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ジャンポール・ゴルチエとサカイの阿部千登勢にインタビュー! 2人が語るクチュール発表の裏側。

一年の延期を経て7月7日にパリで発表された、ジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)サカイ(SACAI)の協業による、2021年秋冬クチュールコレクション。その発表の直前に控えたゴルチエと阿部千登勢を取材し、今回の経緯からクリエイションの舞台裏までを聞いた。

2020年1月、パリのテアトル・ドゥ・シャトレーでの50周年記念ショーを最後に、引退を表明していたジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)だが、その後3月に新たな形で再始動を表明した。それは、シーズンごとに、彼自身が尊敬するデザイナーにクチュールコレクションの制作を任せるというもの。その最初のデザイナーに抜擢されたのがサカイ(SACAI)阿部千登勢だ。

今回のコレクションでは、マドンナが1990年のツアー「Blond Ambition」で着用したコルセットに着想を得たというピエール・アルディ(PIERRE HERDY)によるフットウェアや、ロサンゼルスに拠点を置くタトゥーアーティスト、Dr.Wooとコラボした1994年春夏コレクション「Les Tatouages」を彷彿とさせるセカンドスキンプリントのアイテムなどが登場。意外性に満ちた数々に、大きな話題を呼んでいる。

ショーの数日前、ゴルチエと阿部にコレクション発表までの道のりをZOOMで取材した。

“普通”から離れた概念を持つデザイナー同士の出会い。

Photo: Laura Pelissier

──お互いの作品に初めて触れた時の印象を教えてください。

阿部千登勢(以下、阿部) 当時の私はまだとても若かったですが、初めてゴルチエの作品に触れた時、私と同じく“普通”という概念から離れたマインドを持っている方だと感じたことを覚えています。例えば、1985年のコレクション『Et Dieu Créa l’Homme (And God Created Man)』など、男性モデルによくスカートを履かせていましたが、これはその当時、他のデザイナーたちがやっていなかったことでした。

ジャンポール・ゴルチエ(以下、ゴルチエ) 背中にレースがあしらわれたサカイ(SACAI)のセーラードレスの写真を見た時に、「すごい、誰が作ったんだろう?」と思いました。「La Marinière」のプロジェクトで私がやったことと対照的で、とても新鮮でした。その後、東京を訪れた際に彼女の働き方や美しい作品を見て、その記憶がずっと私の胸に刻まれていました。

──オートクチュールを、毎シーズン違うデザイナーに託すという決断に至った経緯を教えてください。

ゴルチエ 1987年にクリスチャン・ラクロア(CHRISTIAN LACROIX)ジャン・パトゥ(JEAN PATOU)を離れ、自分のブランドを起ち上げた時、ヴィヴィアン・ウェストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)ティエリー・ミュグレー(THIERRY MUGLER)といった才能溢れるデザイナーたちが各シーズンのコレクションをデザインしたらおもしろいだろうな、と思いついたのです。しかし当時、私はまだアシスタントで、上司にその案を伝えたら「お金がかかり過ぎる」と言われてしまい、実現することは叶いませんでした。

そして多くの経験を積んだ今、尊敬する人たちの息吹をジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)に吹き込んでほしいと思い、長い間念願だったこのプロジェクトのスタートを決めたのです。私は2003年から約7年間、エルメス(HERMES)のアーティスティック・ディレクターを任されていましたが、私のスタイルはブランドが持っていたイメージとほぼ真逆のものでした。デザイナーがメゾンの魂を受け継いだ時、果たしてどんな科学反応が起こるのかを見るのがとても好きなんです。

表現したいことを落とし込むには、「自由」が不可欠。

──阿部さんは、サカイ(SACAI)で普段から行なっているアプローチと比べて、どのような違いを感じましたか?

阿部 「千登勢の好きなようにデザインしていいんだよ」と言ってくれて、とても自由にクリエーションをすることができました。だから、話し合いもあまり必要なかったんです。

彼のコレクションは今までたくさん見てきたので、念入りなリサーチは必要ありませんでしたが、アーカイブ作品を実際に見ることで、制作過程と彼の作品への理解をより深めることができました。私はただそれをサカイのやり方で再構想すればよかったのです。

デザイナーは「媒体」のような存在。

──コラボレーションという形ではなく、デザインに関しては阿部さんに全て任せるということを重要視したのはなぜですか?

