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現代の日本映画界を彩る3人の監督──オスカー受賞、濱口竜介監督と並ぶ気鋭たち。(Toru Mitani)

濱口竜介監督作『ドライブ・マイ・カー』が、第94回「アカデミー賞」の国際長編映画賞を受賞。同枠での日本人の受賞は、滝田洋二郎監督作『おくりびと』(2008)以来の快挙だ。そこで注目したいのは、“もろく、力強い”現代を生きる人間の本質を捉えた作品を生み出す、日本人監督たち。すでに世界的評価を受けているが、さらに世界中で評価をされるべき3人を個人的視点でフィーチャーする。

日常に潜む狂気と孤独と、あたえられる隙間──深田晃司監督。

映画『淵に立つ』 監督・脚本:深田晃司  Blu-ray&DVD 発売中 発売元:バップ  © 2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS

2020年、新型コロナウイルスの影響により、全国のミニシアターが閉鎖に追い込まれていく中、濱口竜介監督とともに深田晃司監督は「ミニシアター・エイド基金」を発足。この記事を読んだ時、その行動力と「映画の火を絶やしてはならない」という強い意志を感じ、心底感動した。助成金に乏しく、年々困窮していく日本映画界。深田監督自身も資金面で苦悩をしながら映画を作り続けていることを知り、その上でこうやって世界基準の作品を生み出し続けるとは、ものすごいパッションだと驚いた。

映画『よこがお』より。 © Film Movement /Courtesy Everett Collection

『さようなら』(2015)は「マドリッド国際映画祭」のディアス・デ・シネ最優秀作品賞を受賞。『淵に立つ』(2016)は20カ国以上で作品が公開され、第69回「カンヌ国際映画祭」ある視点部門の審査員賞を受賞した。中でも『淵に立つ』は、圧倒的な孤独と切迫感が描かれており、そのタイトル通り観客は終焉に向けて“本当に”淵に立たされる。自分自身は度肝を抜かれ、3、4日は作品の“ノワール”に浸ってしまったほどだ。今作はとある家族の崩壊のストーリー。日本の家族形式を追求しているがゆえ、強烈な個々の孤立が際立つ。囚われていた何かから解放される(と僕は受け取った)『よこがお』(2019)も、かなりショッキングな作品だ。場面に説明が少なく、余白が多いのも特徴。その余白に観客それぞれのイマジネーションが挟み込まれていく。つまり「突き放すような物語であっても、観客と手を取り合うような仕掛け」だとも受け取れる。また、本音が読めない、読みづらい日本人の心理描写は海外の人にとっては新鮮かつ狂気。そういった意味でも、今後の作品もさらにグローバルに注目されるのでは、と思う。

“つじつまの合わなさ”を巧みに描く──西川美和監督。

ブルーレイ『永い言い訳』 発売・販売元:バンダイナムコアーツ  © 2016「永い言い訳」製作委員会

『ゆれる』(2006)が第59回「カンヌ国際映画祭」の監督週間に正式出品されて以来、国内はもちろん海外からの評価も高く、『すばらしき世界』(2020)では第56回「シカゴ国際映画祭」で最優秀演技賞、観客賞の2冠に輝き、先日の「日本アカデミー賞」作品賞にノミネートされたことも記憶に新しい。西川美和監督は、人間の“つじつまの合わなさ”をとことん掘り下げ、誰もが持つ矛盾やあいまいな感情に一筋の答えをあたえてくれる──そんな芸術家だ。また、オリジナルの脚本にこだわることでも知られ、本木雅弘主演作『永い言い訳』(2016)では、原作が直木賞候補にもなった。

