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京丹後市間人にて「あしたの畑 2024年秋期」特別展が開催。集落で食・アート・太古の記憶に出合う

京都市内から車で北へ2時間ほど、日本海沿いの小さな集落・京丹後市間人(たいざ)にて、食・アート・工芸・建築を通して人が集う場や学びの場を生む集落構想プロジェクト「あしたの畑」の2024秋期特別展が11月17日まで開催されている。古代の原風景を想起させる集落で出合う「美」が、私たちに問いかけるものとは。

間人(たいざ)は京丹後でもっとも古い町のひとつと言われている。一説によると、「間人」の地名は、聖徳太子の生母である間人(はしひと)皇后が、蘇我・物部の戦を避けてこの地に逃れ、後に大和に戻ったことから「退座(たいざ)」と呼ばれるようになったという。

間人では現在「あしたの畑 2024年秋期」が開催され、国内外の作家が参加する3つの特別展や常設展を見ることができる。各アートサイト(会場)とともに、展示作品を紹介する。

あしたの畑の始まりの場所「間人スタジオ」

間人スタジオ 会場構成:TOMORROW 中川周士「庇」2021年 、木曽のさわら Photo:森川昇

最初に訪れたいのは、京都駅と間人を結ぶ高速バスのバス停も近い「間人スタジオ」だ。各会場や間人の歴史が載っている「アートマップ」を手に入れながら、周り方などを聞くことができる。築100年の古民家を職人たちと4年にわたり改修した実験的な家屋で、外壁には丹後地域の伝統的な技法である「焼杉板」が張り巡らされている。

中川周士 「机」2021年、吉野の檜 Photo:森川昇

秋期公開では、間人の赤土で染めた紙と地元の職人が作った和紙による二層構造の壁紙で覆われ、京都市内の唐紙工房のかみ添が制作した「紙の部屋」や、開化堂が雨どいなどを手掛けた空間が初公開中だ。キッチンや床の間には、発酵料理人の楠修二による地元の海産食材を使った「へしこ」や、えびの魚醤などの発酵食品も並ぶ。

1階の畳の間では、テキスタイルデザイナー・コーディネーターの安東陽子と、京都大学の平田晃久研究室の学生たちが協働し、丹後の名産物であるちりめんを使った実験的な建造物の模型と、建造物にまつわるスケッチが描かれた巻物状の図面が展示されている。

中川周士 「木の部屋」2022年、吉野の檜 Photo:森川昇

2階には常設として、木工作家の中川周士が巨大な桶型の構造体を制作した「木の部屋」がある。会期中も夜間はスタッフのベッドルームとして使われていることからも(掃除が行き届き生活感は一切なかったことを特筆したい)、本プロジェクトが暮らしに根付いていることがうかがえる。

間人スタジオ
住所/京丹後市丹後町間人2854

赤土で作られた土壁に囲まれる「間人レジデンス」

間人レジデンス 2024年 Photo:Kim Ilda

「間人レジデンス」は、AAWAA(COSMIC WONDER)とあしたの畑の運営母体であるNPO法人TOMORROWが、共同で食の空間を中心に制作するアート居住空間だ。AAWAAの監修による絶妙なバランスが保たれた空間を形作るのは、間人で採取された赤土で作られた土壁。丹後の「丹」の字を古代では「に」と読み、赤色の鉱物である辰砂(しんしゃ)=水銀を指すことから着想を得た作品が一同に会している。

AAWAA 「丹」 2024年 Photo:Kim Ilda

部屋の中央に置かれたAAWAAによる反物は、昨年間人の赤い土に埋めた絹により造られた紙布を赤土と辰砂で染めたのち藤糸に巻き付け、指でひとつひとつ撚って作られた糸により織られている。同作家による辰砂に染まった古墳の木棺痕を写した写真作品や銀継ぎが施された間人の土の土器も存在感を放つ。

間人レジデンス
住所/京丹後市丹後町間人3332-2

築60年の丹後ちりめん工場を改修「SEI TAIZA」

SEI TAIZA Photo:森川昇

昭和の歴史的産物ともいえるセメント瓦が目を引く築60年の丹後ちりめん工場を改修し、AAWAAが空間を監修した間人初のアートギャラリー「SEI TAIZA」。エントランスで出会うのは、「アートマップ」のメインビジュアルにもなったソウル在住のノ・サンホのドローイングだ。今年5月にノ・サンホが間人を訪れ、滞在中に印象に残ったランドマーク、丹後の遺跡、想像上の世界などがコラージュとして描かれている。

野口里佳 2024

Ken Gun Min 「about me living from your last breath」 2024年、SEI TAIZA Photo:Kim Ilda

写真家の野口里佳は、間人で今年撮影した作品を展示。韓国出身のケン・グン=ミンは、間人からほど近い網野が発祥の地とされる浦島太郎伝説から着想を得て、韓国の伝統的な織物であり、かつては喪服や死装束として使われていたサンベという生地や、丹後の絹、世界各地のビーズなど多様なマテリアルを使用した刺繍とドローイングによる平面作品を発表している。

「あしたの畑では、作品を借りて展示をすることはなく、どの作品も間人の歴史や文化を汲むサイトスペシフィックなものであり、本プロジェクトのためにあらたに制作されています」と、会場構成を手掛けた橋詰隼弥は語る。

SEI TAIZA
住所/京丹後市丹後町間人3329

下地から手作業で創られた「宮のあしたの畑」

「Field of Stars」 2023年 Photo:森川昇

竹野神社近くの宮のあしたの畑に屋外展示されている「Field of Stars」は、アメリカ出身のアーティストであるテレジータ・フェルナンデスと木工作家の中川周士、プロジェクトマネージャーの橋詰隼弥、インターンの若松晃平、テレジータの娘であるサイプレス・フェルナンデス=ダウンズらによるコラボレーション作品だ。