ゴルチエ クチュールに限らず、ファッションとは、社会で起こっている物事を反映させるものです。言い換えれば、デザイナーは「媒体」のような存在で、人々が夢中になるであろうものを意識的、時には無意識に想定してデザインをします。それが人々の心に刺さった時、トレンドとなるのです。デザイナーには、自分の信じることを表現するための自由がなければいけません。

──ゴルチエは“ファッション界のアンファン・テリブル(恐るべき子どもたち)”と言われていましたが、阿部さんはその精神をどう捉え、自身の美的感覚と融合させましたか?

阿部 私たちの創作に対する考え方には共通点も多く、「アンファン・テリブル」もそのひとつです。だから、彼の美的感覚を理解することは、私にとって難しいことではありませんでした。

ゴルチエ 一度「アンファン・テリブル」になったら、この先もずっと「アンファン・テリブル」のままですね(笑)。

ピエール・アルディもクリエイションに参加。

Photo: Courtesy Jean Paul Gaultier X Chitose Abe

──今回のコレクションに登場したプラットフォームブーツは、ピエール・アルディ(PIERRE HERDY)がデザインを担当しました。彼との作品作りに至った経緯を教えてください。

阿部 過去に一緒に仕事をして以来、ピエールは私の親しい友人のひとりです。彼のセンスを尊敬、信頼しているので、仕事はとてもスムーズでした。彼はシューズのプロフェッショナルですし、このプロジェクトに参加してくれたことをとても感謝しています。

──ご自分とゴルチエのデザイン手法に共通点はありましたか?

阿部 例えば彼が手掛けた背面にタトゥープリントの入ったマリンストライプのドレスがあるのですが、想定外のデザインでしたね。サカイ(SACAI)はハイブリッドなスタイルを得意としています。私とゴルチエの共通点は、技術的なディテールというより、服をデザインする時のインスピレーションの源や精神にあると感じています。

デニムやジャケットをアップサイクルしたアイテムも登場。

Photo: Courtesy Jean Paul Gaultier X Chitose Abe

──コートにアップサイクルしたデニムや、スーツのジャケットやオーバーオールの作業着から作られたドレスが印象的でした。服を再利用するアイデアはどこから来たのでしょうか?

ゴルチエ 私の両親は裕福ではなく、戦後の生活について昔から色々と話を聞いていました。母は父のパンツを自分用のスカートにリメイクしたりもしていたんです。そのアイデアが印象的で、デザイナーとして駆け出しの頃はお金が十分になかったこともあり、さまざまな服を合わせて新しいものを作っていました。アップサイクルデニムの美しさは、人の顔のシワが持つ美しさと同じ。新しいものと古いものを掛け合わせる感覚は、現代のクリエーションにおいて不可欠だと思います。

阿部 コレクションすべてをアップサイクルで作るのは容易なことではありません。サカイ(SACAI)ではZantan(残反)というプロジェクトに取り組んでいて、余剰生地をトートバッグやスリッパなどにしています。毎シーズンではなく、残布が溜まってきたタイミングで出すというスタンスです。

クチュールとプレタポルテの関係性。

Photo: Getty Images

──今回のプロジェクトを通してこの分野に貢献したいと思うものは何ですか?

阿部 サカイ(SACAI)はレディ・トゥ・ウェアのブランドですので、ゴルチエからお話をいただいた時は、クチュール未経験の私に何ができるか想像がつきませんでした。

サカイ(SACAI)の物作りは、クチュールのように特定の顧客のためのデザインに焦点を当てることはありませんが、今回のプロジェクトでも大量生産もしません。なぜならクリエイティビティを一番大切にしているからです。私が普段していることと同じアプローチを取っています。私は人が着たいものを選べるように選択肢を用意するのが好き。人のスタイルを定義したいとは思っていないのです。

ゴルチエ クチュールはクリエイティビティの結晶です。1980年代、川久保玲などのデザイナーが登場し、それまでのクチュールを変えて、新しい形のプレタポルテを作り上げました。オーダーメイドではないけれど、とても上質。千登勢は普段からクチュールを作るような精神で物作りをする人なので、このアプローチならばより多くの人にリーチできるはずです。

──昨年でキャリア50周年を迎えました。ファッション業界での大きな変化を感じますか?

ゴルチエ マーケティングという存在が全てを変えてしまいましたね。だから自分自身はファッションから離れ、新しい世代に自己表現をしてもらう時が来たと判断したのです。

Text: Liam Freeman