映画『ゆれる』より。 ©︎ Bandai Visual/courtesy Everett Collection

破綻した兄弟の間に浮かぶわずかな絆を捉えた『ゆれる』を観た時の衝撃は今も胸に刻まれているし、元犯罪者が世の中と握手をするかのようにつながっていく『すばらしき世界』のラストシーンは心をえぐられつつも、とてつもなく美しい景色だったことを覚えている。西川監督の作品を鑑賞していると、具現化できない自らの感情と向き合うことができたり、その時その時に世の中が抱えている痛みのようなものに気づくことができるのだ。そして、嘘なく痛みを突きつけられるからこそ、温かい。以前も別の記事で触れたが、以前、インタビューをさせていただいた際に彼女が言っていた。「家族とか、恋人同士とかそういうのだけが愛じゃないですよね。ふとした人と人とのつながりには、たしかに愛は存在する」。つじつまの合わなさ、矛盾の内側に収められた“愛”。その力加減が、本当にたまらない。

不条理な世界にともる、光──橋口亮輔監督。

映画『ハッシュ!』より。 ©Columbia Pictures/Courtesy Everett Collection

長編作品は5本。その5本の濃縮度はすごい。ただし、気負っていない。ここまで押し付けがましさがなく、「生きる」というテーマにとことんフォーカスできる監督はなかなかいないと思う。ひと組のゲイカップルと孤独を抱えたひとりの女性の物語『ハッシュ!』(2001)は第54回「カンヌ国際映画祭」で喝采され、50カ国を超える国で作品が上映されるという快挙を成した。2010年代後半に入り同性愛者を主軸とした作品が急増してきたが、とある映画監督の「『ハッシュ!』ほど嘘がなく、リアルにゲイを描いた日本作品はない。それ以降の作品は、どこか不自然さを感じてしまう」という意見を聞くと、深く頷かないわけにはいかない。人間の不器用さ、可愛らしさ、愛くるしさ、そして誰もが内側に秘めている“強さ”をドキュメンタリータッチに描く、という意味では『ハッシュ!』はLGBTQ作品の枠には留まらない。

映画『恋人たち』より。 © 松竹ブロードキャスティング=アーク・フィルムズ

約10年間のとある夫婦の姿を、したたり落ちる雫のように描写する『ぐるりのこと。』(2008)は、国内での高い評価が集まる。深い深い闇へと潜っていく妻と、それを見守るように愛する夫。相手を思いやる姿や傷ついていく過程がまるでノンフィクションのような真実味を帯びている。現段階での最新作『恋人たち』(2015)もしかり。社会と人に傷ついたり窮屈さ覚える3人の男女が、それぞれの世界でもがきながらも呼吸をする姿に、やさしくやさしく鼓舞される。さらに、橋口監督のワークショップに参加した当時の無名の俳優たちがメインキャスト。そのためか、妙なリアリティが湧き、シニカルな笑いがさりげなく散りばめられ、喜怒哀楽すべての感情を網羅されていく。鑑賞後、スクリーンを前にして座席から立つことができない。エンドロールで咀嚼し始め、物語が終わった瞬間に涙が止まらなくなる。そんな稀な体験をさせてくれた。インタビューや書籍『まっすぐ』を読んでいくと、監督自身もさまざまな出来事で世の中に傷ついてきたことがわかる。でも、それでも立ち上がり映画を作る。その情熱が押し付けがましくなく投影されており、「それでも、生きる」というシンプルなメッセージが温かくゆったりと胸に届く。橋口監督が生み出す作品には、そんなメッセージがある。日本人だけではなく、世界中の人に届いて欲しい。

映画『ドライブ・マイ・カー』より。 ©︎ 2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

──濱口竜介監督が『ドライブ・マイ・カー』でとことん掘り下げた、“わからない”という感覚。普段、無意識に発する言葉が余分な情報にまみれている事実。そのコミュニケーションの繊細さを伝える技術と演出。それに代表されるように、この3人の監督たちも、独自の方法で繊細さを追求している気がする。その術は、とても日本人的だと個人的に思う。アメリカの商業性でもなく、フランスの作家性でもなく、日本は日本人らしさでさらに強烈な個性を発揮して欲しい! ただのいち映画好きの一人として、そう思ったアカデミー賞授賞式、3月28日だった。

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