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韓国映画界の至宝とされる、世界一クールな73歳のひとり、大女優ユン・ヨジョンは、一般的なハルモニ=おばあちゃんのステレオタイプを爽快に壊してくれる、唯一無二の魅力に満ちた存在だ。長らくドラマ、映画に出演し続け、近年はリアルバラエティ番組「ユン食堂」シリーズなどで等身大な姿を披露。ウォシャウスキー姉妹監督のアメリカのテレビシリーズ「センス8」にも参加するなど、国境、世代を超越し厚く支持されている。
そんな彼女が、1980年代にアメリカ、アーカンソー州に移住してきた韓国人一家を描く映画『ミナリ』で演じるのは、破天荒で毒舌なおばあちゃん、スンジャ。韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョン監督自身の幼い頃の体験を下敷きにした物語だ。本作でアメリカ映画賞での演技賞27冠(3月11日時点)を達成したユン・ヨジョンが、おばあちゃんらしくないおばあちゃんであり続けるその理由に迫る。
──『ミナリ』の脚本を読んで一番惹かれた部分について教えてください。
私はこういった真実が含まれていると思える、純粋でリアルな映画が大好きなんです。英語で書かれた脚本を最初に読んだときに、翻訳するのに時間がかかってしまったのですが、最初の30、40ページでもうこの物語の中には真実があるし、誠意があるし、真心があると思いまして、最後まで読み切る前に、ためらうことなく「出演します」とお返事しました。
──ユン・ヨジョンさんも1972年に渡米されていますが、当時のご自身と重なった部分もあったのでしょうか?
私は移民者として行ったのではなく、当時結婚していた夫が学生だったので、彼と一緒にアメリカへ移ったんです。南部の辺りに約9年ほど住んでいたので、そこで韓国の方にも大勢会いましたし、彼らが暮らしている姿をこの目で見てきたので、私自身の経験も少し反映されていると言えますね。
──となると、劇中の母・モニカさんの視点に共感された部分も多かったのでしょうか。
忍耐力をもって子どもたちや夫を理解しようとしていた母親の姿も、ハン・イェリさん演じるモニカから感じることができましたし、スティーブン・ユァンさん演じるジェイコブはアメリカにいた頃に周りにいた友達の夫と重なり、成功を夢見て子どものために一生懸命未来に向かって努力する父親の姿を見出すことができました。それから私が演じたおばあちゃんですよね。当時は私はまだおばあちゃんではなかったですけど(笑)、子どもの世話をしているおばあちゃんをたくさん見てきましたので、そういう部分で彼女(演じた役)にも、そして長女アンと弟デビッドといった子どもたちのリアクションにも、登場人物全員に対して共感を覚えました。住んでいた当時に南部のアメリカの家族やキリスト教を信仰する人たちの姿も見てきたので、彼らの描かれ方にも共感を覚えました。
──初めて出会う孫・デビッドとおばあちゃんが、だんだんと親密になっていくさまが本当の祖母と孫みたいでした。どうやって関係をつくっていったのでしょうか?
息子のデビッド役のアラン・キム君に関しては、演技の経験がなく、当時7歳の彼がどんなふうに演技するんだろう? と実は少し心配していたのですが、全くの杞憂でしたね。彼は台詞もしっかりと覚えて、準備万端で現場に来ました。長い間俳優をしていますと、“こう演技すればこうなるだろうな”という見通しを立ててしまいがちなんですね。でも彼はまだ子どもなのでスポンジのようにいろんなものを吸収して、私が台詞を言うとそれを素直に受けとめてすぐに演技を返してくれて、本当に見事で。クローズアップのときも本当に上手に演じていたのですが、そこはとても聡明なアイザック監督の手腕が生きていたと思います。演出のときも「しっかりカメラを見て笑ってください」と、丁寧に説明をするんです。そんなふうにして1シーン、1シーンをつくり上げていったんです。彼は劇中、本当におばあちゃんのことが嫌いだという態度を見せていて、純粋なまま演じてくれました。俳優歴が長い私なんかはたまにマンネリに陥ってしまうんですけど、そういう彼の姿から見習うことがたくさんありました。
──おっしゃる通り、長らく芸能の世界にいるユンさんですが、仕事をするうえでの一番の喜びはどんな瞬間に訪れるのでしょうか?
私にとって、仕事はミッションです。なので、そのミッションがひとつ終わったときに一番の喜びを感じます。特に『ミナリ』は商業映画ではなかったためバジェットがとても少なく、たった5週間で撮りきらなければならなかったので、終わったときにはミッションがやっと終わったなとほっとしました。また、予算を削るためにAirbnbを借りて、ハン・イェリさんと同室で過ごしたりもしました。ホテルよりも生活の面で便利だろうということもあってそうしたのですが、この映画の脚本を紹介してくれた親友のプロデューサーが、年老いた私がひとりでアメリカでロケをしているということを心配してくれて、私たちのAirbnbに来て度々ご飯をつくってくれたんです。そのご飯が本当に美味しくて、アイザック監督もスティーヴン・ユァンもみんなが私の部屋に集まってきて、これまでどんなふうに生きてきたのか、それぞれの人生について話をしたり、脚本のことも話したりしました。そうして自然と家族みたいに一緒に過ごす時間がとても長くなり、だんだんとチームワークができていったんです。
──今年1月末に全米公開した『ミナリ』はアメリカ中に旋風を巻き起こしていますが、その反響は実感されていますか?
