「Romance Returns」。2021年の春夏シーズンのテーマを話し合っているときに、インターナショナル・ファッション・ディレクターのジーン・クレールが放ったこのひと言に、たちまち心惹かれました。不安と混乱が支配した2020年が終わり、新しい季節を迎えるときに、私たちが最も必要としている感覚をエレガントな夢をもって表現していると思えたからです。
それは、私たちがしばし忘れていた「甘い誘惑」、そして「羽ばたく想い」。2021年春夏のランウェイには花柄やボヘミアン的なルックが、可憐に登場しました(p. 047)。「ロマンスを、もう一度」。そんな囁きが、雪解けの後の春の訪れを告げてくれているようです。
ロマンティックな気分を盛り上げるためには、まずは豊かな「物語」に気持ちを委ねることがいちばん。ということで、今月号では選りすぐりの本や映画、オペラ、音楽からロマンス薫る作品をご紹介していますが、その冒頭で、ロマンス作品に浸る喜びについて作家の甘糟りり子さんに文章を寄せていただきました(p. 070)。甘糟さんは「虚構にこそ真実が宿ると私は考えている」と言い、「愛」を思うとき「想像力は大きな武器」となり、「それを磨くためにも、物語に浸ることをお勧めする」と説きます。「物語に浸る」行為は現実からの逃避のようにも響きますが、甘糟さんはそれを「想像力」の側から肯定する考え方を示してくださいました。
偶然にも、同じように「物語」に対する絶対的な支持を表明する言葉に今号で出会いました。占い師、しいたけ.さんと、2020年を振り返り「運の流れ」を語り合う対談に登場する脚本家の中園ミホさんのお話です(p. 106)。ご両親を10代で亡くし、「19歳でみなし児」となった中園さんはドラマや映画に没入することであまりにも辛い時期を救われたと言い、辛いときこそ、「物語の力を信じて触れてみてください。人を救う力が宿っていますから」と語ります。それが今、脚本家として人々に物語をつむぐ彼女の原点なのです。“物語”は心を揺さぶるだけでなく、その人の行動をも変容させるパワーを持っているのですね。
2020年の最後に発売される今号では、毎年「圧倒的に輝いた女性たち」をヴォーグがセレブレイトするWomen of the Yearの受賞者を発表しています。大坂なおみさん、小松菜奈さん、橋本聖子さんら6人と一組の受賞者の方々は皆、この世界を覆う困難な状況の中でも「自分にできる限りのこと」をしよう、というシンプルで限りなく強い意志をもって輝いた人々です。その中の一人であるミュージシャンのLiSAさんは、ご存じのように歴史的なヒットを打ち立てた『鬼滅の刃』のアニメ版と映画版双方の主題歌で2020年、突出した活躍を示しました。コロナ禍の中で「“私の歌をどのように届ければいいのか”と、すごく悩みましたね。結果的には、─私の歌を届けたら、エンターテインメントを求めるみなさんの気持ちとうまく合致した」と語っています。想像だにしなかった非日常のなかで『鬼滅の刃』の“物語”が、子どもから大人まで、どれほどに人々の心を強くつかみ勇気づけているのかがうかがえます。
実は、私はまだこの“物語”に触れていません。さまざまな記事や周りの人々から聞く話からその魅力を推察するしかないのですが、それでもはっきりとわかるのは、その作品に現れる主人公と妹や母との関係、あるいは戦う相手である“鬼”にも描かれる卓抜した“物語”に心奪われるのだということです。この原稿を書いているこの日、『鬼滅の刃』コミックス最終巻が発売されました。全国紙5紙の朝刊1面に1キャラクターずつ1紙3面、全15のキャラクターが広告掲載されたことも大きな話題になり、そのすべての紙面に「夜は明ける。想いは不滅。」という同じコピーが添えられていました。人々はそれぞれの想いをこの“物語”に投影し、今を乗り越える気持ちを心に刻んだのではないでしょうか。
「ロマンス=愛である必要はない。愛よりもはるかに広がりがある」とジーンは述べています(p. 060)。「めかし込んでいるときや」「空港のロビーの椅子に腰掛けて」いるときにもロマンスを感じることがあるといいます。それは、まだ見ぬ場所や、状況に「思いを馳せる」というイマジネーションの薫りと浮き立つ心の表れ。私たちには皆、思い思いの想像の翼があることを忘れずに、新しい年に飛び立っていきたいものですね。どうぞこの年末年始には、たくさんの「ロマンス=物語」に浸ってみてください。私も、遅まきながら多くの人の心を沸かせたあの兄妹と鬼たちの物語の国を訪ねてみようと思います。