FASHION / TREND & STORY

「どんなに孤独になり得るのか、知る由もなかった」──人気アーティスト、キャンベル・アディの葛藤【Tairaの臨床モデル学 vol.9(前編)】

モデルのTairaが綴る不定期連載コラムの「対談シリーズ」。第四弾は、ビヨンセやナオミ・キャンベルといったアイコンたちを撮影し、世界の名だたる雑誌からもラブコールがやまないキャンベル・アディをゲストに迎える。前編では、29歳の彼がアーティストとして直面する苦悩や、ワークライフバランス、そして就職を見据えた学科選びまでを聞く。

Taira(以下T) まず初めに、キャンベルさんがなさっていることに関して、自己紹介も兼ねてご自身のお言葉でご紹介していただけますか?

Campbell Addy(以下C) 英国のロンドンを拠点にアーティストとして活動しているキャンベル・アディです。南ロンドンで生まれ育ちました。現在は、制作活動にメインで使用しているメディアフォーマットが写真なので、私を“フォトグラファー”として知ってくれている方が多いと思います。でも、自分では、多様なメディアを使って表現をする“ビジュアルアーティスト”であると捉えています。だから将来的には、みんなからも“ビジュアルアーティスト”としてキャンベル・アディを認知してもらえるようになりたい。そのためにも、これからは絵を描いたり、動画制作をしたり、より多様な形で自分を表現していきたいと考えています。

「満足することは停滞すること」

フォトグラファーとしての活躍も目覚ましいアーティストのキャンベル・アディ。Photo: Christian Cassiel /Courtesy of Campbell Addy

T 2022年6月に晴れて出版されたフォトブック『Feeling Seen(原題)』にも、ポエムや写真以外のフォーマットを用いた素敵な作品が収められていて、キャンベルさんの創造性と世界観に改めて感銘を受けました。最近ではロンドンにある現代美術専門の美術館、サーチ・ギャラリーで展示もされていますね。ご自身の芸術活動を通して、達成感や満足感を感じるのはどんなときなのでしょうか。

C 実は、自分はアーティストとして、これまでもこれからも自分のやっていることに完全に満足をすることはないだろうと考えています。人間は成長をする生き物であって、誰しもが継続的に進化を続けていく。満足するということは自分にとって停滞することも意味します。満足をしていない状態は自分をプッシュし続ける原動力にもなるし、満足をしていないからこそ、より一層高みを目指して精進していくことができる。例えば実際に、『Feeling Seen』の中でセレクトしている写真の内にも、今の自分にはあまり好ましく映らない作品も含まれています。当時の自分は、照明の当て方であったり、写真の現像に関する知識であったり、写真における重要なスキルをまだちゃんと習得していない状態だったので、現在の自分のスタンダードでは満足のいかない仕上がりなんですよね。ただ、強いて言えば、そうやって過去の自分の粗に気づいて、自分が確実に成長していると実感できたときに達成感を感じていると言えるかもしれません。

T おっしゃること、すごくわかる気がします。きっと私たちは誰しもが、この先どんなに歳を重ねても、自分の知らないことや理解しがたいことに常に巡り合い続けていくんですよね。もしその過程で、自身が営んでいることに100%満足してしまったら、そこで思考停止の状態に陥ってしまうんじゃないかなとは個人的にも感じていました。

C はい。現状に満足してしまうことは、間接的にその人から努力する姿勢を取り去ってしまうことにも繋がり得ると思います。ただ、きっとそれが、我々人間が人間であることの素晴らしさなんじゃないかな、とも感じます。だから自分は自分がやっていることに満足したいと思わないし、むしろ課題に突き当たったり、葛藤と対峙していきたい。自分にとって芸術とは、物事を記録したり、問題を提起するためにあるものだと捉えています。だから、この先もし自分が自分のやっていることに完全に満足してしまって、挑戦をすることがなくなってしまったら、芸術活動ができなくなってしまうんじゃないかなとも思います。

T 確かにそうかもしれませんね。課題や葛藤を乗り越えることで、また一回り成長できますしね。課題や葛藤といえば、キャンベルさんはアーティスト活動をする中で、これまでさまざまな苦難にも遭遇してきたのではないかなと想像しますが......ご自身の活動の中で、特にチャレンジングだなと思うことはありますか?

「ひとりでいるのに耐えられなくなる」

Instagram content

This content can also be viewed on the site it originates from.