テレジータらが2年前にリサーチのために沖縄を訪れた際、構造物がなく祈るためにただ森だけがある御嶽(うたき)の原始の場所としての在り方にインスピレーションを受け、いつでも入ることができる常設の屋外設置作品となった。

「Field of Stars」 2023年 Photo:森川昇

中川が制作した焼きひのきでできた桶型の構造体に、テレジータのディレクションのもと穴を開けた。それによって昼は星に見立てられた穴から差し込む光を、夜は吹き抜けとなっている頭上を見上げ星空を眺めることで、古代の人と同じ風景を見ることができるというコンセプトだ。橋詰らも自ら地面に穴を掘り石を運び、汗だくになりながら石を積み下地を作ったという。「できるかぎり自分たちが手を動かしてものづくりをする」ことも、あしたの畑が大切にしていることのひとつだ。建築家の西沢立衛の設計による納屋と、陶磁器作家の新里明士と加藤貴也による「あしたの畑窯」も常設展示されている。

宮のあしたの畑
住所/京都府京丹後市丹後町宮249

京都市内でも展示を愉しめる「SEI KYOTO」

SEI KYOTO 2024年 Photo:Kim Ilda

建築家 西沢立衛が改修を手掛けた京都市内の「SEI KYOTO」では企画展「Remedy」が11月10日まで開催。古代丹後にまつわる、遺体を舟に乗せて洞窟に行き舟を墓としていたのではないかという伝承による死生観に着想を得て木工職人の中川周士が制作した総ひのきの舟作品や、写真家の野口里佳が間人で撮影した写真作品などが展示されている。

SEI KYOTO
住所/京都市内(予約受付時に住所をメールで送付)
会期/〜2024年11月10日

アートにとって大切なものはすべてここにある

杉本博司 「あしたの畑」ロゴ、2021年 Photo:森川昇

「あしたの畑を通じて出会ったすべての人と、できるかぎり親しくなりたいんですよね」。あしたの畑の創設者でありTOMORROW理事長の德田佳世は、間人スタジオの畳に座りながら笑顔でそう語った。德田はかつて直島の地中美術館と豊島美術館の立ち上げおよびキュレーションを担当していた。早朝から夜遅くまで仕事に追われ、日々の暮らしも食事も疎かになっていくなかで、「美術の仕事をしているのだから、美を感じながら暮らしたい」と感じ、豊島美術館ができてまもなく京都に移住。「若い世代に自分が経験した知財を受け継ごう」と思い立ち、アート・工芸・建築・食の観点からあらたな集落の在り方を提案するための場を探すべく各地を視察していたところ、京丹後の大成(おおなる)古墳群に出合い、「ここだ!」と直感的に思ったという。

間人の集落 Photo:森川昇

「海と空が近く、集落がある。アートにとって大切なものはすべてここにあると思いました」と、德田は間人への思いを語る。間人という土地をプロジェクトの場として選んだ理由に、歴史を古代までさかのぼることができ、さまざまな起源をたどることができるという点もあった。

「韓国のアーティストが自国の6世紀頃の話をしたときに、隣の国なのに何も知らないことを恥ずかしく思い、勉強を始めたんです。ある日釜山の古墳に行ったら日本の古墳とそっくりで驚きました。日本と朝鮮半島のそれぞれの歴史をすりあわせていくと、どのように文化が伝わってきたかをたどることができ、新たな発見もありました。間人にいると、海から見える日本の歴史と、陸から見える日本の歴史がちがうことを実感します」と德田。

「アートマップ」のメインビジュアルにもなった、ノ・サンホのドローイング。海から間人を眼差す渡来人の視点で描かれている。 Sangho Noh 「THE GREAT CHAPBOOK 3 - Taiza」2024年

「海外から見る日本と、日本から見る日本は異なりますよね。私自身もアメリカの大学の授業で人種や性別による差別構造があることを学び、その仕組みに疑問を抱きましたが、アートこそ障壁をつなぐ役割があると信じています。日々つらいニュースが多く、自分の無力を感じますが、だからこそ圧倒的に美しいものを、海を隔てた地で生まれ育ったアーティストと一緒に作りあげていくことで、偏りやネガティヴな感情を吹き飛ばすことができたら。訪れてくださるみなさんが、あしたの畑での体験を通じて何かを感じていただけたらうれしいです」と話す。

あしたの畑では鑑賞者と話すことも大切にしており、各会場には必ずスタッフがいる(屋外展示作品を除く)。作品を見て気になったこと、わからないことがあったら、ぜひスタッフに話しかけてみてほしい。きっと新たな気付きがあるはずだ。

京丹後の風景 Photo:森川昇

作品鑑賞の合間に古墳群や神社などを訪れ、間人の町を散策していると、常に海と空が目に入り、そしてとても静かだった。古代と変わらない時間が流れているような錯覚に陥り、一つひとつの作品をゆっくり鑑賞できることも相まって、まさにここでしか出会えないリトリートのような体験となった。2025年3月1日〜16日には春期公開も予定している。ぜひ実際に足を運んで、その土地の空気を感じてほしい場所だ。

あしたの畑 2024 秋期公開
会場/間人スタジオ、SEI TAIZA、間人レジデンス、宮のあしたの畑
会期/〜2024年11月17日(日) 11:00〜16:00
・定休日:火曜日、水曜日
鑑賞料/1,500円(全会場共通)
https://tomorrow-jp.org/program/2024fall/

Text: Sayaka Sameshima Editor: Nanami Kobayashi

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