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『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』が示すヒーローへのトリビュート、そして多様性と調和

2020年8月、ブラックパンサー/ティ・チャラを演じたチャドウィック・ボーズマンが43歳の若さでこの世を去り、衝撃と悲しみが広がった。マーベル・スタジオとライアン・クーグラー監督は代役を立てず、予定通りの続編製作を決意。誰からも慕われたブラックパンサーを失ったワカンダの人々の喪失と再起の物語が誕生した。ヒーロー映画に人と文化の多様性をもたらす、深く壮大な感動作の背景に迫る。

世界的な大ヒットを記録し、アカデミー賞3冠を果たすなど社会現象となった前作から4年、続編となる『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』がついに完成した。本作で中心となるのはティ・チャラの妹シュリ、国王親衛隊を率いる戦士オコエ、元恋人ナキア、兄妹の母であるラモンダ女王。喪失と向き合う彼女たちの前に突如現れた謎の海底国との凄まじい戦いが描かれる。

ティ・チャラ=チャドウィック・ボーズマンへのトリビュート

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』 全国公開中

©Marvel Studios 2022

『ブラックパンサー』(2018)の大成功を受けて、ライアン・クーグラーが第2作の脚本執筆を進めていた矢先の2020年8月、チャドウィック・ボーズマンが43歳の若さで亡くなった。監督が構想した当初のプロットは、ティ・チャラのリーダーとしての進化にフォーカスした内容だったという。「ティ・チャラの視点に根ざしたもので、重厚であり、彼の心理や境遇を深く掘り下げていました」

マーベルと話し合い、ボーズマンの代役を立てないことが決定すると、クーグラーと共同脚本のジョー・ロバート・コールは、国王ティ・チャラの死によってブラックパンサー不在となったワカンダに遺された人々と新たな脅威との戦いの物語を書き上げた。葬儀のシーンをはじめ、全編に亡き王の面影は色濃く漂い、登場人物たちも観客も作品を通してティ・チャラ=チャドウィック・ボーズマンを悼むようになっている。

レティーシャ・ライト演じるシュリ

©Marvel Studios 2022

EBONY』誌ではルピタ・ニョンゴが、撮影に入る前にキャストたちでチャドウィックの墓参りをしたと振り返っている。「彼に会ったことのない新しいキャストも一緒でした。それがこの旅を続けるための、私たちのやり方でした」

撮影現場では、ラインプロデューサーがコールシート(撮影スケジュール表)のキャストに番号を振り分ける際に「No.1」を欠番にすることを提案した。「私たち皆が、彼に敬意を表すそれぞれの方法を見つけました」とルピタは語る。

Photo: Steve Granitz/WireImage
Photo: Axelle/Bauer-Griffin/FilmMagic

10月にロサンゼルスで開催されたワールド・プレミアでは、クーグラー監督はワカンダで喪を表す白色の服を着て、チャドウィックの写真入りのネックレスをつけた。それは彼が撮影時にも毎日つけていたものだという。またレティーシャ・ライトが着たブラックスーツは、チャドウィックがオスカー授賞式で着用したものにそっくりのデザインだった。

ワカンダを脅かす新キャラクターの登場

テノッチ・ウエルタ演じるネイモア

©Marvel Studios 2022

ワカンダでしか産出されないはずのヴィブラニウムの鎧を身につけ、海の帝国タロカンを率いる謎の王がネイモアだ。超文明国ワカンダを凌駕する攻撃力でティ・チャラ不在の国を揺さぶるネイモアは、海中を猛スピードで移動するばかりか、足首についた羽根で宙を駆け回ることもできる。クーグラー監督によれば、MCU(マーベル・シネマティックス・ユニバース)の「ソーやハルクに匹敵する」強さを持っているという。

ネイモアを演じるのはメキシコの俳優で、『闇の列車、光の旅』(2009)やNetflixの「ナルコス:メキシコ編」(2018)などに出演してきたテノッチ・ウエルタだ。実は泳げなかったのだが、事前にクーグラー監督やプロデューサーのネイト・ムーアらに水泳のスキルについて聞かれるたびに「溺れたことはない」の一点張りで突破したそう。出演決定後はスイミングスクールで子どもたちに混じって基礎から習得した。

本作におけるネイモアとタロカンの描写を通して、ラテンアメリカの人々が自らのアイデンティティを祝福することを願っているというテノッチ。王の賢さとカリスマ性、強さ、そして深い悲しみを表現した彼について、ムーアは「テノッチの演技は素晴らしい。彼は魅力的でスマートだ」と絶賛している。

テノッチ・ウエルタ

Photo: Future Publishing/Getty Images

ドミニク・ソーン

Photo: Jesse Grant/Getty Images

2023年にDisney+で配信予定のミニシリーズ『アイアンハート』に先駆けて、本作にリリ・ウィリアムズ/アイアンハートも登場する。リリはMIT(マサチューセッツ工科大学)に在籍する19歳の天才発明家で、その才能でワカンダに貢献する。演じるドミニク・ソーンは、以前の出演作は『ビール・ストリートの恋人たち』(2018)、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』(2021)の2本のみだが、実は1作目でシュリ役のオーディションを受けていたという。

リリ/アイアンハート役については、オーディションなしでマーベルから直接指名を受けた。デラウェアの自宅に電話がかかってきて『アイアンハート』の主役を演じないかと持ちかけられたという。「脚本の抜粋を送る」とか、オーディション用の映像を持ってくるように言われるかと思っていたら、「『やってみたいですか?』と言われた。オーディションが全くなかったなんて、今までで一番ユニークな体験でした」

