夏の夜に開く白い花。月下香の名も持つチュベローズ(学名はPolianthes tuberosa L.)は、ヒガンバナ科の多年草。原産地については諸説あるが、メキシコやペルシャなどが有力だろう。月下香という和名は、月の照る夜に咲いた香りが最強とのことから付けられたと伝えられている。香りは、重さがあって華やか。それでいて、強い拡がりのある甘さを有する。夕方から香りがどんどん強くなってくるのも、チュベローズの持つ魅力的な個性だ。
アルコールを用いた香水の製法が広まり始めた、1370年頃。ハンガリーのエリザベート女王によって初めてチュベローズの香水が調合された歴史がある。グラースは香料の街として栄え、プロバンス地方はハーブが豊かだった。そのハーブはインドやペルシャ、イベリア半島などからレモン、カーネーション、チュベローズ、ジャスミンなどによって始まり、育ったと言われる。
また、ヘンリー8世統治下の16世紀のイギリスでは、この香りによって男性を操ることを禁ずる法律があった、と伝えられる。もはや媚薬と表現するのが正しいかも知れない。危険な快楽、官能的、冒険が花言葉のチュベローズの花の香りの魅力は、蕩けるような甘さとセンシュアル。
夜の闇に浮き上がるかのような白く可憐な花は、花々の持つ華やさや甘みを存分に感じさせるもの、あるいはオリエンタルや夜といった場所や時間などによって表情を変え、美しさを際立たせる。チュベローズの触れると壊れてしまいそうなほどの繊細な個性や、麗しい光に高揚感が満たされる。
神秘的にすら感じる10種の香りは、それぞれにシックでモダン。鮮明な色を夜空に見つけるかのように。
朗らかに愛を語らう、チュベローズの甘いささやき
名調香師でブランドのオルファクティブディレクターのジャン=クロード・エレナが創出する、タイムレスなグルマン フローラル。魅惑的なハーモニーを奏でるのは、ピュアで可憐な印象をも落とすチュベローズと神秘的で奥深いサンダルウッド。エレナは言う「チュベローズの花は、毎日同じ時間に甘くフルーティな香りを放つ。その後さまざまに変貌し、徐々にバニラとヘリオトロープの香りが表れ、深夜に向かうにつれ香りはゆっくりと弱まっていく」と。
旅の最中に火を囲んで家族や仲間たちと分かち合う時の感情や、人生経験をもとにクリーション。その香りで目指すのは、一瞬が永遠となる人生の特別な時期の表現。チュベローズのエッセンスと落としながら、調和と優雅さをシンポライズした香りは活発で創造的。そして平和と美を追い求めた。レモンやベルガモットでエッジを効かせた官能的な香りで、甘い生活=ドルチェ・ヴィータを象る。
輝きとフェミニニティの溢れるフローラル
エキゾティックで豊かなジャスミン、輝きに満ちたフルーティなイランイラン、フレッシュに弾けるオレンジ ブロッサム、そしてフェミニンさを宿すグラース産のチュベローズ。芳醇な4種の花々を軸に、専属調香師のオリヴィエ ポルジュが美しく描いたフルーティ フローラル。チュベローズの豊かさを引き出したグリーンでボタニカルなアコードに、輝きにも似た明るさを見る。
1950年代以降、途絶えていたグラースのチュベローズ栽培の復活に支援している、ディオール。その特別な思いのあるチュベローズを加えたコンポジションがロマンティックに芳香する。白い花を讃える、インテンス フローラル。ディオールのパフューマー クリエイターであるフランソワ・ドゥマシーによる香りは、強さや自由、センシュアルな女性らしさを映し出す。
デリケートでチャーミングな印象を生む、オレンジブロッサムとのコンビネーション
月光の引力に着想を得て生まれた濃密な香りが、創造力を刺激。オレンジブロッサム アブソリュートの華々しい序章に、ジャスミンのつぼみのエッセンスとチュベローズが混ざり合う。花のブーケを抱えた時の豊かささに甘美さを添える。狂おしいほどに甘酸っぱく、それでいて爽やかに広がる香りで、真の自分らしさを目覚めさせて。
セルジュ・ルタンスが1968年のマラケシュで見た「手にした棒でオレンジの木を叩き、広げた白い布の上に落ちる純白の花を集めていた女性たち」。忘れることのできないその記憶をオレンジの花、ホワイトジャスミン、チュベローズ、ホワイトローズなどから成るコンポジットで蘇る。魂を揺さぶられるような香りは、白くみずみずしい花をビターオレンジの木に咲かせるかのよう。
スパイシーさがチュベローズのエキゾチックさを引き出す、オリエンタルの美
日本の緑茶の中で最も貴重な玉露が主旋律。鮮明な色が特徴の茶葉は、煎じることで淡い緑色を浮かび上がらせ、透明感のある軽やかさを付す。フルーティーさを効かせた甘やかな花をベースにした光り輝くトップは、リズミカルに香るブラックペッパーを忍ばせた。グリーンティー、ロータスフラワー、ピーチ、チュベローズエキスが混ざり合い、東洋の香りの旅を約束。
東洋の庭園や、シルクのクッションに横たわるオダリスクのシーンを想起する、官能的なフローラル オリエンタル。温もりを与えながら、イランイランやジャスミンなどの爽快感がほとばしる。濃厚な甘みを包み込んだグローブチュベローズの魅惑的な香りが力強く鳴り響く。異国情緒のミドルに、シダーウッドなどが清々しい印象を際立たせて。
むせぶほどまでに芳しい風が吹き抜ける、夏の夜
チュベローズの花々が咲き乱れる、真夜中の庭園がインスピレーション源。エレガントで上品に咲き乱れるその花の香りに、緑豊かなアンジェリカの花と温もりのあるアンバーをプラスした。その複雑で魅惑的な香りが心地よく響く一滴は、センシュアルで情欲を刺激。ベースのアンバーウッドが柔らかくて深い香りで包み込む。
暗い夜を明るく照らす、チュベローズの白い花。その夜行性の花は、艶めかしくも妖艶。感性を揺さぶる甘やかさでまろやかに響かせる、歓喜の調べ。スモーキーなウードとエキゾチックなサンダルウッドのユニークな個性を重んじながら多彩に色づける。その華やかさを内包した官能性で仕立てた香りは、星の地図を指し示す、妖美なコンパスとなる。
Text: Akira Watanabe Editor: Rieko Kosai