C 私にはリアという幼馴染がいて、彼女も現在アーティストとして活動しているんですね。小さい頃からお互いに、「大きくなったらアーティストになろう」と、ずっと夢見ていました。でもその頃の私たちは、アーティストとして生きることがどんなに孤独になり得るのか、知る由もなかった。もちろん今の自分には、実際にスタジオに出向いてチームと撮影をしたり、デザイナーや雑誌のエディターたちと言葉を交わす機会もあります。でもそこに至るまでは、絵を描いたり、ムードボードを作ったり、ひたすらひとりだけでの作業が続く。映画を観てリサーチをしたり、ひとりで美術館にいくことも多いです。アーティストにはとても孤立した活動も多く、最近よくリアともそこからくる辛さについて共有したりしています。だから、自分にとってはそれが一番チャレンジングな部分かなと。

T なるほど.......。世間ではあまり知られていない葛藤や孤独は、ご自身がアーティストとして活動されているからこそ直面されている現実であるかもしれませんね。

C そうなんです。そんな自分はアーティスト活動を続ける中で、やっぱり時々ひとりでいるのに耐えられなくなることがあります。でもその一方で、そういった辛さは自分が“アーティスト”として生計を立てている上で払っている犠牲だとも捉えているんです。というのも、この世の中で一生懸命に働いている人はみんな、どんな職種に関わらず、何かしらの犠牲を払っていると思うから。自分の場合はその犠牲が、「孤独と闘うこと」。例えばこれまでも、仕事のために、プロムであったり、友人のウェディングであったり、多くのイベントへの出席を諦めてきました。ここ8年で休暇をとったのはたった2回。すごく忙しくしていましたので。けれども同時に、そうした忙しない生活は、自分で選択した生き方だとも言えるわけです。寂しい人生だと思われるかもしれませんが、今は自分が創り上げて来た作品群を見返した時に、そういった“犠牲”を払ってきた価値があると思えているので......でもやっぱり、自分を完全に納得させるには難しい部分もあります。

T うーん...ワークライフバランスは本当に難しいですよね。ファッション業界は土壇場でプロジェクトが進むことが多いので、自分の目先のスケジュールを読むことすら難しく、それがホリデー休暇を取るとなると、そのタイミングを決断するのが非常にトリッキーですよね......。少し話が戻ってしまうかもしれませんが、先ほどキャンベルさんはリサーチの一環として映画を見たり、美術館を訪れたりするとおっしゃっていましたね。ここで改めて、キャンベルさんのインスピレーションの源についてお聞かせいただけますか?

“リアルに体感する”に優るものはない

Instagram content

This content can also be viewed on the site it originates from.

C そうですね。もちろん本を読んだりすることも大切ですが、自分にとっては、“リアルの世界”でその場に実際に居合わせることが、本当に大事なインスピレーションの源になっていると感じます。例えば、とある有名な画家の作品について学びたいとしましょう。手っ取り早い手段として、本屋さんやオンライン上で、その画家の作品集を引っ張り出してきて、彼/彼女の作品について知ることは出来ます。ところが、それはやっぱり生で作品を見る時とは、まったく異なった体験になるんですよね。実際に原物の作品に対峙することで初めて、その作品のスケール感であったり、匂いであったり、より細かい部分まで鑑賞することができます。もちろん、時には自分もオンラインでリサーチをすることもありますが、自分の作品のアウトカムにはリアルの世界で実際に見たり、経験することが何よりも大きな影響を与えています。

T ますますデジタル化が進んで、オンラインでの活動に比重が置かれがちな今の世の中、私自身も利便性といった観点から、オフラインで見聞きする情報よりも、オンラインで得る情報につい頼りがちになってしまっているかも......。

スクリーンに囚われることの弊害

Instagram content

This content can also be viewed on the site it originates from.

