占星術や運命の兆しを大切にしていたと言われているクリスチャン・ディオール。彼の自伝では、先を見る能力を持った人々との運命の出会いが綴られ、ディオールの作品もまた、スピリチュアルなストーリーをインスピレーション源にしているものが多い。例えば、お守りジュエリーとして高い人気を誇る「ローズ デ ヴァン」も、ムッシュ ディオールが幸運のシンボルとしていたスター モチーフを基にして八芒星を象ったものだ。
そんなムッシュ ディオールに共鳴してか、現ウイメンズ アーティスティック ディレクターのマリア・グラツィア・キウリも占星術をこよなく愛する一人。彼女は、先日開催されたばかりの2021年秋冬オートクチュールコレクションで、「タロットの城(LE CHÂTEAU DU TAROT)」と題した動画を発表し、先が見えにくい今の時代に揺るぎない美を見せた。
ここからは、そのムービーの世界に深く酔いしれるために、占い師のルーシー・グリーンが今季のキールック5点におけるタロットカードのストーリーを解説。ミステリアスで多面的な美しさを掘り下げていこう。
タロットカードの歴史はとても古く、時代毎にさまざまな絵柄が作られてきました。今回ディオールの発想源となったのは、「ヴィスコンティ・スフォルツァ」。占い師の間では通称「ヴィスコンティ版」と呼ばれる、現存する最古のタロットカードです。1400年代、イタリア・ミラノを統治していたヴィスコンティ家と、その後継にあたるスフォルツァ家の公爵のために作られ、実に精巧で豪華なデザインに。しかしながら当時は占いの道具としてではなく、カードゲームやステイタスの象徴として利用されていました。
さて次に、「大アルカナ」についてマスターしましょう。タロットカードのフルセットは78枚にものぼります。そのうちの22枚を運命的なできごとを占う「大アルカナ」と呼び、残りの56枚を具体的なできごとを占う「小アルカナ」と呼ぶ。占い師は、相談内容や状況によってこれらを使い分けているのです。
動画の初めに登場する礼服を着た主人公が引いたのは「女教皇」。このカードは聡明さや神秘的な感性を表しています。さらに徳や知性の高さ、厳粛な女性性も。しかし実のところ、教皇の地位に就けるのは男性のみ。それゆえ女教皇は、時空や性別を超えた精神的な象徴であると言えるでしょう。ビスチェの上からコートを羽織るという“隠す”装いも、女教皇の神秘性を高めているのです。
余談ですが、「タロットの城」へ迷い込んだ主人公のドレスには、女教皇のモチーフであり、女性の身体の象徴であるザクロが描かれていたのに気づきましたか? 1909年に出版されたウェイト版(画像右)では、背景にザクロ模様の垂れ幕がかけられているのです。ドレスの柄と女教皇の威厳を表す玉座のあしらいをリンクさせているのも、マリアの粋な遊び心と言えるでしょう。
おどけた仕草といたずらっぽい笑顔で主人公を導く「愚者」が印象的だった人も多いでしょう。トップに施したミステリアスな動物の刺繍は、ウェイト版(画像右)の足もとにいる白い犬をモチーフにしているのでしょうか。この犬は、今にも崖から足を踏み外してしまいそうな愚者に危険を知らせていますが、愚者は落下せずそのまま宙を渡っていく──このカードにはそんな物語があるのです。
子どものような無邪気さを見せる一方で、物知りな一面もあったりと、どこかアンバランスな様子を備えているのが愚者の特徴。見た目だけでは分からない神秘性が盛り込まれています。「危機を察知しつつも、時にはまだ見ぬ自分の力を信頼しなさい」。今回のオートクチュールは、愚者のカードが示すように躍動感への挑戦や遊び心を垣間見ることができます。
もう一人の主人公である青年に扉を開く方法を教えるのは「吊るされた男」。美しい翡翠色のシネジャカードパンツを見るに、ヴィスコンティ版(画像左)からインスパイアされています。逆さまに捉えられ、苦しい体勢を強いられるこのカードが意味するのは、「大変な状況でも、視点を変えて光を見つけなさい」。動画の中で、男が促す通りに逆さに見ることで、見つからなかった扉が開く印象的なシーンはここから来ています。
また非常に興味深いのが、マリアもムッシュ ディオールもともに水瓶座生まれ。水瓶座には「既成概念の再構築」「革命」などの意味が込められています。それ故、この吊るされた男のシーンでは、「別の視点を持つことで世界は変わる。次に進め」と内なる革命を示唆しているように感じます。
主人公がその抗い難い魅力に翻弄されてしまうのが「悪魔」の存在。動画では、目をそらせないほどの強いエネルギーを放っていましたが、オートクチュールのたおやかな雰囲気とタロットカードのダークな絵柄が、一見かけ離れているように感じませんか? ディオールはこの悪魔のカードを深く多角的に解釈し、優美なドレスに落とし込みました。
本来、悪魔のカードは欲望や執着心、嫉妬などネガティブな感情を意味しますが、実は単に「欲望を捨てなさい」と戒めているわけではないのです。人間なら誰しもが持つ、ずるさや弱さを認めること──そんなメッセージも含んでいます。主人公が迷いながらも悪魔の翼に包まれるシーンでは、どこか優しさが漂いますが、これは悪魔の持つ「心の闇」を受け入れる効用が描かれているのでしょう。
主人公の女性と青年が出会う大浴場。最後に現れるのはマスクで顔を覆った「死神」です。このカードの絵柄は、タロット占いを初めて受ける人にとって最も恐れるものの一つでしょう。しかしながら、カードに込められた意味は、誰かの不幸を示すものではありません。画像右のウェイト版を少し拡大して見てください。右奥に朝日が昇り始めているのが分かるはず。これは「死と再生」の証。終焉の後に訪れる、新たな始まりを告げるものです。
このポジティブな意味をもつ死神は、実はマリアが最もお気に入りの1枚なのだとか。ドレスのスカート部分に使用したのは古色を出した銀糸やグレーで、死神やヴィスコンティ・スフォルツァ版カードの持つ奥深い歴史をドラマティックに表現しています。
物言わぬタロットカードには、ヨーロッパの時代背景や多くのシンボルが雄弁に描かれています。強いメッセージを発するのは、ファッションも同じ。タロットカードの意味を知り、その幻想的な世界とシンクロした美しいクリエーションを今一度堪能してみてください。
Profile
ルーシー・グリーン(LUCY GREEN)
西洋占星術とタロットカードが得意。豊かな人生を創りだす幸せを伝えることがモットー。ファッション誌やWEBメディアを中心に活躍中。今春、ブティック社よりムック本『神秘のタロット塗り絵(仮)』が発売予定。
https://www.lucygreen.jp/
Photos: Courtesy of Dior, ©Matteo Garrone, ©Elina-Kechicheva Astrologer: Lucy Green Editor: Mayumi Numao