BEAUTY / WELLNESS

今、不安に駆られている人に伝えたい「ネガティブ・ケイパビリティ」というスキル【ヴォーグなお悩み外来】

誰もが抱えるものから人には聞けないものまで、あらゆるヘルス&ビューティーの悩みにその道のエキスパートが回答するこちらのシリーズ。今回は、どうにもならない状況でも急いで答えを出さず、じっくりと自分なりの答えが現れるのを待つ力“ネガティブ・ケイパビリティ”に注目。生成AIの登場により即座に答えが得られる世の中になった今、この力がますます重視されている。

“ネガティブ・ケイパビリティ”。どうにもならない状況の救いとなる

Photo:Getty Images

Tara Moore

まず、ネガティブ・ケイパビリティとは何なのか? この概念を作ったのは、イギリスの詩人ジョン・キーツ。「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を指し、弟に宛てた手紙の中で1度だけ使ったとされている。恵まれているとは言えない家庭環境で育ち、体が弱く、25歳でこの世を去ったキーツ。どうにも答えの出ない事態に向き合い続けた彼が、救いとした概念なのかもしれない。

そして、キーツの死後から約160年後。第二次世界大戦に従事したイギリス人精神科医のウィルフレッド・ビオンが、心理臨床の場でこの概念を重視し広めたとされる。ビオンは、患者と接するときに、ネガティブ・ケイパビリティが大切な素養であると捉えた。

「私はネガティブ・ケイパビリティを『どうにもならない状況でも、急いで答えを出さず自分なりの答えが現れてくるのを待つ力』と説明することが多いですね」と、ネガティブ・ケイパビリティを取り入れながら心理カウンセリングなどを行う松山淳さんは話す。

評価されがちなのは、すぐに答えを見つけられる“ポジティブ・ケイパビリティ”

Photo:Getty Images

逆の概念のポジティブ・ケイパビリティについても知ると、もっとネガティブ・ケイパビリティをイメージしやすいかもしれない。ポジティブ・ケイパビリティとは、「できるだけ早く答えを出して、不確かさや不思議さ、懐疑の中から脱出する力」、「問題に対してすぐに答えを出し『わからない』を『わかる』に置き換えていく能力」​​のことを指す。

物ごとには答えがあり、それがスピーディに分かるのができる人であり優れた人である……。会社でも日常生活でも、私たちはポジティブ・ケイパビリティの方を評価しがちだ。

「例えば、多くのビジネスパーソンが重視するロジカル・シンキングのフレームワークは、『わかる』ための効率的な思考ツール。会社では『わかる人は=できる人=優れた人』とみなされる傾向が強いことは、ひとつのあらわれです」

しかし、ポジティブ・ケイパビリティばかり重視するのは要注意、と松山さんは主張する。

「世の中、1+1=2のように単純に理解できることばかりではありません。人間関係は特にそうです。人の心は複雑で奥深いものであり、上司が部下を、親が子を『わかっている』と考えていても、その『わかっている』ことは全体の一部にしか過ぎません。ポジティブ・ケイパビリティを重視して、わかったつもりになるのは危険。さらなる探求の機会を奪ってしまいます。答えや解決策を急がず、相手に歩調を合わせながら、ただゆっくり時間を過ごすというネガティブ・ケイパビリティの姿勢が大切なのです」

白と黒だけではない。グレーゾーンを受け入れ、寛容な社会を作る

Photo:Getty Images

生成AIの登場などにより、ポジティブ・ケイパビリティは今後ますます加速していくだろう。便利で合理的な側面がある一方で、懸念もあると松山さんは語る。

「答えを急ぐあまり、すべてをゼロかイチか、善か悪かといった極端な二元論で捉える傾向が強まるのではないかと思います。こうした白黒思考に陥ると、物事を極端に考える認知の歪みが生じやすくなります。“あの人は悪い人、私は正しい”といった単純な決めつけをしてしまいがちです。その結果、自分とは異なる考えを持つ人を誹謗中傷したり、許せずに罰を与えようとするなど、不寛容な社会へと向かってしまう。実際、すでにその兆候が見られると感じています」

そしてだからこそ、これからの時代はより一層、ネガティブ・ケイパビリティが求められると松山さんは続ける。

「前述の通り、ネガティブ・ケイパビリティとは、『急いで答えを出さず自分なりの答えが現れてくるのを待つ力』です。この力を養うことで、物事を白黒はっきりさせるのではなく、グレーゾーンを受け入れることができるようになります。それはすなわち、受容する力であり、寛容さにもつながるのではないでしょうか。

今の社会には、“間違えればすぐに非難され、罰せられる”という空気が広がり、それが人々の不安感を強めています。こうした状況の中で、私たちがいかに寛容な社会へとシフトしていけるかが、重要な課題。ネガティブ・ケイパビリティを身につけることは、個人の成長にとどまらず、社会全体の寛容さを育むことにもつながるのです」

AIに加えてSI(Slow Intelligence:スローな知能)にも注目して

Photo:Getty Images

AI(Artificial Intelligence:人工知能)が注目される一方で、近年はSI(Slow Intelligence:スローな知能)にも関心が集まっているそうだ。

「SIとは、人が心と身体を動かし、ゆったりとした時間の流れの中で育まれる知性のこと。ヨガやマインドフルネス瞑想、写経、読書、ジャーナリング、散歩などを通じて生まれるものです。こうした知性を育むことこそ、人間だからこそできることであり、AIにはない大きな強みといえます」

さらに、人間にあってAIにないものとして、「無意識」の存在が挙げられるそうだ。「無意識は、人知を超えた創造性の源とされています。そして、この無意識はセレンディピティにも深く結びついています。セレンディピティとは、幸運に巡り合う力のこと。無意識の中で蓄積された経験や感覚が結びつくことで、予測できない新しいつながりやアイデアが生まれ、幸運を引き寄せるのです」

では、無意識を味方につけるにはどうすればいいのか? その鍵となるのも、ネガティブ・ケイパビリティだ。

「ネガティブ・ケイパビリティがあると、すぐに答えを求めず、不確実さや曖昧さの中にとどまることができます。これにより、意識的な思考の枠を超え、無意識が働く余地が生まれるのです。たとえば、悩みながらもあえて結論を急がず、散歩をしたり、別のことに没頭したりすることで、ふとした瞬間に思いがけない答えが見つかること、ありますよね? つまり、ネガティブ・ケイパビリティを持つことで、無意識が活性化し、結果としてセレンディピティの機会も増えていくのです」

社会がますますスピードを増す中で、あえて「ゆっくりと考える時間」を持ち、無意識の力を味方につける。これこそが人間にしかできない貴重な営みであり、これからの社会においてますます必要とされるものだ。

話を聞いたのは……
松山淳
アースシップ・コンサルティング代表、早稲田大学LRC(Life Redesign College)講師、研修講師 ・心理カウンセラー。2010年より、心理学者ユングの性格類型論をベースに開発された「性格検査MBTI®」を活用し、個人セッションや社員研修を行う。経営者、起業家、中間管理職などリーダー層を対象にした個別相談、社員研修、講演、執筆など幅広く活動。

Editors:Kyoko Takahashi, Kyoko Muramatsu