LIFESTYLE / CULTURE & LIFE

坂元裕二が映画『片思い世界』で描いた3人像──「片思いは無性の愛に近く、見返りを求めなくていい」

東京の片隅で暮らす3人の眩しく輝く日々を映す、映画『片思い世界』が4月4日に公開される。広瀬すず、杉咲花、清原果耶のトリプル主演が注目を呼ぶなか、脚本の坂元裕二は「3人のシーンを想像したら、そのイメージが頭から離れなくなった」と振り返る。『花束みたいな恋をした』の土井裕泰監督との再タッグで届ける本作で、坂元が語る「片思い」とは。

Photo: Akihito Igarashi

──本作は、坂元さんが脚本を務めた映画『花束みたいな恋をした』と同じ、土井裕泰監督さんとの再タッグです。どういう経緯で再び映画をつくることになったのでしょうか。また、当時の大ヒットをどう受け止めていましたか。

テレビドラマでは視聴者に受け入れられなくて、みんな暗い顔してましたから(笑)、『花束みたいな恋をした』の成功もまったく想像していませんでした。映画は劇場で観客の顔が見えるので、素直にうれしかったし、僕らも笑顔で終えられました。それから自分のなかの方向性にも変化がみえ、こんなに観てもらえるなら映画をつくろうかなと思うようになりました。

今回はその流れを踏まえたものです。発端は、まずキャストが頭に浮かんだこと。広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さんの3人が出演する映画をつくりたいと思って、プロデューサーに「また土井さんと一緒に作りたいです」と話を持ちかけました。

Photo: Courtesy of『片思い世界』

──広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さんのトリプル主演のインパクトは相当あると思います。3人を選ばれた理由をもう少し詳しくお聞きしたいです。

広瀬さんは以前、ドラマ「anone」でお仕事をしたことがあります。何度でもお仕事をしたいなと思っている方で、今回改めてお願いする機会を得ました。杉咲さんと清原さんも同様に、ずっと気になる存在でした。清原さんは『花束みたいな恋をした』にもご出演していただいていますし。3人とも年齢は少しずつ違いますが、私から見たら同年代。3人が同じ画面のなかにいることを想像したら、そのイメージが頭から離れなくなってしまいました。

──3人とも朝ドラヒロイン経験者。豪華すぎる共演に驚きました。

有名な方はみんな朝ドラに出られているとは思いますし、そこの意識はまったくなかったのですが、もちろん3人ともスター俳優だと認識しています。だからこそ、脚本を書く際はプロデューサー的な目線で、広瀬すず、杉咲花、清原果耶という3人が揃うことの意味を、利点も難点も含めて検討しました。この3人が並ぶということは、ただ役を提供すればいいわけではないので、彼女たちが共演する物語とは一体なんなのかを考えましたね。

Photo: Courtesy of『片思い世界』

──キャスティングありきとのことですが、テレビドラマの脚本を書く時と同じように、綿密なキャラクター設定をしたのでしょうか。

普段連続ドラマを作るときは登場人物の履歴書をつくり、キャラクター重視で描いています。一方で、今回はキャラクター性に重きを置いたものは書かないと決めていました。3人とも、わりとフラットに描いています。個性が際立ちすぎないように注意を払ったというか、1人の人物のなかにあっても不思議ではない人格が3つあるイメージです。話のテーマ的にも、特定の人物ではなく、誰もが自分の話であってもおかしくないと思えることが重要だと思ったので、この登場人物たち特有の物語として限定されないように気をつけました。

──汎用性のある「片思い」という言葉を使ったタイトルも秀逸だと思いました。

タイトルが浮かぶのはいつも遅いほうなのですが、今回は物語ができたのと同時に浮かびました。映画を観終われば、とても素直なタイトルだと思ってもらえると思います。

Photo: Courtesy of『片思い世界』

──本作には、「思いが届く/届かない」ということへの葛藤も表現されています。坂元さんご自身は一方的に相手を思う気持ちをどう捉えていますか。

結局、人が人を思うのに、両思いも片思いもないと思うんですよね。人を思うことそのものが大事なことだし、ずっと残るものだと思うから。恋が成就したとしても、喧嘩別れをしてしまうこともある。でも、はじめにその人を思った瞬間があれば、それで十分なんだと思います。そのときの熱量が大事なのであって、双方向にならないと増減するというのはなんだか違う。そもそも世の中の多くは片思いでできている部分がありますよね。過去に付き合っていた人よりも、片思いをしていたことの方が美しい思い出として残ることもあります。片思いがネガティブな感情だとはまったく思わないですね。

