チャドウィック・ボーズマンの人生とキャリアは、どちらも寡黙な英雄的特徴があった。サウスカロライナ州出身のボーズマンは、テレビと映画業界で活躍した17年の間、絶えず新境地を開拓してきた。大部分のキャストが黒人で黒人監督が指揮したマーベル初の映画となり、2019年に全米映画俳優組合賞キャスト賞を受賞した『ブラックパンサー』(2018)で、彼は国王ティ・チャラを熱演。さらには野球選手のジャッキー・ロビンソンから弁護士のサーグッド・マーシャルまで、実在のパイオニアも数多く演じてきた。
ハワード大学で監督業について学んだボーズマンは、短編映画の製作、演劇の脚本、プロデュースの役割を同時に担い、仕事の休暇を取ることはめったになかった。その結果、2020年8月28日に結腸癌との4年間の戦いの末、彼が43歳で亡くなったことを家族が明らかにしたとき、世界は衝撃に包まれた。彼が癌を患っていたことは秘密にされており、外科手術と化学療法セッションの合間に撮影を続けていたことが後になって明らかとなった。
次々と感謝の言葉が寄せられ始めると、悲嘆に暮れた仲間からも賛辞が送られた。スパイク・リー監督は、戦争ドラマ『ザ・ファイブ・ブラッズ』(2020)の撮影時、ボーズマンの具合が悪いことを知らなかったと『ヴァラエティ』に語った。「とても厳しい撮影でした。チャドウィックが私に言わなかった理由はわかっています。私に手を抜いてもらいたくなかったからです……。そうしてくれたことについて、彼に敬意を払います」とリー監督は付け加えた。
一方、どろどろのスリラー『21ブリッジ』(2019)で共演したシエナ・ミラーは、ボーズマンがギャラの一部を寄付して、彼女のギャラを上げてくれたことを『エンパイア』に明かした。「チャドウィックとはそういう人だったのです」と彼女は語った。ボーズマンの寛大さと自制心はまったく際限なく、それは彼の才能でもあり、祝福されるべきものである。その証明にもなったのが、最後の作品となったNetflixの『マ・レイニーのブラックボトム』だ。ボーズマンは今作で第93回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされている。4月25日(現地時間)の授賞式を控え、ボーズマンの記憶に残るスクリーン上の瞬間を振り返ってみよう。
ブルックリン・ドジャースへの移籍がスポーツ界における人種差別終焉の先駆けとなった野球界のレジェンド、ジャッキー・ロビンソンが、ブライアン・ヘルゲランド監督の手がけた感動的伝記映画の主人公だ。『42 ~世界を変えた男~』でボーズマンは、偏見によって何度も成功をくじかれたアスリートを見事に演じてみせた。
代名詞であるクイッフ、シルクのスカーフ、しびれるようなダンスの動き。ボーズマンはテイト・テイラー監督のリズミカルなトリビュートでソウル界のアイコン、ジェームス・ブラウンに変身する。『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』には超現実的な仕掛けが次々と登場し、視聴者をサウスカロライナ州の田舎で過ごした幼少期から、刑務所への収監、緊迫したジャムセッション、騒々しいショーへと誘う。
サーグッド・マーシャルは、アフリカ系アメリカ人初の最高裁判事になる以前、公民権運動の活動家として、誤って犯罪で告発された黒人を守るために戦っていた。レジナルド・ハドリン監督はマーシャルの偉業を巧みに説明しようと、ある事件を事細かに描写したのが『マーシャル 法廷を変えた男』だ。そこでボーズマンは、名ばかりの役割を与えられた猛烈な弁護士を演じている。
架空のアフリカの国ワカンダで、重力をものともせず、槍を振るう支配者を演じ、ボーズマンは世界的なスーパースターとしての地位を固めた。ライアン・クーグラー監督の大ヒット作『ブラックパンサー』は、特殊効果や手に汗握る戦闘シーンが満載かもしれないが、それを裏付けているのはボーズマンのストイシズムである。
ブライアン・カーク監督のマンハッタンを舞台にしたクライム・アクション『21ブリッジ』は、ハッと息をのむような展開が続き、視聴者を絶えずハラハラさせる。ボーズマン演じる刑事は、警官2人を殺した犯人を捕まえるためにマンハッタン島を一晩封鎖するという使命に燃える。脚本に惚れ込んだ彼は、プロデューサーとしても参加している。
スパイク・リー監督の破壊的な戦争映画『ザ・ファイブ・ブラッズ』で、ぼんやりとしたフラッシュバックで登場するボーズマンのキャラクターは極めて重要だ。ベトナム戦争で撃墜された、極めて知性が高く情熱的な分隊長を演じている。そして、彼の友人たちが終戦から数十年後に、分隊長の遺骨を回収しようとする。ボーズマンの人を引き付ける魅力とその演技力は、否定しようがない。
ボーズマンが雇用主に挑戦する自由奔放で頭の切れるトランペット奏者を演じた『マ・レイニーのブラックボトム』は、まさに彼の最高傑作かもしれない。トニー賞を受賞したジョージ・C・ウルフ監督が、オーガスト・ウィルソンが手がけた同名の演劇を脚色したもので、1920年代のシカゴにおけるプライドとパワーを描いた心打つ物語となっている。
Text: Radhika Seth