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ジル・バイデンのドレスで一躍スターダムに! ジョナサン・コーエンが語る、コロナ禍の制作秘話。

ジョー・バイデン大統領の就任式前夜、ジル・バイデン夫人が纏ったパープルのドレスを手がけて世界中の話題を集めたのが、ジョナサン・コーエンだ。ファーストレディから一目置かれる彼は、NYを拠点にしたアップサイクルのクリエーションにも定評がある。今回は、ドレスの制作秘話やパンデミック中のビジネス展開などを振り返ってくれた。
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Jonathan Cohen Autumn/Winter 2021

2021-22年秋冬コレクションより。

2020年3月、世界中がロックダウンに入ると同時に、2020年秋冬コレクションの注文をキャンセルされるなど、ファッション界は窮地に追いやられた。ジョナサン・コーエン(JONATHAN COHEN)と共同創業者のサラ・レフも例外ではなく、新たな存続の道をすぐさま見つけなければならない状況に迫られたという。まずは製造を一旦中止し、従来のファッション・カレンダーに沿うことなく、仕事のプロセスをすべて再調整することにした。

製造ラインをキープするために、素材の供給元に近いイタリアにすべての生産を移した。これにより、配送費を削減することができるからだ。また、2019年に立ち上げたアップサイクルプログラム「THE STUDIO」では、リサイクルポリエステルを使用したアイテムをEコマースサイトで販売。さらに、ニューヨーク・ファッションウィークから2カ月後の5月上旬には、1年ぶりのコレクションとなる2021年秋冬コレクションを発表し、その一部はすぐに販売を開始した。今後は、独自のスケジュールでコレクションを発表する予定だという

コーエンとレフの速やかな対応は、不安定な時代を生きてきた2人の経験によるところが大きい。35歳のコーエンは、メキシコシティ出身のサンディエゴ育ち。33歳のレフはアトランタ出身。自分のブランドを設立することを夢見ていた2人は、NYのパーソンズ・スクール・オブ・デザインで出会う。卒業を迎えた2009年は、世界中が金融危機に陥っていた時期だ。その後彼らは2011年にブランドをローンチすることができた。当時のことをコーエンは次のように振り返る。「私が得意とする明るい色使いやフローラル柄は、“ダークな色に染まっていた”市場とは全く正反対でした。当時はもっとモノクロのデザインを増やしたり、スウェットを手がけたりと色々思考錯誤したけれど、私たちの明るさに満ちたデザインは今、かつてないほど重要なものだと気づいたんです」

ブランドの未来を大きく変えた、ジル・バイデンとの出会い。

ジョー・バイデン大統領の就任式の前夜に、パープルのルックに身を包んだジル・バイデン。 Photo: Demetrius Freeman/The Washington Post via Getty Images

彼らのヴィジョンに関心を示したのが、アメリカ合衆国の新たなファーストレディ、ジル・バイデンだ。今年1月の大統領就任式の前夜、彼女はコーエンがデザインしたパープルのコートとドレスに身を包み、マスクとグローブを合わせた姿を披露した。

「ジルは、ファーストレディのイメージを変えようとしています。博士号を持つ教師であり、インタビューではどうやって離婚を乗り越えたかという自身の体験談を堂々と語ります。それは、離婚に対して恐れを抱いたり、恥ずかしいことだと思っている現代女性にとっては力強いメッセージになるでしょう。今回当然ながら、パンデミックのせいで彼女とのフィッティングができませんでしたから、トルソーを使って作業しました。とても大変でしたが、彼女の写真を見ながら仕上げるのがとても楽しかったです」

アップサイクル術でパンデミックを乗り越えて。

2021-22年秋冬コレクションより。

コーエンとレフは、パンデミックを機に、「OUR FLOWER SHOP」を立ち上げた。花束の売上の30%を、家庭内暴力の撲滅に取り組む「FUTURES WITHOUT VIOLENCE(暴力のない未来)」などの団体へ寄付した。また、ブラック・ライヴズ・マター運動の際は、ジョージ・フロイド・アレンジメントという花束を発売し、売り上げの100%を「THE BAIL PROJECT(保釈金プロジェクト)」へ寄付したという。

「このOUR FLOWER SHOPがきっかけで、TIDAL NEW YORKとのコラボが実現しました。トウゴマエキスを原料としたビーチサンダルを製造する会社です。生分解が可能で、製造の際は素材をカットするのではなく型に入れて作るため、端切れなど無駄な部分が出ません。ステーショナリーではDEMPSEY & CARROLL、マスクではSTUDIO ANTONY VALLONともコラボしました。ちなみに、ジルのドレスを含む私たちのオートクチュールコレクションはすべて、STUDIO ANTONY VALLONが手がけています」とレフは語った。

2021-22年秋冬コレクションより。

彼らが2019年に設立した「THE STUDIO」は、製造プロセス、廃棄物、調達、追跡可能性について、念入りな分析を行い、2年の準備期間をかけたそうだ。アップサイクルを熟知している彼らは、2020年秋冬コレクションの製造を中断した際、倉庫に眠っている布を使って新たな作品を手がけることにした。さらに、2021-22年秋冬コレクションでは、キャロリーナ・ヘレラ(CAROLINA HERRERA)から不良在庫の生地を譲り受けている。

コーエンは次のように語った。「2021-22年秋冬のルックで特に気に入っているのは、大小異なる生地を縫い合わせてクチュールのように仕上げたブレードドレスです。過去のシーズンで残った生地だけを使って制作しました。デザインの中にタイムレスな感覚を加えることが私にとって最も重要なのです」

2021-22年秋冬コレクションより。

コーエンは、2021年秋冬コレクションで発表したコットンのシャツドレスを“生き物のガーデンパーティ”と呼んでいるそうだ。「自宅の庭をスケッチしながら、花やハチドリ、チョウ、トンボを目にして、コロナ禍において密になっているのは自然や生き物だけだと思ったんです」

また、ロックダウン中に観た映画『奇蹟の輝き』(1998)からも大きな影響を受けたという。死後の世界を油絵やアクリル絵の具で表現した映像で話題となった作品だ。「ロビン・ウィリアムス演じる主人公は、死後に妻の描くモネのような絵画のなかで生き続けます。絵画の花に触れると、花はぼやけてしまう。このシーンからインスピレーションを受けて、フローラル柄にぼかし効果を加えました。ダルメシアンが登場するシーンを見て、ダルメシアンのような模様も取り入れました」

ファーストレディとの出会いによって一躍話題のデザイナーとなったコーエンだが、自身の創作意欲とサステナブルなクリエーションと真摯に向き合い、新たなステップへと歩みを進めているようだ。

Text: Liam Freeman