誰もが驚いたドリス・ヴァン・ノッテン(DRIES VAN NOTEN)のデザイナー退任が発表されてから、約3ヶ月。ついに彼が手がける最後のコレクションのショーが行われる。招待状はシルバーの紙に、白で「LOVE」とあった。ファッションをはじめ、自然、人を真摯に愛し続け、その姿勢に共感する人々に愛されている彼にふさわしい言葉だ。
会場は、1つの長いテーブルに500人分のディナーが用意された後、そのテーブルがランウェイと化した50回目のショー(2004)と同じ、パリ郊外ラ・クールヌーヴにある工場跡。「20時半からカクテルディナー、その後にショー、そしてパーティを予定している」という事前の案内どおり、建物の中に入ると大勢の招待客たちが食事やドリンクを楽しんでいる。広大な空間の中央に設けられたスクリーンには、これまでのショーや作業風景の映像がコラージュのような構成で映し出されていた。
それらを観ながら、皆思い出を語ったり、着用しているアーカイブを自慢しあったりしている。どうやらドリス本人も会場をまわっていたようで、「アントワープ・シックス」のメンバーや、ピエールパオロ・ピッチョーリ、ハイダー・アッカーマン、トム・ブラウン、グレン・マーティンスといったデザイナーたちの姿もあったという。
そして22時になろうとする頃、黒いカーテンが開いてディナー会場の向こうに銀箔が敷き詰められた長いランウェイが現れた。両サイドには椅子が2列きちんと並べてある。2017年に開催された100回目のショーではドリスがウィメンズのショーをスタートした1990年代に名を馳せていたスーパーモデルたちが勢揃いし、アーカイブのプリントを用いた服が発表されたが、そうした回顧的な内容になるのか。ところが、意表を突いて、ファーストルックはシンプルなロングコートだった。
透ける素材を用いたルックが続き、いつものように新しいコレクションを見せようとしているのでは、と気づく。
シグネチャーの刺繍や柄物ももちろん含まれていた。ただ、やはり特別な演出はあった。女性モデルが起用されていて、若い世代に混ざってクリスティーナ・デ・コーニンクやカレン・エルソン、ハナロア・クヌッツ、カースティン・オーウェン、ハンネ・ギャビー・オディールといった懐かしい顔ぶれが揃っていたのだ。聞けば、ファーストルックを着用していたのは、1991年に開催された初のショーでもオープニングを飾ったモデルだという。
最後はゴールドのシリーズで締めくくり、ドリスがランウェイに登場して挨拶した。デヴィッド・ボウイの曲にのせてモデルが歩くたびに銀箔が舞い、どんどんランウェイが形を成さなくなっていくのを見て「これでもうドリスのものづくりも消え去ってしまうのか」と感傷的になっていたところだったが、ドリスが後ろを向いたと同時に巨大なミラーボールが出現。ドナ・サマーの「I Feel Love」が大音量で流れていきなりパーティに突入したのだった。
踊り出す観客たちをかき分けて気持ちの整理がつかないままバックステージに向かうと、そこにはほっとしたような表情のドリスがいた。取材陣に「今の気持ちは」と聞かれると、「まだよくわからないところもあるけど、とても幸せ」と笑顔で応じる。そして「今回は祝祭のようなものにしたかった」と言う。ただ、それだけではなく、「新しい素材を使うなど、前進したい気持ちはありました」と付け加えた。大きな葉と花のモチーフの表現には日本の伝統的なマーブリング技法「墨流し」も用いている。
メンズコレクションで女性モデルを起用したのは、「あくまでもメンズウェアとして発表していますが、誰もが望むものを着られるのは幸せな世界だと思うから」。ラストコレクションがメンズで涙を飲んでいた女性たちも、堂々と手を伸ばすことができそうだ。
今後については、次のように語った。「いくつか取材を受けてから、イタリアにある別荘に1週間滞在し、そして仕事を再開します。経過は随時お知らせしますよ」
別れを惜しんで涙を流す観客たちとは裏腹に、終始笑顔ですでに前を向いていたドリス。2018年にプーチの傘下に入った頃からおそらく退任に向けての準備を着々と進めていたはずで、2022年にブランドが描く女性像を完成させるために必要だと考えていたビューティラインの立ち上げを実現させたのは記憶に新しいし、生地開発に協力してくれた工場やメーカー、職人たちとの関係性を今後も維持する体制も整ったのに違いない。きっともう思い残すことはないのだろう。
これからは、取材中も「いったん水を飲んだら」とドリスを気遣っていた公私にわたるパートナー、パトリック・ヴァンヘルヴェと穏やかに過ごしてほしい。そして何よりも、どんな時代になっても服そのものに集中し続けたドリスの精神をしっかりと受け継ぐ次世代の出現を期待したい。
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Photos: Gorunway.com Text: Itoi Kuriyama