションを卒業した時、ファッション学科からのオファーを頂きましたが、当時私はロンドンという街に少し疲れていました。ロンドンは、テートモダンや大英博物館があり、芸術を網羅的に広く学ぶには最適な場所だと思います。一方で、クラブなどのアンダーグラウンドな文化、それと同時に英国王室、美しいガーデニングや伝統的な紅茶文化があったりと、いろんなカルチャーが混在している“混沌とした街”だと感じていました。だからこそ「ロンドンでは良いクリエーションが生まれる」という意見に私も賛同します。ただ、精神を擦り減らし追い込んで生み出すのではなく、豊かな生活の上で美しいものをアウトプットするのが幸福で、健康的なクリエーションではないかと考え始めました。そしてヨーロッパでも違う街に行ってみたいと思うようになりました。
──なぜパリではなくミラノを選んだのでしょうか?
それは正直、直感です。故フランカ・ソッツァーニの伊版『VOGUE』が好きだった、というのも理由の一つにありますが、イタリアの衣食住のエコシステムに魅力を感じました。 建築やインテリア、豊かな自然と食文化、テキスタイルデザインや色使い、そして何よりも無理せず自分らしく生きる人間らしさなども含めて、彼らが創るものに興味を持ち「彼らの生まれ持った美意識やバランス感覚を身につけるには住むことでしか得られないだろう」と思いミラノに移住を決めました。
ニットウェアの原点、手紡ぎを核にブランドを始動
──2024-25年秋冬コレクションのテーマは?
いつもプロジェクトを始めるときはテーマを決めますが、今回のファーストコレクションにはテーマがありません。正直に言うと昨年は特に精神的に不安定で、日常生活の中でも度々迷いや不安がありました。そんな中でリサーチを始めたのが古い日記だったんです。私も幼い頃から日記を書く習慣があり、日記を読み返すことで自分自身を思い出したり、日記は特別な親友のような存在に感じていました。リサーチを通して古い日記を見ていたら、昔の人は「戦争で燃えてしまう」という感覚があるのか結構感傷的で情緒的なものが多く。誰かの成長日記なのか、髪の毛を挟んでいたり、花や落ち葉を挟んでいる日記が多かったんです。
ほかにもリサーチのために、植物の化石を高知県に観に行きました。そこで観た化石や、プロが制作した植物の標本を観たことで、私も有機的でありながら後世に残るようなタイムレスなものづくりがしたいと考えるようになりました。リサーチを終え、ニットの原点とも言える糸作り(手紡ぎ)からブランドを始めることにしました。ニットは美しさと実用性を両立させる芸術であり、織物と同様にテキスタイルとして古くから存在します。編み物は糸を編むという行為ですが、何を素材とし、どのように紡ぎ、どのように編むのか、さらにデザインすることで無限の可能性を感じています。
──展示会で水彩画のデッサンを見ました。水彩画で描く理由は?
幼い頃から水彩画を描いていたという理由もありますが、私にとって水彩画は思い描いたものを一番解像度高く表現できるからです。毛糸は、綿を紡ぐことや撚り合わせることで色を変えたり表情を変化させることが出来ます。それが水彩画の色彩を混ぜていく技法に似ていると思っています。手紡ぎのニットだけではなく、工場で作るニットも同様に、糸の組み合わせ方や量で色や質感が全く違うものになります。
動物のありのままの美しさを表現する“原毛のアートピース”
──毎シーズン、染色していない毛糸でアートピースを作るそうですね。
動物のありのままの美しさを伝えたいという思いから、今回は秋田の羊飼いの方に譲ってもらった原毛を使い一着のドレスを作りました。原毛は、匂いや質感が市場に出回っているものと違って、そのオリジナルの良さを活かした作品を毎年出したいと思っています。このアイデアは一緒にブランドを始めたパートナーと「もし自分でブランドをやるなら?」という会話をしていた時に生まれたもので、今回は日本の秋田の原毛ですが、次のコレクションではモンゴルのカシミアを使いたいと思っています。ニュージーランドや、イギリスなど質感や様々な色合いの異なる原毛でアートピースを作り、アーカイブがある程度の数になったら展示したいと思っています。
──話は遡りますが、ファインアートを学んだ経歴は、このアートピースの制作に通ずるものがありますか?
この作品を作ることに直結はしていませんが、ロンドンやミラノで学んだリサーチを念入りにし、それと同時に自分の考えを持つことは今も続けていますし創作意欲に繋がっていると思います。ファインアート学科では、アイデアを作品として視覚化することを学び、そこでパフォーマンスアートというものに出会いました。私は、ファッションデザインとはある種のパフォーマンスアートだと思っていて、コンセプトごとにモデルたちが私の服を着てくれて、私の代わりに表現してくれる。そしてたくさんのオーディエンスがそれぞれ私の作品に対する感情を持ってくれる。そのような考えに行き着いたのも、ファインアートを学んだ時間があったからだと思っています。
ニットウェアだけではなく、スタイルを提案できるブランドになりたい
──今後の展開は?
ブランドのシグネチャーとして、インハウスで制作をしている手紡ぎ手編みのニットウェアがあります。私にとって、ニットは機能性と同時に色気のある大好きなプロダクトですが、その魅力は他の素材を組み合わせることでより引き立てられると思います。今シーズンもテーラードや、手紡ぎをパーツとして一部使用した日常に取り入れやすいよう工夫したアイテムもあります。今後もニットウェアをこんなふうに組み合わせたら素敵なんだ!と新しいスタイルを提案し続けるブランドでありたいです。
また、現在は手紡ぎのニットはホームページでMade to Orderというページからオーダーメイドも承れるよう準備を進めています。クチュールのようにお客さまと対話をしながら一編み一編み丁寧なものづくりを続けることと、リアルクローズで日常的におしゃれを楽しむことのどちらもしたい。その両方が私にとっての自然な「ファッション」の在り方です。
──最後に、あなたにとってファッションとは?
私がファッションを仕事にしたいと考えるようになったのは、「触ることのできるアート」だからです。生活を快適にするだけではなく、身につけることで人の気持ちをワクワクさせることができると思っています。服は感情を映す鏡であり、時には本当の自分を守ってくれる鎧でもあります。服を選ぶことは自分の生き方を選ぶことだと思っています。朝クローゼットを開ける時に、今日はどんな自分でありたいか?カカンを選んで着てくれる方の一日が素晴らしいものになるように。そんな思いで服を作っています。
問い合わせ先/KAKAN
https://www.instagram.com/kakankudo/
Photos: Courtesy of KAKAN