日本人アーティストが訳詞を手掛けた意味
松任谷由実(以下、ユーミン) お会いできてうれしいです。私はバズの映画『ムーラン・ルージュ』(01)が大好きなんです。真っ向から、恥ずかしいぐらいに愛を扱う、そこが素晴らしいと思います。
バズ・ラーマン(以下、バズ) 映画では冒頭で「これは愛についての物語」だと言いますからね。いろんな愛の形があると思うんです。『ムーラン・ルージュ』は、クリスチャンがオルフェウス的な理想主義、理想の愛を求めて闇の世界に入り、愛を失うことによって成長する物語。
ユーミン 日本の『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』をご覧になって、いかがでしたか。
バズ 観客の皆さんが興奮して、どの曲でも手拍子をしてくれるのに驚きました。演劇というより、まるでユーミンのライブのような盛り上がり方!とてもエモーショナルなパフォーマンスをお届けできたと思います。またラストで描かれる悲劇の愛(「Your Song」のリプライズが奏でられる)が、日本プロダクションでは、とりわけドラマチックで感動しました。世界各地でこの舞台を観てきて、カラフルで華やか、派手で喜劇的という印象でしたが、日本プロダクションでは切なさや哀しみが深く感じられました。
訳詞についても、普段から生のステージに立たれて、観客との関係性をわかっているユーミンのようなアーティストが手掛けてくださったことに大きな意味があります。日本語にした時にどの言葉が一番ふさわしいのか、その選択眼をお持ちなので。他の国のプロダクションでは、アーティストによる訳詞ではないんです。すごく画期的で素晴らしいアイデアでした。
ユーミン 今回、私はエルトン・ジョンの「Your Song」の訳詞を担当させていただきましたが、なぜ日本のアーティストに頼むことにしたのですか。
バズ そのアイデアはカンパニーから出てきたものだと思います。私はこのミュージカルは、ブロードウェイ、ウエストエンド、韓国など全てのプロダクションを観てきましたが、少しずつ異なる点があるんです。たとえば、劇中では映画『サウンド・オブ・ミュージック』のテーマ曲が使われていますが、ドイツでは戦争の影響でその映画自体が知られていません。そこでドイツ公演ではドイツの曲に差し替えたことで、成功しました。日本で上演するとなったときも、やはり独自の文化を持つ国ですからそれに合う形にしたいと、訳詞をアーティストにお願いする案が生まれた。そんな流れでした。
ユーミン 私、今回すごく燃えたんです。「Your Song」は、14〜15歳の頃に衝撃を受けた歌だったので。実際に訳してみると、ものすごく繊細な歌詞なんですね。意訳しか出来ないけれど、その心情を日本語にしたいと強く思いました。英語は1音節に1ワードだけど、日本語は1音節にカナ1文字しか乗せられないから、日本語に置き換えるのは難しかったです。けれど受け手は、伸ばしている一音の歌声からも、すごく沢山の情報を得る感性を持っているので、伝わると思いました。
バズ 興味深いですね。歌詞がメロディーに綺麗に乗っていて感動しました。どの国もなかった手拍子が日本だけ起きるのは、音のバウンスがあるんでしょうね。
ユーミン ビートを理解しているアーティストが手掛けているからかもしれないですね。映画で「Your Song」を物語のキーソングにしたのはなぜですか?
バズ 「Your Song」を選ぶにあたっては、ものすごく考えたんです。クリスチャンの才能が込められた曲であり、サティーンとクリスチャンはこの1曲で恋に落ちなければいけない。シンプルで、オペラのように壮大に終わる曲が理想でした。
バズ・ラーマン作品に通ずる美の感性
ユーミン 例えば『ウエスト・サイド・ストーリー』もシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』をベースにしているじゃないですか。『ムーラン・ルージュ』は、オペラ『ラ・ボエーム』がベースになっていますよね。
バズ その通りです。私はオペラの演出からキャリアを始めて、初期には『ラ・ボエーム』をブロードウェイで演出したこともあります。『ラ・ボエーム』だけでなく『椿姫』もベースにしています。また、19世紀のフランス小説にもインスパイアされています。そういう古典主義テイストの作品なんです。
ナイトクラブの花形スターであるサティーンは観客の前では強い女性として存在します。それに対して、作家クリスチャンはとにかく愛、恋に憧れて、それを理想化しているわけです。「私達は闇の世界、地下に住んでいるのだから、恋をしている時間、そんな余裕はない」というサティーンの台詞が出てきますが、それは日本の悲劇にも通じている気がします。日本の古典的な演劇や歌舞伎では悲劇に美しさを感じる、そんな精神性が日本にはあるのだと思います。
ユーミン バズの映画『エルヴィス』(22)でトム・ハンクス(マネージャーのトム・パーカー役)が言う、「君はRock of Eternalを知らない。それは永遠に手が届かないものだ」。これ、すごく良い台詞だなと思って。まさに『ムーラン・ルージュ』にも繋がっていますよね。
バズ 決して手に入らないものでも、そこまでの過程が一番大事、手に入るか入らないかはわからなくても……ということですね。これこそがロマンティシズムと呼ばれるもの。信じられないぐらい完璧なもの、理想主義、そこに到達したいという想い、でも絶対手に入らない。それでもそこに行く過程が重要で。その上、大抵は悲劇に終わるんですけど。
ユーミン 『ロミオ+ジュリエット』(96)も大好きです。特にファッションの方向性がいい。ディカプリオのチームがアロハシャツで、対抗するチームがライダースを着ているのが最高!
