何十年も前から、切っても切れない関係にあるセックスとファッション。90年代初頭のヴェルサーチェ(VERSACE)を象徴するセクシーでセンセーショナルなコレクションから、ミュグレー(MUGLER)のBDSM(ボンデージ、ディシプリン、サディズム、マゾヒズムの略で、性的な嗜好の中で嗜虐的性向をまとめた言葉)にインスパイアされたコルセットスタイルまで、フェティッシュなルックとそのトレンドはファッション史に多大なる影響を与えてきた。
2010年代にはコテージコア(カントリー調のロマンチックなスタイル)の登場により、それまでのセクシーさとは異なったより控えめで親しみやすいスタイルが広がりを見せたが、ここ最近では男性の視線に囚われることのない、とことんセンシュアルな着こなしがカムバックを果たしている。
70年代にまで遡るフェティッシュファッションの歴史。
“セックス”がモダンファッションの世界に足を踏み入れるようになったのは、70年代に遡る。レザージャケットやフリンジ、スタッズのようなハードウェアなど、特にジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)のコレクションに見られるディテールがその例だ。それから約20年後、ジャンニ・ヴェルサーチェは「ミスS&M」と題した1992-93年秋冬コレクションを発表。ドレスやビスチェにスタッズ付きの首輪やハーネスを取り入れ、それまで表舞台に出てくることのなかったBDSMにスポットライトを当てた。これは現代ファッション史に刻まれる、歴史的瞬間として認識されている。当時このコレクションは賛否両論を呼び、ファッションジャーナリストのスージー・メンケスは「私は、女性がセックスの対象になることは望んでいない。でも、女性にも選ぶ権利がある」と述べた。
また、ティエリー・ミュグレーを抜きにして、このムーブメントを語ることはできない。80年代後半から90年代のミュグレーは、ムチや鎖、ハイヒール、全身ラテックスのルックを取り込んだ反骨的なコレクションを通じて、挑発的なスタイルをメインストリームに押し上げる土台を築いた。そしてそれは、今日のファッションインフルエンサーの道を開くきっかけになったものでもある。
2019-20年秋冬では、オートクチュールにまでもその影響が。最も顕著だったのは、クレア・ワイト・ケラー率いるジバンシィ(GIVENCHY)で、ラテックスクチュリエとして知られる工藤亜津子によるシャープなテーラリングやレギンスなどをランウェイに送り出した。同年、アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)はレーザーカットを施したビスチェとチョーカーを合わせたルックを披露し、マリーン・セル(MARINE SERRE)はキャットスーツルックを発信。クリストファー・ケイン(CHRISTOPHER KANE)もまた、ラバーやラテックスグローブ、クリスタルチェーンなどを用いて、フェティッシュなスタイルを質感豊かに表現した。
タブーを打ち破る大きな役割。
翌シーズンの2020年、世界はパンデミックに見舞われ、多くの人たちが長期間の閉鎖状態を経験することに。当然のことながら、ファッションは着心地第一のアプローチへとシフトし、伸縮性のあるスウェットなどカジュアルウェアの台頭が目立った。それからアスレジャーがトレンド入り し、肩肘張らないセットアップの数々がインスタグラムのフィードを席巻。そしてかつての生活を取り戻しつつある今は、短い丈のスカートやドレス、ボディコンシャスなシルエット、デコルテを見せたネックラインといった、よりセクシーで大胆なスタイルへと意識が向けられている。
これまでの歴史を振り返ると、ファッションにはタブーを打ち破る大きな役割があること、そしてファッションにその時代のムードやアティチュードを反映しないものはないということが見えてくる。モッズ、パンク、グランジなどのサブカルチャーと同様で、かつて二次的と考えられていたフェティッシュファッションもメインストリームに進出し、今ではストリートウェアもクチュールにもBDSMの要素が見受けられるようになった。
フェティッシュを支持するセレブたち。
2021年のメットガラに出席したキム・カーダシアンほど、セクシーさの復活を強く訴えた人物はいない。ケープドレスの下にボディスーツを着用し、フェイスマスクで顔を覆ったバレンシアガ(BALENCIAGA)のオートクチュールルックで登場した彼女が、会場の視線を釘付けしたのも記憶に新しい。昨年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでは、キム・ペトラスがリチャード クイン(RICHARD QUINN)のラテックス製マスクを、コートニー・カーダシアンはレースアップのPVCドレスを着用し、フェティッシュの美学を前面に押し出した。
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その他にも、ネイキッドドレスを纏ったミーガン・フォックスがこの大胆不敵なスタイルを加速化させた。カニエ・ウェストの新恋人、ジュリア・フォックスはレザーとフィッシュネットが好きだと公表するなど、この臆面もないスタイルを支持するセレブたちは増えるばかりだ。
セックスポジティブで真の女性解放へ。
しばしば語られないのは、BDSMがその核心において、相互のコミュニケーション、悦び、欲望に根差した合意のもとにあるものだということ。しかし、タブロイド紙の女性の扱いに反撃するかのように、セクシュアリティの表現方法を非難するカルチャーの解体が目覚ましい今、セックスポジティブを支持する態勢は着々と整えられているようだ。ランウェイ上でフェティッシュルックが脚光を浴びているのを目の当たりにすると、男性の視線に左右されることなく“セクシー”を表現できる時代に突入していること、女性たちの真の解放がもうすぐそこにあることが感じ取れる。
Text: Arushi Sinha Adaptation: Motoko Fujita
From VOGUE.IN