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シンプルの極致へと誘う、ヴァレンティノの複雑なパラドックス【23-24年秋冬クチュール速報】

7月5日(現地時間)、パリ郊外にあるシャンティイ城で開かれたヴァレンティノVALENTINOの2023-24年秋冬オートクチュールショー。ピエールパオロ・ピッチョーリは、精妙巧緻なクラフツマンシップによって究極のシンプルを追い求めた。
Photo: Courtesy of Valentino

ヴァレンティノVALENTINOの2023-24年秋冬オートクチュールショーの舞台となったのは、パリ郊外にあるシャンティイ城。「Un Château(城)」と名付けられたこのコレクションは、“シンプル”と“パラドックス”という2つのコンセプトから構成されている。ショーの前、ピエールパオロ・ピッチョーリは「シンプルさは、その底に複雑さを秘める」と語ったが、これは20世紀を代表する彫刻家のコンスタンティン・ブランクーシが遺した言葉だった。

「Liberté, Egalité, Fraternité(自由、平等、友愛)」

Photo: Courtesy of Valentino

雄大な城をロケーションに選んだことについて、「地位と権力の象徴であり、疑問視されるべき歴史的な場所でオートクチュールのデフィレを開くというのは、どこか矛盾を感じさせるものです」と述べていたピッチョーリ。しかし彼は、その屋外で披露することによって、城壁の中にある特権や束縛、エリート主義を解き放つというメタファーを視覚化したのだ。それはまさに、「Liberté, Egalité, Fraternité(自由、平等、友愛)」というフランスが掲げるモットーを表していた。

壮麗な17世紀の邸宅を背景に、モデルたちは円形の噴水池の周りをしなやかに歩く。夕日がランウェイを優しく照らし、心地よいそよ風が吹く中、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの叙情的な歌声が響き渡った。

Photo: Courtesy of Valentino
Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールが抱えるパラドックスのひとつは、それが単なる複雑性と同義語であると誤解されていることだ。事実、そういった精微な技術が求められるアトリエで仕事をしているピッチョーリだが、それでも彼が信じているのは、その真髄は至ってシンプルなものであるということ。

Photo: Courtesy of Valentino

そして彼は今季、観客を喜ばせるためだけの派手な演出や余計なギミックなど、一切の無駄を排除したコレクションを披露することで、その姿勢を証明してみせた。しかしそれは、「“シンプル”を表現するために必要な努力を隠すことが重要なのです」と語った彼の言葉通り、妙を得た職人でなければ極められないものだ。

ドレープに息づく、ヴァレンティノの美学

Photo: Courtesy of Valentino

オートクチュールにおいて最も複雑な構造のひとつであるドレープは、その動きを決定づける縦長のピュアなシルエットに現代性を与えると同時に、ヴァレンティノの美学に内在する洗練されたインパクトをもたらした。コラムドレスとチュニックは、シンプルなバイアスカットとソフトドレープのテクニックによってボディラインを美しく引き立て、カットアウトのディテールは素肌をエレガントにのぞかせる。

Photo: Courtesy of Valentino
Photo: Courtesy of Valentino

ピッチョーリが目指したのは、重力をほとんど感じさせない仕上がりだったそうで、羽のように軽やかなカシミアで仕立てられた白のドレスが例のひとつだ。彼はこれを「ただの長方形のTシャツ」と呼んだが、そこにはカッティング技術の高さが際立っていた。また、柔らかなベルベットのチュニックには、彼曰く「ドレスの自然な動きを静止画のように見せる」ため、息を呑むほどに美しいドレープが施されていた。

不可能を可能にするのがクチュリエ

Photo: Courtesy of Valentino

コレクション全体を通して巧妙な仕掛けが随所に施されていたが、中でも印象的だったのはカイア・ガーバーのオープニングルック。クラシックなヴィンテージリーバイス(LEVI’S®)を再現したスラウチーなジーンズは、実はシルクガザール製だ。80色のインディゴブルーからなる小さなビーズを刺繍することによって、本物のデニムのような質感を見事なまでに表現した。

Photo: Courtesy of Valentino

胸もとが開いたオーバーサイズの白シャツにゴールドのフラットサンダル、そして大ぶりの煌めくシャンデリアピアスを合わせたこのルックは、ピッチョーリの言うところの 「だまし絵のパラドックス」の完璧な見本だった。

Photo: Courtesy of Valentino

この緻密なアプローチは、約150メートルものオーガンザで作られたフェザーラッフルのガウンにも同様に反映されていた。この一着は、軽やかさと繊細な動きをさらに強調するために、羽毛の一枚一枚を火にかけるという気が遠くなるほどの作業を経ているという。こういった不可能だと思えるような工夫も、ヴァレンティノのアトリエにかかれば可能になる。「私たち、おかしいですよね」とピッチョーリは笑ったが、それは半分冗談で、半分本気のように聞こえた。