ギフテッド教育先進国では、実際の運営に問題が生じ、政府主導によるプログラムが廃止される例も見られる。イングランドでは、2000年代に行われていたギフテッド教育プログラムが、2010年に廃止されている。高所得層の子どもばかりがギフテッド教育を受け、低所得層のギフテッドの子どもが置き去りになったことが問題視されたからだ。その後、イングランドは能力別の授業を認めながらも、すべての子どもの能力を伸ばす方針にシフトしている。
しかし近年のイギリスでは、インクルーシブなギフテッド教育の必要性を訴え、「Children with High Learning Potential(高度の潜在能力を持つ子どもたち)」という表現を用いて支援する動きもある。
英チャリティ団体「ポテンシャル・プラスUK」のジュリー・タプリンCEOによれば、能力を下回る課題しか与えられず学校に失望した子どもは、学習意欲を失って問題行動に出たり、怠けているというレッテルを貼られて自信をなくしたりする事例がある。「ギフテッドを含むすべての子どもが現状よりも上を目指してチャレンジし、間違いをおかしながら学ぶことでレジリエンスと思考力や学習能力を鍛え、さらには気の合う友だちとの交流によって自己理解を深めることが大切です」とタプリンは言う。
過去にギフテッドの診断基準が問題視されたが、ポテンシャル・プラスUKなどが近年採用している基準は、アメリカの心理学者、スティーブン・ファイファー博士が提唱する「ギフテッドの3部モデル」だ。知能テストなどで測る高い知能、学校の成績に表れる達成度、教師らの観察に基づく潜在能力のうち一つ以上の要素を持つ子どもがギフテッドと診断される。「潜在能力」は、長期的な発達に不可欠のレジリエンスや努力を評価することで、社会的に恵まれない、あるいは障害のあるギフテッドの子どもを見落とさないために特に重要な要素だという。
イギリスの教育NGO「サットン・トラスト」のレベッカ・モンタキュート博士は、エリートを育てるためではなく、社会的流動性と機会の平等のためにこそ、ギフテッド教育は不可欠だと提言する。「恵まれない家庭で育つ潜在能力の高い子を教師が見出し、ギフテッド教育にアクセスさせることは重要です。低所得層では家庭教育の質を保ちづらいので、学校やコミュニティによる支援も必要です」。イギリスでは国によるカリキュラムの廃止後も、独自にギフテッド教育を行う公立・私立の学校が少なくない。ただしこの結果、子どもが通う学校による格差も生じている。モンタキュート博士は解決策として、興味のある子は誰でも無料で受け入れる地域の放課後クラブの運営を提案する。大学生に研究活動やボランティア活動の一環として家庭教師やディベートの指導をさせれば、予算がなくても実現が可能だ。
アメリカの教育心理学者、ジョーセフ・S・レンズーリ博士は「高潮はすべての船を持ち上げる」という表現を用いた。すべての子どもにとってプラスになるインクルーシブなギフテッド教育のあり方を模索しつつ実践することが重要だ。
Main Text: Reina Shimizu Special Thanks: Azumi Hasegawa Editor: Yaka Matsumoto