危険と隣り合わせの過酷な撮影

©Marvel Studios 2022

今回は陸だけではなく、海や空にも舞台が広がり、スケールアップしたアクションシーンが展開される。それだけに、細心の注意を払う撮影現場で思わぬ事態も発生した。2021年8月にはボストンでバイクに乗ったシーンの撮影中にレティーシャが負傷し、数カ月間休養を余儀なくされた。撮影機材が中央分離帯に接触した衝撃でバイクが転倒し、肩を骨折するなどの重傷を負った彼女はロンドンに戻って治療にあたったが、回復に時間を要して撮影は一時中断。年が明けてから復帰したが、脳しんとうの症状が残り、苦しみながらの撮影だった。レティーシャは「今もセラピーを受けています。本当にトラウマ体験でした」と『ヴァラエティ』のインタビューで語っている。

海の帝国タロカンがフィーチャーされる本作では水中シーンも多い。ネイモア役のテノッチをはじめ、タロカンの戦士を演じるキャストはもちろん、レティーシャやラモンダ役のアンジェラ・バセットらも水泳を習い、世界的なフリーダイビングのインストラクターの指導を受けたという。撮影時はモニター越しではなく俳優の近くで演技を見るのが常のクーグラー監督もキャストたちと水中の訓練に参加した。「カメラと俳優たちが水中にいるなら、僕もそこにいかなければならない」とクーグラーは言う。

ルピタ・ニョンゴ演じるナキア

©Marvel Studios 2022

実はアンジェラ・バセットやルピタ・ニョンゴも、撮影前は辛うじて泳げる程度だったが、水中で複雑な演技もこなせるようになった。中でもルピタは制作側のリクエストではなく、自主的に訓練を行って水中で長時間息を止める技術を体得した。

オスカー受賞の前作スタッフによる貢献

©Marvel Studios 2022

『ブラックパンサー』でオスカーを獲得したスタッフたちも最集結している。美術のハンナ・ビークラーは前作で確立したワカンダの文化にさらに磨きをかけ、今回は海の帝国タロカンの世界も新たに手がけた。制作は2020年に始まった新型コロナウイルスのパンデミックによる隔離期間と重なり、困難を極めたが、民族の伝統への敬意とオリジナリティあふれるデザインは、意匠についてはメソアメリカ文明、マヤやアステカの文化、雨と雷の神であるトラロックなどをインスピレーションにした。さらに、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』(1975)や『未知との遭遇』(1977)におけるジャック・カービーが手がけた美術にも影響を受け、タロカンで玉座のある部屋に飾られた牙はメガロドン巨大サメのものだという。

衣装のルース・E・カーターは、ティ・チャラ亡き後の新たなブラックパンサーのスーツをデザインした。着想を得たのはバレリーナだという。小柄だが筋肉質で、エレガントで跳躍力のある強靭な肉体は「戦闘態勢に入っている。あの筋肉があれば、身長なんて関係ない」と語る。

©Marvel Studios 2022

また、アディダス(ADIDAS)とのコラボレーションで、同社のデザイナーやSchool for Experiential Education in Design (S.E.E.D.)のメンバーと共同で、シュリとワカンダの女性戦士オコエ、リリのアパレルとフットウェア7点を制作した。これはマーベル史上初の試みであり、機能性の高いスポーツウェアのテクノロジーは先進的なワカンダのイメージの具現化に貢献している。

©Marvel Studios 2022

ティ・チャラを悼む喪の色は、実際にアフリカで使われる白。物語のキャラクターと彼を演じたチャドウィックの両者に共通する清廉さ、彼を送る追悼の意も見事に表現された。一方、タロカンのコスチュームは自然を意識したものになっている。ヒスイと水生生物の要素を取り入れ、羽根のついたヘッドドレスのデザインはミノカサゴやサメなどを参考にデザインした。水中シーンの撮影が多かったことから、カーターは事前に衣装をプールに沈めて、水中でどう動くかなどテストを重ねてデザインを進めていった。

音楽のルドウィグ・ゴランソンは、前作でアフリカ音楽を熱心に研究したように、今回は歴史に埋もれたマヤ文明の音楽のリサーチに取り組み、メキシコで発掘された当時の楽器を使ってレコーディングした。前作に続いて参加したケンドリック・ラマーに加えて、リアーナも「Lift Me Up」という楽曲を提供。女性たちが中心となる本作を印象づける。

早くもオスカーの呼び声が高いアンジェラ・バセット

アンジェラ・バセット演じるラモンダ女王

©Marvel Studios 2022

10月にロサンゼルスでワールドプレミアが開催されるや、すぐにオスカー受賞に大きな期待が寄せられるようになった。中でも、ラモンダ女王を演じたアンジェラ・バセットには、早くもオスカー助演女優賞を確実視する声が上がっている。ティ・チャラとシュリの母親で、過去に夫をテロ事件で亡くしたラモンダは最愛の息子も亡くすという悲劇を受け止め、国王亡き後のワカンダを支える毅然とした姿を見せる。威厳と慈愛に満ちた女王として圧倒的な存在感を放つアンジェラは、MCUのキャストで史上初のオスカー・ノミネーションの期待が寄せられている。

『ブラックパンサー』はスーパーヒーロー映画として史上初のアカデミー作品賞ノミネートという快挙を果たしたが、DC映画がヒース・レジャー(『ダークナイト』)やホアキン・フェニックス(『ジョーカー』)で受賞しているのに対してMCU出演俳優はまだアカデミー賞候補になったことはない。高評価にアンジェラ本人は「賞のためにこういう作品をやるということはありません」としながらも、「スーパーヒーローの大作映画では滅多にないことですから、この評判はありがたいです」とコメントしている。

劇場公開に先んじたプレミア上映や試写の評判から、前作に勝るとも劣らないクオリティが絶賛されている『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』。来年のアカデミー賞の鍵を握る作品となるのは間違いなさそうだ。

Text: Yuki Tominaga