サンダンス映画祭に行って初めて、周囲の反応を知ることができました。『ミナリ』を観たアメリカの人たちが、泣いたり笑ったりしていたんです。その姿を見て、あぁ、私たちが撮ったこの物語に共感してくれているんだと思い、とてもびっくりしたのを覚えています。また、アイザック監督がたくさん賞賛の声を浴びていたのも私としては嬉しかった。監督は私にとって息子みたいな存在なので、「私の息子がついに監督として認められたんだ」と誇らしい気持ちになりました。映画祭を終えて帰国したとたん、韓国でも急に注目されたようなところがあって、私もキョトンとしている状況なんですけど(笑)、誠意を込めて、真実の物語を撮ればみなさんにわかってもらえるんだなと感じています。『ミナリ』は恋愛の話でもないですし、特別美しい物語というわけでもなく、本当にありのままの世界を見せてくれた映画だと思うんです。今はパンデミックで世の中が非常に辛い状況にありますよね。だからこそみなさんがこういう映画を求めているのではないかと、個人的には考えています。
──ユンさんは本作で、アメリカの演技賞の27冠を達成していますが、賞を受けることに関してはどのようにお考えか教えてください。
賞を受けとる瞬間はすごく嬉しいんです。でも、ずっと賞に酔っていると前に進むことができません。ですから、私にとっての一番いい賞というのは、次の新しい仕事があるということ。それが一番嬉しい賞ですね。これは、長く俳優をやっているからわかることだと思っています。
──誰もが歳を重ねるのに、歳を重ねることは肯定的にはあまり語られません。現実、ユンさんのように魅力的でパワフルな年上の先輩もたくさんいるにもかかわらず、“おばあちゃん”の印象や与えられる役割は画一的に描かれてしまいがちです。ユンさんは、歳を重ねることに対してどう向き合ってきたのでしょうか。
魅力的と言ってくださって、(日本語で)本当にありがとう。歳をとるということは、もう抗えないことですよね。そして誰もがどうせ歳をとるんだから、自然と歳を重ねたいと願っていると思います。だから、「自然に老いていきたい」とか「美しく歳を重ねたい」とかみなさん言いますけど、私としては、どんなふうに生きていけばいいのかわからないなと常に思っているんです。なぜって、私は今73歳ですが、「73歳の私」にとって今日という日を生きるのは初めての経験なので。つまり、長く生きていたって今日は私にとっては常に初めてなので、ミスもするでしょうし、後悔もあると思います。そんなことの繰り返しで今まで生きてきたんですね。
──だから、常に新鮮な空気をまとっているんですね。今回いわゆるステレオタイプ的なおばあちゃん像から逸脱する、愛らしいおばあちゃんを見事に演じられていましたが、ご自身もステレオタイプ的なおばあちゃんではまったくないですよね。
幸い私は俳優という職業をやってきたので、そうならずにいられたんじゃないでしょうか。もちろん、韓国にも典型的なおばあちゃん像はありますし、私としてはステレオタイプにならないようにひとりで戦っているようなところはあります。ちなみに本編では語られていないのですが、私が演じたスンジャは背景として悲しい過去が隠されているんです。彼女はシングルマザーとして、女手一つで商売しながら娘のモニカを育ててきたので、なかなか家でご飯をつくったり、主婦らしいことができなかったという設定がありました。ですから、彼女にとっては娘が人生の全てだったんですね。そして、全財産をなげうっても、病弱な自分の娘の息子、つまり孫を守ってあげたいと思ったわけです。ただ、アイザック監督と話していたのは、彼女は悲しみを背負ってはいるけれど、常に悲しんでいるわけではないということ。孫の面倒を見るためにアメリカへは来たけれど、悲しみだけを背負ってきたのではなく、一日一日を楽しく過ごそうと、何とか家族の雰囲気を盛り上げようとする側面もあったのではないかと監督と話し合って、キャラクターをつくっていきました。
──インタビューを終えると、「日本語も少しは話せるんです」と、「ユン食堂」シリーズでも見せるサービス精神で、知っている日本語をいくつか教えてくれたユン・ヨジョン。ハスキーボイスで、ところどころに挟み込むユーモアのセンス。年齢をまったく感じさせないスタイル。正直で自由な魂を持つ、“ユン・ヨジョン”という人を好きにならないほうが難しい。そして、彼女が今作で見せた、たくましく生きる韓国のハルモニ(おばあちゃん)の人生に、私たちが生きるための地盤となってくれた親、そしてそのまた親の人生が重なって見えてくる。
Profile
ユン・ヨジョン(Youn Yuh-Jung )
1947年、韓国生まれ。カンヌ国際映画祭に出品された『ハウスメイド』(10)や『蜜の味 ~テイスト オブ マネー~』(12)で国外からも高い評価を受ける。主な出演作に、ホン・サンス監督の『3人のアンヌ』(12)、『バッカス・レディ』(16)、『藁にもすがる獣たち』(20)など多数。
『ミナリ』
配給/ギャガGAGA
3月19日より全国公開
https://gaga.ne.jp/minari/
Interview & Text: Tomoko Ogawa Editor: Toru Mitani