BEAUTY / EXPERT

余白を極める、クワイエット ラグジュアリーな香り

香りにおける“静かなる贅沢”——クワイエット ラグジュアリーとは? 余白にフォーカスする新しい香水の楽しみ方を和泉 侃さんに聞いた。手のひらにとって塗布するetc.など、斬新な香水の纏い方もレクチャー。

捉えどころのない香りが持つ“個性”

2024年春夏のジル サンダーより。Photo: Arnold Jerocki/Getty Images

Arnold Jerocki

クワイエット ラグジュアリー。それはトレンドを駆け抜け、経験値を重ねた者がたどり着く次なる領域。そんな言葉が似合う人物像は、どんな香りを選ぶのか。それは一つの方程式では回答しえない難しい問いだ。それを、香りのデザインなどを手がけるアーティスト、和泉 侃さんに尋ねてみた。

白夜に出会ったユリの花を表現。ほのかにスモーキーさを抱えた艶やかなタッチ。リス ソラベルグ オードパルファム 100ml ¥34,650/メゾン クリヴェリ(ブルーベル・ジャパン 香水・化粧品事業本部)

「一言では表現しづらいのですが、強いて言うなら“余白のある香り”でしょうか。その余白に何を合わせ、どんな表現をするのか。白い服なのか黒い服 なのか、もしくは自分自身なのか。発想は自由ですが、そういった香りだけですべてを説明しきらない、纏う者に余白を残したものがクワイエット・ラ グジュアリーな香りだと言えます。完璧なバランスで構成された完成度の高い香りももちろん素敵なのですが、記憶に残りすぎて“あの香りをつけている人”という印象になりますよね。かつてはそういったフレグランスが時代を象徴する香りのトレンドを作ってきたと思いますが、今はニッチフレグラ ンスという、誰とも被らない香りを追求する人が増えている中で、この“余白”をどうとるかがクリエイションにおいて重要になっている気がします」

ブランド初の香りを和泉さんが監修。水のニュアンスを香りに落とし込んだ、まさに“余白”な香り。エクイップ オードパルファム 30ml ¥19,800/シーエフシーエル オモテサンドウ

具体的にその余白は何によって決まってくるのか。「複合的ではありますが、一つに合成・天然香料の使い方があります。安定性に優れた合成香料は、 香りの濃淡や強弱に大きく関わってくるので、バランスによっては余白が薄れ、インパクトを重視した香りに近づく傾向にあります。もとより合成香料は種類も豊富で、私ももちろん香りのデザイン性を高めるために調香に取り入れていますが、調香師側にもある程度のブレンドの定石があることが多いので、革新的な香りが生まれにくいという側面もあります。それに対し、天然香料は同じ産地であったとしても年によって差がありますし、蒸留法によっても変わってくる、言うなればワインのようなもの。そういった素材のブ レも含めて余白が多いので、香りの表現力が広がりやすいのです」

手のひらに香水を——モダンな“余白”の纏い方

2024年春夏のエルメスより。Photo: Victor VIRGILE/Gamma-Rapho via Getty Images

Victor VIRGILE

香りの中の余白。感覚的には理解できるが、纏う側としてそれはどのようにキャッチしたらいいのだろうか。「そもそも香りにはさまざまな情報が詰まっています。風景や色彩、昼なのか夜なのかといった時間軸、湿度や温度、 静なのか動なのか、時にはテクスチャーを感じることもあるでしょう。それらのあらゆるステイタスのどこかを抽出して、受け止める。香りに対してそういう視点を持つと、フレグランスの見え方も自然と変わってくると思います」。一つのフレグランスの中にあるさまざまな表現力を捉える。そういう感覚を持って香りに向き合うこと自体が新鮮であり、豊かな楽しみ方だ。

世界各地の至高のウードを多様な香りに昇華。ウード マレーシア オードパルファン 100ml ¥182,600/フエギア1833

「香りに対して視点を持つというと、どうしても成分や香料にフォーカスしがちになります。確かにそれも香りを深く知る上での一つの切り口ですし、例えば、フエギア1833には、南米、ニューカレドニア、アジアといった世界各地の産地をもつウードのコレクションがあり、そういった素材の背景の違いを感じながら香りを探究していくのも非常に面白く興味深いと思います。しかし何よりも大切にしたいのは、一つのフレグランスとして全体をどう感じるか、自分なりの解釈を持つことです。この香りは青っぽいなとか白っぽいなとか、色で捉えるのもいいですし、肌当たりが柔らかいなとか硬いなとか、自分の中の記憶と結びつく何かでもいいと思います。最初にお話しした“香りの余白”は、そういう多様な解釈を持つことで、どんどん生きてくる。さまざまな感性でフレグランスを捉えることができれば、香りに対する解像度も上がり、創造力も膨らんで、ファッションとのペアリングもより一層意味深いものになっていくのではないでしょうか」

天然香料のみを使用しながら、濃密で独特な香りを展開。アーボレ オードパルファム 50ml ¥29,700/ハイラム グリーン(ノーズショップ)

では“香りの余白”を楽しむための纏い方のコツなどはあるのだろうか。「私は素肌に直接ではなく、手のひらに出してから首もとや手首になじませることが多いです。そうすることで局所的に香りが残ることなく、満遍なく香りの経過を楽しむことができるので、個人的におすすめです」

一つの香りからさまざまなメッセージを受け取り、そこに残された“余白”と自身のスタイルを組み合わせる。時にデザイナーの哲学とリンクさせたり、時に服のムードにほのかなスパイスを加えたり、さまざまなアプローチで新たな自己表現を構築する。一つの服に込められたデザイナーや職人の情熱を知り、それを肌で感じながらニッチなクリエイティビティを楽しむ、ファッションにおけるクワイエット ラグジュアリーと同様、香りにおいても纏う側がリテラシーを高め、感性を磨いてこそ、楽しめる贅沢だ。

話を聞いたのは……
KAN IZUMI
和泉 侃。アーティスト。植物の生産・ 蒸留や原料の研究を行い、五感から 吸収したインスピレーションのもとに クリエイションを展開。作家活動と並行し、「Olfactive Studio Ne」を発足。調香の領域を超えたディレクショ ンで香りの可能性を追求している。

問い合わせ先/シーエフシーエル オモテサンドウ 03-6421-0555
フエギア1833 03-3402-1833
ブルーベル・ジャパン 香水・化粧品事業本部 0120-005-130
ノーズショップ 050-2018-6146

Editor, Text: Sachiko Maeno Editor: Toru Mitani

※この記事は『VOGUE JAPAN』2024年5月号「香って、組み合わせて。余白を極める、クワイエットな香り」(p.122-123)より転載しています。また、p.122ご掲載の「メゾン クリヴェリ」の香水の容量、価格、補足に誤りがございました。こちらのデジタル記事が正しい表記となります。お詫びして訂正いたします。