俳優のティモシー・シャラメは、1995年12月27日、ロシアとオーストラリアの血を引く母ニコルと、UNICEFに勤務するフランス人の父マルクとの間にNYで生まれ育った。父親の影響から、英語とフランス語のバイリンガルであり、学校の夏休みにはフランス・リヨン郊外の小さな村で過ごすことが家族の高齢行事だったという。そして母方の血縁に映画関係者が多くいたことから、幼少期から芸術に親しみ、一足先に姉のポーリーンが1999年にスクリーンデビューを飾ると、自身も後を追うように俳優を目指した。
姉のポーリーンも俳優であり、母方の血縁に映画関係者が多くいたことから、幼少期から芸術に親しんだ。英語とフランス語のバイリンガルで、夏休みにはリヨン郊外の小さな村で過ごすことが家族の恒例行事だったという。
そんな彼は、短編映画から俳優としてのキャリアを築きはじめた、13歳の時にゲスト出演したドラマ「ロー&オーダー」(2009〜)で本格デビューを果たした。その後SF映画『インターステラー』(2014)やコメディ映画『クーパー家の晩餐会』(2015)等の作品に出演。そして日本でも大ヒットした青春映画『君の名前で僕を呼んで』(2017)でのエリオ・パールマン役で、アカデミー賞主演男優賞やゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされ、翌年の映画『ビューティフル・ボーイ』(2018)でも再びゴールデングローブ賞候補に挙がった。現在公開中のウェス・アンダーソン最新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021)ではカリスマ性を放つ学生運動のリーダー、ゼフィレッリ役を演じ、2023年公開予定のファンタジー映画『ウォンカ』では、主役ウォンカに抜擢されている。
そんな彼が、人道的な活動に心血を注ぐきっかけとなったのが、実話を元にした映画『ビューティフル・ボーイ』(2018)だ。薬物依存症を8年の歳月をかけて克服した主人公ニックを演じたティモシーは、役作りのために実際にニック本人とその家族に会い、ドラッグ依存症やリハビリに関する書籍を読み込み、実際のリハビリ施設で入居者と過ごした。こうした経験から、彼はドラッグ依存に苦しむ人々に大きく心を寄せるようになったとアメリカ『W』誌のインタビューで語っている。
「この映画は決して説教的ものではありません。そして、ドラッグがもたらす恐ろしさというより、むしろ依存症から脱却することの困難さを描いています。役作りのため、実際にドラッグ依存症患者のためのリハビリ施設を訪問したり、患者同士のセラピーミーティングに何度も参加しましたが、私にとってはその全てが非常にセンセーショナルで発見の多い体験でした」
この映画が公開された当時、アメリカでは麻薬性鎮痛剤オピオイドの蔓延も重なり、ドラッグ中毒死者数が約7万2000人、薬物使用障害者が約2000万人にものぼるなど、薬物問題がかつてないほど悪化の一途をたどっていた(2017年時点の統計)。ティモシー演じるニックは、成績優秀でスポーツ万能な学生だったが、ある日ほんの軽い気持ちで手を出したことから瞬く間にドラッグに溺れ、更生を誓いながらもリハビリ施設の入退院を繰り返す。しかし、そんな彼を決して見放さず、ときに絶望しながらも常に希望を持って献身的に支え続ける父デイヴィッドの姿との関係を繊細に描き出した本作品は、当時のアメリカの社会的背景もあって大きな共感を呼んだ。
「この作品の真のメッセージは、単に『ドラッグには手を出すな』ということだけではありません。それ以上に、薬は本人だけでなく、家族や友人をも蝕むのだということ。そして最も理解してもらいたいのが、作中の医師のセリフにもある通り、薬物依存症とは、一度罹患してしまうと自分の意志ではどうにもならない病だということを理解してもらう必要があります。
私が会話した薬物依存を経験した人たちは皆、自分を救ってくれた人々に心から感謝していました。だからこそ、そこから抜け出そうとする意思を持たない本人が悪い、と決めつけるのではなく、その心の葛藤を理解してあげること。そうすれば、最終的にはニックのように、家族の愛と忍耐力でこの状況を打破することができる場合もあるのですから」
この『ビューティフル・ボーイ』出演以降、ティモシーはさまざまなソーシャルイシューに精力的に取り組んでいる。中でも話題になったのは、ウッディ・アレン監督作品『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2019)で得た自身の出演料の全てを、女性の尊厳を守る団体「Time’s Up」や性暴力被害者保護団体「RAINN」、性的マイノリティのコミュニティ「L.G.B.T. Center in New York」の3つの慈善団体に寄付したことだ。
「私は映画から利益を得たいとは考えていません。この数カ月間、不正や不平等を終わらせ、沈黙を破ろうとする強烈なムーブメントを目の当たりにし、私は決心しました。全ての人々の敬意と尊厳のために戦う勇敢なアーティストたちと肩を並べる存在になろう、と」
さらに昨年12月23日、ティモシーはデザイナーのハイダー・アッカーマンとコラボレーションしたチャリティフーディーをローンチした。彼らがデザインしたフーディーは、ウェブサイト「HA+TC」で購入することができる。その収益金は全てアフガニスタンの女性と子どもたちの権利を守るために戦うフランスの団体「Afganistan Libre」の活動に役立てられる。
「昨年、タリバンによる電撃的な政権奪取によって起きたアフガニスタンの危機的な状況に震撼しました。同時に、いてもたってもいられず自分には何ができるだろうか、と考えたのです。そこで思いついたのが、女性や子どもの権利を守るために戦う現地の救済組織を支援するため、彼とともにパーカーをデザインすることでした。現在もなお残虐な行為が継続する中、私たちは現地で懸命に生きる声なき声に耳を傾けなければなりません。そして、その声を世界中に届けなければならないのです」
Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba