CHANGE / DIVERSITY & INCLUSION

ギフテッド教育の是非を問う──格差を生まないインクルーシブな制度を求めて。【コトバから考える社会とこれから】

日本で注目が高まるギフテッド教育。一方で、ニューヨーク市ではプログラムの廃止が発表されるなど、制度を見直す動きも。社会的流動性を担保するための、「インクルーシブなギフテッド教育」のあり方とは?

英語を母語としない家庭の子どもが6割を占めるロンドン・イーリング地区に2013年に設立された小学校アーク・プライオリー・プライマリー・アカデミーでは、初学年(4歳)から能力別の授業を行う。Photo: Reina Shimizu

ギフテッド教育先進国では、実際の運営に問題が生じ、政府主導によるプログラムが廃止される例も見られる。イングランドでは、2000年代に行われていたギフテッド教育プログラムが、2010年に廃止されている。高所得層の子どもばかりがギフテッド教育を受け、低所得層のギフテッドの子どもが置き去りになったことが問題視されたからだ。その後、イングランドは能力別の授業を認めながらも、すべての子どもの能力を伸ばす方針にシフトしている。

しかし近年のイギリスでは、インクルーシブなギフテッド教育の必要性を訴え、「Children with High Learning Potential(高度の潜在能力を持つ子どもたち)」という表現を用いて支援する動きもある。

チャリティ団体「ポテンシャル・プラスUK」のジュリー・タプリンCEOによれば、能力を下回る課題しか与えられず学校に失望した子どもは、学習意欲を失って問題行動に出たり、怠けているというレッテルを貼られて自信をなくしたりする事例がある。「ギフテッドを含むすべての子どもが現状よりも上を目指してチャレンジし、間違いをおかしながら学ぶことでレジリエンスと思考力や学習能力を鍛え、さらには気の合う友だちとの交流によって自己理解を深めることが大切です」とタプリンは言う。

日本におけるギフテッド教育の行方は?

文部科学省が主導し、定期開催を続ける「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」は、2021年11月29日の議論を経て、「支援の対象とする才能は定義せず、個々に応じた教育を実現することが適切」だとの考えを示した。IQやテストの得点で選抜するのではなく、学校生活や学習上の困難が生じている子どもも含め、個々のケースに応じた支援を模索する。Photo: Getty Images

過去にギフテッドの診断基準が問題視されたが、ポテンシャル・プラスUKなどが近年採用している基準は、アメリカの心理学者、スティーブン・ファイファー博士が提唱する「ギフテッドの3部モデル」だ。知能テストなどで測る高い知能、学校の成績に表れる達成度、教師らの観察に基づく潜在能力のうち一つ以上の要素を持つ子どもがギフテッドと診断される。「潜在能力」は、長期的な発達に不可欠のレジリエンスや努力を評価することで、社会的に恵まれない、あるいは障害のあるギフテッドの子どもを見落とさないために特に重要な要素だという。

イギリスの教育NGO「サットン・トラスト」のレベッカ・モンタキュート博士は、エリートを育てるためではなく、社会的流動性と機会の平等のためにこそ、ギフテッド教育は不可欠だと提言する。「恵まれない家庭で育つ潜在能力の高い子を教師が見出し、ギフテッド教育にアクセスさせることは重要です。低所得層では家庭教育の質を保ちづらいので、学校やコミュニティによる支援も必要です」。イギリスでは国によるカリキュラムの廃止後も、独自にギフテッド教育を行う公立・私立の学校が少なくない。ただしこの結果、子どもが通う学校による格差も生じている。モンタキュート博士は解決策として、興味のある子は誰でも無料で受け入れる地域の放課後クラブの運営を提案する。大学生に研究活動やボランティア活動の一環として家庭教師やディベートの指導をさせれば、予算がなくても実現が可能だ。

新市長は継続を主張! NYの特別支援教育の未来に注目。

デブラシオ前市長により2021年に廃止が発表されたNY市のギフテッドプログラムだが、新市長エリック・アダムスは、継続の必要性を訴え、従来のアプローチとは異なった低所得層地区の生徒への実施拡大を提案する。また、発達性読み書き障がいや、学習障がいを持つ生徒の教育にも注力するとし、低所得層地区の公立男子校の財団「イーグル・アカデミー」を創設したデイビッド・バンクスを、次期教育委員長に指名している。Photo: Getty Images

アメリカの教育心理学者、ジョーセフ・S・レンズーリ博士は「高潮はすべての船を持ち上げる」という表現を用いた。すべての子どもにとってプラスになるインクルーシブなギフテッド教育のあり方を模索しつつ実践することが重要だ。

Main Text: Reina Shimizu Special Thanks: Azumi Hasegawa Editor: Yaka Matsumoto