「推し文化」的なものも、片思いの方が幸せだと認識されている側面があるのかもしれません。対象にお金を投資したり、動画を観て時間を費やすことは、今はネガティブな行為ではなくなりましたよね。自分の生きる力にしている人も多いですし、恋愛と比べてどうこうってものではないと思います。推し文化を現実の片思いと一緒にしていいのかどうかはわからないけれど、「なんかあの人好きだな」と思う気持ちを持ち続けたまま、特に告白はしないとか、別に交際は望まないってスタイルだって、当たり前になるんじゃないでしょうか。僕は好きな言葉ですね、片思い。対象が輝いて見えて、そこに無性の愛を感じたり、見返りを求めなくていいと思う姿って、生き方として選択肢のひとつですよね。

Photo: Courtesy of『片思い世界』

──オリジナル劇中歌「声は風」も印象的で、ラストに希望を感じました。特に若い方に向けてのエール、メッセージを感じます。

作詞は自分でしました。物語とのリンクも大切ですが、どこにでもあるような合唱曲として存在してほしいという思いがあり、なるべく簡単な言葉で子どもたちが希望を歌う、そんな合唱曲を目指しました。

自分自身、社会人になる前はまだ世界を捉え切れてない、曖昧な時期がありました。世に出る不安や、他人への恐怖、自分の居場所のことで悩んでたこともあります。社会とうまく接続したいという思いは、若いときに誰しもが抱くものではないでしょうか。この映画でも、3人の主人公たちは同様の悩みを抱えています。それがこの子たちの、世界に対する「片思い」の根源になっているし、思春期や青春を描いた映画になったと思います。

──坂元さんご自身はどうやって社会とうまく接続できるようになりましたか。

それはもう、血を流しながらですよ(笑)。でも自分自身を思うと、大人にはなったものの、社会に仲間入りできた意識を持てたのは、本当に30代半ば、もしかしたら40歳近かったのかもしれない。それまでは社会に出ること対しても違和感みたいなものがありました。まぁ違和感は一生なくならないかもしれないですが。ひとりの大人として世の中で自分が何をすればいいのかが、あまりよくわからなかったんですよね。

Photo: Courtesy of『片思い世界』

──若いうちは特にそうですよね。

自分は何をしたらいいんだろう、 何になればいいんだろう、どこに居場所を見つければいいのだろう……。そういった悩みに対して「そのままでいいんだよ」と成長や変化を求めないメッセージが、現代では推奨されているように思います。それも生きるための対処法としていいと思います。でもね、いつか来るんじゃないかと思うんです、今が成長するときだって思う日が。自分のためなのか、誰かのためなのか。そのときにね、どこか自分を疑ったり、今のやり方でよかったのかな、どう変えていけばいいのかなって思って決意するんでしょうね。試行錯誤や工夫をすることで、人は成長するものでしょ。全員に届く処方箋はないと思うけども、映画の主人公たちが世界に対してもがく姿や何かを届けたいと思う姿を通して、人生に悩んでる人の励みになるといいなと思います。

──この物語は坂元さんにとってハッピーエンドということでいいんですよね。

人の人生をハッピーとかアンハッピーとか決める必要もないと思うけど、主人公たち3人は今も喧嘩したり仲直りしたりしながら、きっと楽しく暮らしているでしょうね。ハッピーエンドです。

Photo: Akihito Igarashi

──直近で公開された、坂元さん脚本の映画『ファーストキス 1ST KISS』と見比べる方もいると思います。共通して考えていたことなどはありますか?

並べたら近いものはあると思います。自分は日々の暮らしみたいなものを描くのがベースで、「生きる」とかそういう大上段に構えたことではなく、基本はそばにいる人との対話とか、食事をするとか、日常に価値を置いて描いているので、時の流れや死生観含めて、多分今まで書いたものはどれも近いんじゃないでしょうか。どこか動物的なんだと思います。

──最後に、最近の関心事を伺いたいです。

まだまだずっとスイカゲームをプレイしています(笑)。もう1年半やってるのに、まだダブルスイカというのを成功したことがないんです。とっくにブームは終わっているかもしれませんが、やめられません。現在も毎晩配信をしている方っているんですよ。僕もそれを観ているので、その配信者にいつ恋人ができて、恋人とどこに旅行に行ったとか、何食べたとか、そういうことも全部知ってしまっています(笑)。夜は配信をつけっぱなしにしているので、配信者の存在をいつも横に感じながら仕事をしています。