「出合った人々すべての匂いが私の心に刻まれています」と話すソニア。家族の思い出と香りとの関係も密接だ。「祖母の家はアップルパイ、そして木とワックスの混ざった匂い。電動芝刈り機を使うときのグリーンの匂いや、ディオールの『オー ソバージュ』は父を思い出させます。母の香りと言えばヴァンクリーフ&アーペルの香水、それから濃縮牛乳の匂いやヘアスプレーの香り」。香りとは、彼女にとってその人自身の延長線上であり、目に見えない魔法のような存在なのだそう。だからこそ洗練された美しい香水を創ることを、彼女は人生をかけた仕事として、とても大切にしているのだ。
インド人の母とカナダ人の父をもち、スウェーデンに生まれたベン。アートを学んでから香水の世界に入ったユニークなキャリアの背景には、香りの記憶があるよう。「はっきり覚えているのは、私が若い頃に亡くなった父の香り。コロンにレザーの手袋やタバコが混ざっていたのを鮮明に覚えています」。感情を呼び覚ましてくれる香りはベンにとって「すべてであり、人々や場所を知覚する大切なパート」だそう。「目に見えないものなので忘れられがちですが、ファッション界でも感情や美しいストーリーを伝えられる手段として注目されています」
香りはジュリアンにとって、アートを表現する言葉であり、世界を豊かにしてくれる存在だ。魂と心を拡げてくれる香りの探求がクリエイションの原点であり、幼少期から香りにまつわる記憶を多く持っているのだそう。「子どもは香りについてとても好奇心が旺盛。香りを通して世界を探検し、関わり合い、その思い出は忘れられないものとなり成長していくのです。キッチンに漂うパルミジャーノやナツメグ、バタータリアテッレの香りは母の記憶を呼び起こします。書斎のヴィンテージ本は触れてはいけなかったため、本の香りは今でも“禁じられた香り”ですね。香りの記憶がなければ、私は何も覚えていなかったでしょう!」
香りにまつわる思い出の多くは幸せな記憶ばかりと話す、クリスティーヌ。「今でも一番興味深く感じているのは、祖母のハンドバッグを開けるたびに漂っていた粉っぽく甘い香り。エルメスに入社したとき、伝説の香水『オー ドゥ エルメス』が女性のハンドバッグの香りからひらめきを得たと知って驚きましたね」。香りは幸せな記憶と結びつき、情緒や記憶、希望と共鳴する──そんな確信から、彼女は香水のクリエイションに情熱を傾け続ける。「香りは尽きることのない物語の源。一つひとつの香りが、新しい創造の世界への扉を開けてくれるのです」
香りはほかと比べ物にならないほど、感覚やエモーションを与えられるという点で魅力的で特別だ、とフランシスは話す。「目に見えないという点では音楽と同様かもしれませんが、与える影響はそれ以上です」。また、フレグランスとの出合いは、まるで恋愛のようだとも語っている。「ひと目惚れもあれば生涯をともにする愛もあります。ひとつの香りに縛られる考え方は古く、香りは個性をより自由に表現できるものだと考えています。ですから、ファッションを着替えるように香りを選べる『香りのワードローブコレクション』を作りました。一日の中でそのとき自分が纏いたい香りを気軽につけることができるという、ユニークなコンセプトです」
母も著名な調香師という特殊な環境で育ち、幼い頃から香水をつけていたというフレデリック。「自分のパーソナリティーと一貫したパルファムを纏うことが大切です。嗅いでみて心地よいと感じるかどうかで選べば、自分にふさわしい香りと出合えます」。香水を選ぶその一瞬が、その人の人生を変えるかもしれないという思いで香りをクリエイトしている。「私たちは1年ほどかけて、嗅いだ瞬間に唯一無二であると思える香りを作ります」。また、香りはとても“中毒性”のあるもので記憶と密接だとも話す。「母に始まり、のちに女性が纏う香りを意識するようになるのですが、私は今まで恋に落ちた女性の一人ひとりを、パルファムの香りで覚えています」
Text: Satoko Takamizawa Editors: Kyoko Muramatsu, Rieko Kosai
※一部、『VOGUE JAPAN』2月号の「第一印象を操る香りの力」より抜粋。