バズ アリガトウ! これに関してはちょっとした話があります。『ロミオ+ジュリエット』を製作しているときは、まだ『タイタニック』(97)前で、レオナルド(・ディカプリオ)はそれほど知名度がありませんでした。彼はオーストラリアにやってきて、シャツのアイデアをいろいろ練っていたんです。衣裳デザイナーである友人のキム(・バレット)が、こんなヴィンテージのシャツがあったよと教えてくれて、レオナルドが着ることになったシャツはハワイアンだとみんな思っていたんですね。その後、そのシャツは人気となり、同じデザインのレプリカが作られ、コピーにコピーを重ね、販売されました。僕もそのシャツを金の額縁に入れて飾っていました。でも後から、実はそのシャツに描かれている花柄は日本のプリントだったことに気づいたんです。
ユーミン そもそも着物のリメイクから始まったのがアロハシャツと言われてます。
バズ ハワイで? ああ、納得しました。ユーミンはご実家が呉服店だからよくご存知なんですね。
ユーミン ええ。そして私は美術大学で日本画を学んだんです。絵はモノにならなかったけれども(笑)。だから自分のステージの作りもインスタレーションという考え方なんです。
バズ ユーミンのライブ(『シャングリラ』シリーズ、TIME MACHINE ツアー)を映像で拝見しましたが、実に壮大でスペクタクル。水槽や火、水、氷、サーカスなどを取り入れていてビックリしました。一体、どうやってツアーをしているのですか。
ユーミン 夫の松任谷正隆が総合演出をしていて、そこにチームみんなのアイデアも盛り込んで、ライブのための技術や手法を開発しています。今のツアーはトラック27台で移動しています。
バズ ワオ!半端ないですね。僕の映画でも、妻(キャサリン・マーティン)が衣裳デザインを手がけています。夫婦で共同作業しているところが同じですね。一番すごいと思うのは、僕も自由に映画を撮り続けてきたけれど、ユーミンもシンガーソングライターとして活動をされて、今年50周年。1970年代、1980年代、1990年代、2000年代、2010年代、2020年代と6つの年代でチャート1位を取られたと伺いました。昔からのファンもいながら、若い世代にもアピールしていることは、偉大なアーティストの証明だと思います。
日本の美意識と重なる、儚いものの美
ユーミン バズの映画を観ていると、すごくシンパシーを感じるんです。
バズ 僕も話していて、同じことを感じています。ライブ映像を見ても、僕たちは非常に似ていて、共通する部分が多いですね。巨大でスペクタクルな作品を作りながらも、本質を大事にしているところなど。
ユーミン それはバズがオーストラリア人だということに関係がありますか?
バズ 僕はとても小さな町で育ったんです。だから、アメリカ文化の中心で育つのと違って、怖いもの知らずで失うものがないという気持ちが強いかもしれません。それが大胆な表現に繋がるんだと思います。
ユーミン オーストラリアとは関係ないかもしれないけど、バズは私たちと共通した「儚い」という感じを持っていらっしゃる。これは西洋の人みんなが持っている感覚ではないと思っています。
バズ スウィートサッドネス(Sweet Sadness)やメランコリー。
ユーミン はい、センチメンタルとかサウダージ。
バズ ああ、わかる気がします。僕らは過去に足を残しつつ、未来を見据えている。その両方の世界を併せ持っている。
ユーミン 欧米の人は完全なるものを目指すようなところがあると思うんです。でも日本人はそうではないから、バズの作品にシンパシーを感じるんじゃないかと。西洋の美とは強くて完全なるもの、実体の美ですよね。ミロのヴィーナスが美しいと思ったら、ルーヴル美術館にあろうと砂漠にあろうと、美。でも日本人が思う美は状況の美、その状態が美しいということ。移りゆくこと、変化こそが永遠という考えかなと思っています。
バズ それこそ「儚さ」に通じていますね。おっしゃる通り、西洋では完全なものが美とされます。一方、日本には四季があり、移りゆく、変化という意味でも美しいと思います。1、2カ月ほど前に来日した時はすごく寒かったのに、今はすっかり暑くなっていて。小さなものやディテールにこだわるのも独特です。今、滞在しているホテルの近くにコーヒーショップがあって、そこではトレイの上にコーヒーとお菓子を並べてくれたり、ちょっとした飾りがあったり、そういうことがすごく美しい。だから僕は日本が好きなんです。
ユーミン 『ムーラン・ルージュ』は1899年、ベルエポック期が舞台ですよね。ちょうどヨーロッパでジャポニズムが流行った頃で、日本的な感性や美意識にみんなが目覚めた時代であることも、作品に影響していますか?
