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SFが現実に!? 培養肉はなぜ未来を変え得るのか【エディターの夜ふかし】

初夏の夜、食い入るように観てしまった、『ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜』(公開中)は、動物も人間も環境も幸せになる未来を夢見る、米アップサイド・フーズ(旧メンフィス・ミート)の創始者を数年間に渡って追ったドキュメンタリー映画。

心臓外科医から、“未来のお肉”のためのベンチャー起業家に

メンフィス・ミート(現アップサイド・フーズ)の社員たちと、自社製品を試食するウマ・ヴァレティ博士(右端)。

ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜』の主人公は、元心臓専門医でアメリカのアップサイド・フーズ(旧メンフィス・ミート)共同設立者兼 CEO ウマ・ヴァレティ博士。同社は、カリフォルニア州バークレーに拠点を置く人工培養肉製造会社だ。今でこそ、培養肉シーンを牽引する同社の黎明期からの5年間をカメラは追う。

映画の冒頭で、「人口増加により 2050 年までには世界の肉の消費量が2 倍になると予測されている。既に畜産業は世界の陸地の半分近くを占め、車よりも多くの温室効果ガスを排出している」という衝撃的なテロップとナレーションが流れる(ちなみにこのナレーションを務めるのは動物行動学者であり、国連平和大使の顔も持つ著名なジェーン・グドール博士で、映画の音楽を手掛けるのは、20年以上前からアニマルライツの信念を掲げ、ヴィーガンを貫くミュージシャンのモービーだ)。

ヴァレティ博士は、インドで育ったエリートとしてアメリカで心臓外科医の職を得る。が、少年時代に祝宴に際して裏庭で行われている屠畜シーンを目撃して以来、人間の喜びのために、動物が犠牲になる現実を変えられないか、と考え続けてきた彼は、畜産業を営む家で育った共同設立者との出会いを機に、培養肉ベンチャー立ち上げを決意する。

世界初の培養肉は1ポンドあたり18,000ドル!

スタートアップをサポートするのは、ヴァレティ博士同様、「動物を繁殖、飼育、屠殺せずに、本物の肉が持続的に生産される世界」を夢見る社員たち。 多くの研究者を含む設立メンバーは、本物の牛や鶏の部位ごとの細胞を培養液で増産する培養肉の研究を続け、ついに、1 ポンドあたり 18,000ドルだった世界初のミートボールの半分のコストで、チキンフィレを誕生させる。

それでも、劇中でヴァレティ博士や社員が繰り返すのは、「消費者に買ってもらえなければ意味がない、世界は、未来は変わらない。そのためには価格を一般肉レベルかそれ以下にしなければ」ということ。大量生産を可能にし、生産コストを下げれば、DAN的には屠畜されて市場に出回るリアルミートと食感も味もまったくかわらない培養肉を購入する人は絶対に多いはず、そう信じて突き進む。

実際、同社やヴァレティ博士の思いに共感し、市場での成功も見込めると考える投資家たち(ビル・ゲイツやリチャード・ブランソン、大手食品会社、投資企業など)も、こぞって投資を申し出る。が、そんな急成長企業と急成長分野の行く手に、アメリカの畜産業界や米農務省が立ちはだかる。映画の終盤では、そんな畜産業界との攻防戦や、米農務省(USDA)への対策なども克明に描かれている。培養肉がごく普通にスーパーに並ぶ日は、意外と近いのか、それともあらゆる既得権益を持つ人々や団体によって、道は困難を極めてしまうのか(そうはならないでほしい)と思いながら映画を観終えた。

同時に、牛が牛肉になるまで、鶏が鶏肉になるまで、豚が豚肉になるまでの現実を直視することを極力避けながら、日々それらを口にしている自分、環境への負荷は絶大だと知りながら、お肉を食べる量は減らせても、ヴィーガンにはなれない(とどこかで思考停止してしまう)自分について考えた。

でも、動物を犠牲にせず、温室効果ガスの削減に貢献でき、なおかつ“お肉”を諦めなくてもよくて、それが日常的に手が出る価格で供給されるなら──私のように悶々とした気持ちを、多かれ少なかれ抱えながらお肉を口にしていた人たちの多くは、「動物を殺さずに得られるお肉」を食べたいと思うのではないかと思う。

酪農業、畜産業=悪ではもちろんないし、それらを日々無意識で食べている消費者よりも、むしろずっと動物に寄り添って生きている酪農家、畜産業者がほとんどだと思う。だけれど、冒頭にあるように、危機が迫っているのも事実で、そのための打開策としての培養肉のポテンシャルはとても大きいと感じさせられる映画だった。

ついに米市場で培養鶏肉の販売が実現!?

昨日、この記事を書くために、アップサイド・フーズの最新情報を得ようと調べてみたら、タイムリーにも、6月12日に、同社が培養鶏肉の食品表示についてUSDAから承認を得たというニュースが! 米グッド・ミートも同様の承認を今月8日に得ていて、USDAから生産工場に対する検査証書を得られたら、培養肉シーンを牽引する2社ともに、アメリカで培養鶏肉の生産と販売をスタートできるのだという。

フードテック専門メディアFoovoも、2022年にアップサイドフーズは、生産ライン拡張のための資金として、業界史上最高額の4億ドル(約510億円)を調達し、同社の評価額は10億ドル以上になったというニュースを報じている。日本の私たちに身近なスーパーでも、培養肉がリアルミートとともに並ぶ姿が見られる日は、意外と近いのかもしれない。

Photos: © 2023 LIZMARS PRODUCTIONS INC.