C 正直なところ、現在のそうした社会の流れに対して少し懸念を覚えることもあります。自分はまだ29歳ですが、自分と2、3歳だけ歳が離れた職場の後輩と比較しても、お互いの人生経験には大きな違いがあると感じます。自分が学生の時は、クラブに行ったり、ライブや展示会に出掛けたり、友達の家で料理をしたり、本当にさまざまなアクティビティをオフラインで体感することで毎日を楽しんでいました。ただ散歩したり、公園に行ったりとか、そうした人生のかけがえのない経験というのは、スクリーンを眺めることでは味わえないと思うんです。人類がますますスクリーンに囚われていると感じられる今日、次世代の子どもたちはそうした人生のかけがえのない美しさを、どの様に享受していくことができるのだろうって。

T うーん......。コロナ禍を経た今の世界では、より一層そうした“コンタクトレス”なアクティビティに比重が傾いている様に感じられますしね。それこそパンデミックの影響でロンドンがロックダウン下に置かれていた時、リアルな世界での活動に大きな制約がかけられていましたが、あの頃のキャンベルさんは作品作りなどにおいてどのように対応していらしたんですか?

C あの時期は本当に大変でしたね。すごくストレスフルな毎日だったことを覚えています。行政上の規制で、皆が家の中にこもらざるを得なかったけれど、自分は自然や外の空気が無いとダメな人間なので。オンラインでのミーティングをすることすらキツかったですね。あの当時は、沢山の人がそうしたサービスを利用して友達と“宅飲み”などを楽しんでいたように思いますが、私はそういったオンラインでのソーシャルアクティビティに参加することで、逆に落ちこんでしまっていました。自分の愛する人たちと実際に会うことはできないのだという現実がより顕著に突きつけられて、余計に悲しくなったんです。だから、公園に散歩に行ったりすることで気を紛らわしていましたが、そうした毎日の中ではどうしても作品を作る意欲が湧いてこなかったんです。それこそロックダウン初期は、「こんなに長い期間休めるぞ」ってポジティブに捉えていましたが、一向に製作活動へのアイデアが生まれてこなくて焦りました。アーティストとしての自分はもう終わりなのではないかとさえ考えました。結局は「何かを無理矢理生み出すのは間違ったアプローチだ。焦る必要はないんだ」と自分に言い聞かせながら、自分なりのペースで乗り越えたのですが。

T そうだったんですね。あの時期のことは、今思い返してもすごく特異な期間だったと感じます。まさに歴史的な出来事でしたね……。少し話題は変わりますが、もともとファインアートに強い関心を持っていたとか。ロンドンのセントラル セント マーチンズCENTRAL SAINT MARTINS)のファッション・コミュニケーション学科で大学の学士を取得されていますが、なぜそこを志望するに至ったのでしょうか? ファッションではなく、ファインアートのコースで学ぶことも視野に入れていたのですか?

キャンベルが学んだロンドンのセントラル セント マーチンズのキャンバス。Photo:  Loop Images/Universal Images Group via Getty Images

Ricky Leaver/LOOP IMAGES

C Aレベル(イギリス特有の教育システムで、University入学前の学生たちがCollegeで興味のある学科を選択して学ぶ期間)では、フォトグラフィー、ファインアート、メディア学を同時専攻していました。ただ、将来は画家になるだろうと考えていたのですが、そのために重要なファインアートの分野で、自分史上最悪の成績をとってしまったんです。まだ自制心に欠けている時期でしたから、週に数回だけ通学すればいいというような学科よりも、要求されることが厳しいコースに入学したいという思いもありましたし、各コースの就職率もチェックしました。というのも、私は金銭的に恵まれていない家庭で育ったので、「卒業後にお金を稼げること」を進学先を選ぶ決定打として考えていたんです。就職率といっても、具体的な就職先などは全く気にしていませんでした。どんな職種でもいいから、とにかく卒業した後に、手に職をつけなければならないと考えていました。最終的に、そういった自分の要望を最も満たしていたコースがファッション・コミュニケーションだったんです。でもこれがすごく難関なコースで、当時は毎年20名ほどしか合格していませんでした。

T セントラル セント マーチンズは世界屈指のファッションスクールとして有名ですし、毎年世界中からたくさんの人が応募してくるでしょうから、本当にすごく狭き門ですね。

C そうなんです。当時通っていた学校の教員達からも、「絶対に受からないだろう」と言われていたんですよね(笑)。でも今思うと、そんな風に言われてよかったなとも思うんです。自分は誰かに「絶対にできない」と言われると、逆に燃えるタイプなので(笑)。結果的に、そうした逆境を糧に受験に挑んだ訳ですが、自分が通っていた学校からセントラル セント マーチンズに合格できたのは、自分一人だけだったんです。

T すごい、さすがですね!

※後編へ続く

Text: Taira Editor: Yaka Matsumoto