バズ 日本文化がヨーロッパに影響を与え、プッチーニが『蝶々夫人』を作った時代ですからね。僕にとって興味深いのは、日本とシェイクスピア悲劇との繋がりです。僕が若かった頃に鈴木忠志のシアターが『マクベス』を上演しに来ましたし、黒澤明はシェイクスピア劇を映画(『蜘蛛巣城』)に翻案しています。このように西洋と東洋が自然と交流してきたことで、より深いシンパシーを得られるのかもしれないです。
ユーミン 『ムーラン・ルージュ』でポップミュージックを音楽として使っているところも、「儚さ」を表すのに実はとてもフィットしていると思うんです。また日本語で上演することで、観客にコネクトするとも思います。映画監督や舞台演出家で、現代の音楽を取り入れられる人は数少ないですよね。バズだけかもしれないくらい。
バズ 僕は60年代、70年代の古いミュージカル映画をたくさん観ていて、そこでは映画のために作られた曲ではなく、ポップミュージックが使われていたんです。実はポップミュージックは物語を語るのに適しているんですよ。音楽とは時間と場所ですから。今回、日本のさまざまなポップアーティストが訳詞で参加してくださったのは、とても素晴らしいこと。感謝しています。
ユーミン 私たちアーティストには、日本語の美しさやカッコよさを歌で伝えていくミッションがあると思うんです。素晴らしい機会を与えていただいたと思っています。
Profile
バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)
映画監督、脚本家、映画プロデューサー。1962年生まれ、オーストラリア出身。92年に『ダンシング・ヒーロー』で監督デビュー。シェイクスピア文学を現代に置き換えた『ロミオ+ジュリエット』(97)で英国アカデミー賞で監督賞、脚色賞を受賞。2001年『ムーラン・ルージュ』では第74回アカデミー賞に複数ノミネート、衣装デザイン賞、美術賞を受賞。近作に、『華麗なるギャッツビー』(13)、企画・制作と脚本を手掛けたテレビシリーズ「ゲットダウン」(16-17)、『エルヴィス』(22)など。
松任谷由実(Yumi Matsutoya)
シンガーソングライター。通称ユーミン。1954年、東京生まれ。72年に旧姓・荒井由実としてデビュー。以来、毎年行っているコンサートは、壮大な演出のエンターテインメントとして知られる。99年にはロシアのサーカス団50名を参加させたユーミンスペクタクル「シャングリラ」を開催。23年5月よりデビュー50周年を記念した全国アリーナツアー「The Journey」を実施、12月まで全54公演を予定している。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』ではエルトン・ジョンの「Your Song」の日本語訳詞を手がている。
「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」
期間/〜8月31日(木)まで
会場/帝国劇場 東京都千代田区丸の内3-1-1
問い合わせ先/東宝テレザーブ 03-3201-7777
https://www.tohostage.com/moulinmusical_japan/
【出演】(各役50音順)
サティーン:望海風斗/平原綾香、クリスチャン:井上芳雄/甲斐翔真、ハロルド・ジドラー:橋本さとし/松村雄基、トゥールーズ=ロートレック:上野哲也/上川一哉、デューク(モンロス公爵):伊礼彼方/K、サンティアゴ:中井智彦/中河内雅貴、ニニ:加賀楓/藤森蓮華
【訳詞提供アーティスト】(50音順)
いしわたり淳治、UA、岡嶋かな多、オカモトショウ(OKAMOTO‘S)、栗原暁(Jazzin’park) 、KREVA、サーヤ(ラランド)、ジェーン・スー、Jean-Ken Johnny(MAN WITH A MISSION)、Daoko、TAX(MONKEY MAJIK)、浪岡真太郎(Penthouse)、ヒャダイン、松尾潔、松任谷由実、宮本亞門、Mayu Wakisaka
