人工妊娠中絶を禁止する州法が相次いで成立。
人工妊娠中絶に関する法律は各州によって異なり、今年に入って中絶を制限・禁止する法制化が複数の州で相次いでいる。アメリカでは、1973年に中絶を女性の権利として認める最高裁判決が下された(ロー対ウェイド裁判)。しかし、保守的な南部の州を中心に妊娠時期などで中絶を制限し始めたのだ。
南部はバイブルベルトとも呼ばれ、信仰深い地域として知られるエリア。現時点で16州が中絶禁止の法制化を進め、その中で最も厳しい制限をしているアラバマ州の法案が5月15日に可決され、11月から施行予定だ。新法では母胎と胎児の生命の危機がない限り、妊娠何週目であっても中絶を禁じ、性暴力や近親相姦による妊娠も例外でない。中絶手術をした医師は殺人目的とみなされて、10年以上99年の禁固刑に処せられる。
その次に厳しく批判が高まっているのが、「ハートビート(心音)法」と呼ばれる中絶禁止法で、5州が施行しようとしている。ジョージア州の場合、胎児の心音が確認される6週目以降の中絶を禁止するものだが、実際のところ6週目では妊娠に気がつかないケースが多いため、ほぼ中絶禁止といえよう。
性暴行による妊娠の場合は20週目まで中絶が認められるが、女性は被害届を警察に提出しなければならない。この法案にジョージア州知事が5月7日に署名し、裁判所が差し止めなければ来年1月1日から施行される。これらの動きに対して、女性の人権をないがしろにしていると敏感に反応したのがエンタメ界だ。
アメリカ国内外のセレブがSNSで反発。
X content
This content can also be viewed on the site it originates from.
レディー・ガガは「アラバマの中絶禁止は非道で残虐」と批判し、リアーナはアラバマ州の法案可決(25-6)に賛成票を投じた25人の議員の顔写真(全員が白人男性だった)とともに「見てよ。これがアメリカの女性に結論を下したバカどもよ。アイヴィー州知事、恥を知りなさい!」とツイート。1児の父でもあるリアム・ペインも、同様の顔写真とともに「中絶は女性の権利だ」というコメントを発表した。
Instagram content
This content can also be viewed on the site it originates from.
またインスタグラムで、カーラ・デルヴィーニュは「男性が女性の体に関する法律を決めるべきではない」との見解を示し、エマ・ワトソンが次のように主張した投稿は、400万を超えるいいねを得ている。
Instagram content
This content can also be viewed on the site it originates from.
「北アイルランドの女性は、中絶のためにイギリス本土まで行かなければならない。でもDVや移民問題、障害などの理由で誰もが渡航できるとは限らない。北アイルランドの女性も、アメリカの女性も、誰もが安全で合法的に地元で妊娠出産医療の権利を享受する尊厳がある」
Instagram content
This content can also be viewed on the site it originates from.
さらにエミリー・ラタコウスキーは過激なセクシーショットのキャプションで、「中絶を禁止しようとしている州は黒人女性の人口が最も多い地域。これは社会階級と人種問題で、ロー対ウェード裁判で守られている女性の基本的人権への直接的な攻撃だわ。私たちの体のことは私たちが選択する」と訴えた。
過去に苦渋の選択をしたと明かすセレブも。
そのほかリース・ウィザースプーンやジャネール・モネイ、クリス・エヴァンス、ヘイリー・ビーバー、ベラ・ハディッドなど反対の声を上げるセレブは後をたたず、中には行動で示す人も。ホールジーは、自分の曲の歌詞をプリントしたTシャツを中絶反対の団体とともに製作し、この売り上げから1100万円をアラバマ州の中絶擁護のクリニック団体に寄付した。そして反対意見を述べるだけではなく、中絶の体験談を公表したセレブの言葉には、より一層の力があった。
Instagram content
This content can also be viewed on the site it originates from.
ミラ・ジョヴォヴィッチは2年前に妊娠4カ月半のとき、撮影中に緊急手術で中絶をしたこと辛い過去をインスタグラムに綴り、多くの反響を呼んだ。ほかにもミンカ・ケリー、アンバー・タンブリン、ジャミーラ・ジャミル、ビジー・フィリップス、キキ・パルマーらが、過去に苦悩の末、中絶の選択を余儀なくされたことをSNSで明かし、中絶禁止法の反対を訴えた。
ジョージア州に経済効果を生む大手エンタメ企業も反応。
ジョージア州のアトランタにはパインウッド・アトランタ・スタジオなど多数の撮影所があり、実は映画・テレビなど数多くの作品がジョージア州で撮影されている。アラバマ州とともにディープサウスと呼ばれ、黒人の割合が高いジョージア州で、州都アトランタといえばヒップホップ、ヒップホップといえばアトランタという黒人カルチャーの発達した地域だ。一方で「南部のハリウッド」とも称されているのは、2002年からジョージア州でエンタメ産業の誘致のためにインセンティブを設けてから活発となり、元々はハリウッド周辺で撮影されていた作品もこの時期から多くの作品の撮影がアトランタ周辺で行われるようになった。現在では9万人以上がエンタメ関連に従事し、一年あたり1兆円の経済効果をもたらす一大産業となっている。
特にディズニー社は、「アベンジャーズ」シリーズなどマーベル映画をパインウッド・アトランタ・スタジオで撮影していることで知られる。同社のボブ・アイガーCEOは、「ジョージア州で新たな人工妊娠中絶規制法が施行された場合、同州で多くの人が働くことを望まなくなるだろう。彼らの望みを聞き入れなくてはならない。(同州での撮影を続けるのは)極めて困難になる」と、撤退を示唆した。
同様に「ストレンジャー・シングス」などをジョージア州で撮影しているネットフリックス社、AT&T傘下のメディア大手ワーナーメディアとコムキャスト傘下のNBCユニバーサルといった大手スタジオも、中絶禁止法が施行されるのであれば、ジョージア州からの撤退を検討していると表明した。
そもそもなぜ今、中絶禁止法の制定が加速しているかといえば、政治的背景によるところが大きい。もともと中絶禁止を求める運動は、数十年前から存在していて、中絶の制限どころか、ロー対ウェイド裁判の最高裁判決すら反対している。これらの地域で力を持つ保守派教会支持層は、同性婚にも厳しい態度を取っていた。共和党政権となり、中絶に反対する州=保守派層の台頭と団結、つまりはアメリカの分断化傾向の現れの一つとも言われている。
エンタメ界が牽引となった”MeToo”ムーブメントは、性差別や性暴行・セクハラへの意識改革だけではなく、法制度にも影響を与えた。果たして中絶問題に対してエンタメ界の姿勢は、これからどのように結果につながることになるのだろうか。