「真のインクルージョン(包括)なくしては、常にスケープゴートにされる人々が生まれ、さらに重大なのは、その状況を悪用しようとする人々が必ず存在してしまうことです」
そう語るのは、作家でブルックリン・カレッジの英文学教授、ムスターファ・ベユミ氏だ。2001年の9・11後のアメリカではアラブ系やイスラム系の人々に対して、また、目下猛威を振るう新型コロナウイルスのパンデミックでは、アジア系の人々に対する差別やヘイトクライムが急増した。世界が未曾有の危機に直面しているときこそ、インクルージョンという価値観の共有が不可欠で、そのためのシステムの重要性や課題もまた、可視化される。
そもそも、インクルージョンとは何を意味するのだろう。「社会的に最も脆弱な人々を、社会全体として守ること」と、ベユミ氏は説く。アメリカのように、多くの民族やさまざまな宗教が共存する国家では、社会的なゴールとして、ビジネス面や教育面でも、誰でも包括的に尊重されて生活することが重要視される。
「インクルージョンの価値観は、常に社会の一部として、社会を機能させるために存在していました。ただ、人々を“消費者と生産者”、時として商品にまで変えてしまい、社会の競争を促し、その結果として勝者と敗者を生み出す資本主義によって、その価値観が奪われることもあります。ですが、このグローバルなパンデミックに直面し、我々はそれが間違いだと気づきつつあります」
コロナウイルス感染者が日々増加するアメリカでは、一部の富裕層やセレブリティだけが検査を受けられることが、問題視されている。低所得者や不法滞在者の不安は募り、インクルージョンの必要性がこれまで以上に求められている。
課題が多く残るなか、教育現場やファッション界など、インクルージョンの考え方が浸透してきた分野もある。欧米の多くの学校では、「インクルージョン・マネージャー」と呼ばれる教師が常駐し、障害や、能力・階層・文化・人種の違いにより落ちこぼれたりいじめられたりする子どもが出ないよう対応にあたる。ランウェイやキャンペーンモデルの多様性は急速に進み、非白人種の起用はもちろん、プラスサイズやマチュア、トランスジェンダーのモデルが台頭。ヒジャブを纏ったムスリムモデルの進出も目覚ましい。「ファッションは一部の人のためのものではなく、みんなのもの」というカルチャーが普及しつつある。
その理念を経営に取り入れる企業も増えた。アップルは、近年の雇用者の約60%がマイノリティで、退役軍人の雇用にも積極的だ。アマゾンを率いるジェフ・ベゾスは言う。「ダイバーシティ&インクルージョンはビジネスにとって有益であるのはもちろん、そもそもシンプルに正しいのだ」と。 インクルーシブな世界にすべく、一人一人ができることは「心からお互いを思いやること」だとべユミ氏。
「真のインクルージョンがあれば、差別を撲滅して、協力が増大する。グローバルレベルでの協力こそが、今最も必要です。それが唯一の、生き残れる方法だと私は考えています」
Text: Azumi Hasegawa Editor: Yaka Matsumoto