〈インタビューの前に〉
昨年4月に発令された、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言中に、静まりかえった青山の街で閉じられたコム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)の店の前をタクシーで通りかかったとき、「川久保さんは今日も働いているのかな」と唐突に思いを馳せました。「きっと働いているに違いない」という確信があったからです。そう思うと、なぜかほっとする気持ちが突然湧き起こりました。すべてが変わってしまったように見える世界の中で、変わらないものがある、という心の拠り所を見つけたような気がしたからです。世界は変わるかもしれない、でもとにかく、私も今できることをしよう、と。
いつもならパリのファッションウィークからちょうど帰ってくる頃の10月初旬、コム デ ギャルソンが東京で2021年春夏コレクションのショーを開催しました。世界的に見てもリアルなショーを実施するブランドが少なかった今シーズン、「人が服を着た姿を直に見せる」ことにあくまでこだわったデザイナーの川久保玲さんは、珍しく多くの新聞やテレビの取材に応えて姿を見せ、私はそこに川久保さんのある「決意」を感じていました。しかし、それらの短い言葉だけでは表現できない何かをもっと聞きたいと思い、今回のインタビューに応じていただきました。クリエイションにもビジネスにとっても「困難な状況」の中での取材なので、語る内容も難しいものになるだろうと予想していましたが、それに反して川久保さんの雰囲気と語り口は柔らかなものでした。この不自由な状況で抱く迷いや答えの出ない思考の難しさを、予測できなかったほどに率直に語る言葉とともに。
川久保さんは「正直」な方です。それは、以前から感じていました。自分に「正直」でなければ、「本当の服作り」はできないからだと思います。目の前のことを「誤魔化して」いては新しいものは生まれません。川久保さんの「強い言葉」は人々を鼓舞しますが、ときに「強い言葉」だけでは解決しない壁があることも認める複雑で奥深い「正直」さが、やっぱり「強い服」を生むということ。それを、今回の対話が私に教えてくれました。
川久保玲(以下K):今日はラフな形での取材ですね。テーマは何でしたでしょうか。
渡辺三津子(以下W):今日のテーマは新型コロナウイルスが世界的に拡大を続ける状況の中で、川久保さんがお考えになっていることや、コム デ ギャルソンが目指す新たな方向性をおうかがいできたらと思っています。
K:特にもうありません(笑)。申し訳ないけれど。
W:2021年春夏コレクションのショー発表の前後では、複数のテレビや新聞の取材に応じていらっしゃいましたね、とても珍しいことのように感じました。
K:新聞取材は前々から依頼され決まっていたものですが、偶然それがこのコロナ禍の時期に重なって、話題になってしまったようです。
W:川久保さんがテレビに出て取材を受けるということは、私自身も、また周りも驚きを持って拝見しました。
K:いつもしないことをしましたので話題になったということでしょう。
W:今までにしなかったことをしてみよう、と決断なさったのですか?
K:状況が状況ですし、少しは今、思うことをお話ししようと思いました。お話しというほどでもありませんが、考えを出すときかなと思いました。それはコム デ ギャルソンのスタッフも含めてなのですが······私はいつも(自分の考えを)あえて言葉で説明しないので、たまにはしなければいけないかなと思ったのです。
W:それは、コム デ ギャルソンのスタッフへ届ける言葉でもあったんですね。取材を受けることは、ショーを東京でやると決めたのと同じくらいのタイミングだったのでしょうか?
K:テレビのお話をいただいたのはショーの直前でした。フロアショーも小さく、ほとんど身内だけのようなものでしたけれども、それでもデジタルで作らずに、リアルなショーをやる方が少なかったので、興味を持っていただいたということです。
服については、服だけを見ていただく、と考えたい。
W:今シーズンは、世界的にも実にさまざまな形でのコレクション発表が見られました。その中で、あえてリアルなショーをやったというのは······。
K:デジタルで見ていただくという方法は考えられませんでした。デジタルで見ていただくということは、また別の、映像というクリエイションが入ることになります。服については、服だけを見ていただく、というふうに考えたいと思いました。やはり(会場に)来て、そばで見るということに意味があるのです。コレクションを開催するときはいつも小さいショーです。なるべくお客様がそばで見られるように、とサイズ感も含めて今回に限らずずっと考えていることでした。今回はそれがさらに小さくなった、ということだけです。
W:実際に見られる人の数は限られていたとしても、そこに意味がある、と。
K:そうです。写真や映像で見るのと、リアルで見るのとはまったく違いますから。
W:どこが一番違うと思いますか。
K:すべてです。渡辺さんもお感じになりませんか? パリでも自分のショーが終わると、皆さんがどんなことをされているか(オンラインの)ビデオで少し拝見しますけれども、やはりあれも本物の十分の一くらいしかわからないのではないでしょうか。いいことも悪いことも、実際に見たならばその十倍は感じられるのではないかと、いつもそう思います。
W:あえて自分の世界観を表現するという目的で、映像作品を作るデザイナーも多くいました。
K:そうですね。そのやり方はあります。ただ、それは服を作るということとはまた完全に違う物作りです。いろいろと、たくさんできる方もいます。服だけでなくたくさんの表現······音を使ったり絵を描いたり、と。でも私は服しかできませんので、その一本だけです。だから映像を作って服を見せるということはできない、しない、ということです。
W:デジタルだとディテールもよくわからないし、五感のうちのある限られた部分で受け取っているような感覚にもなります。
K:フロアショーで50人、60人の方しか見ていただけないものが映像になって(世界中に)届けられることは非常に心配です。そのあたりはもう諦めるしかないですが。
W:展示会もパリでは開けませんし。
K:海外の方には、直接(今シーズンの)服を見ていただく機会はゼロです。
W:こういう事態というのは、もちろん服を作り始めてから初めてですよね。
K:そうですね。ですから服だけで見せるのです。映像を見て感激を与えるような物作りの仕方をしていないですから。でも、映像を含めて表現される他のデザイナーたちのほうが、ジャーナリストたちには効果的なのではないでしょうか。コム デ ギャルソンは、実物を見られる方は良いかもしれませんが、海外の方へはインパクトがないでしょうね。仕方ないことです。
W:そういう状況であっても、ビジネスは保っていかなくてはならない。
K:保てないですね。
W:保てないですか······。
K:作っても買う方がいらっしゃらない。買いに出られない、着る場所もない。ですから「作ります」「ストップしたらおしまいだ」などとは言ってはいますが、それを着ていただくチャンス自体がないのですから、すべてにおいて希望がない状態です、今は。
W:でも作り続けるしか道はないと。
K:そうです。しかしそれが道かどうかはわかりません。この事態が収まったときに、すぐ動けるように、そのリズムで仕事ができるように続けていけるようにしておくという準備をしなければいけません。それもあって、今までと同じサイクルで、続けています。でも、やはり気分はなかなか滅入ります。すごくエネルギッシュに仕事ができるかというと、ちょっと疑問もあります。努力、です。
W:日本国内のビジネスに関しても今までとは全然違うものになりましたか。
K:外に出てはいけない、出にくい。着る機会、着る目的だとか、着て自分を表現する場もない。そういうことです。
W:服って、着ていく場所、この人と会うからこれを着るとか、こんな気分だから自分をこう見せたい、とかそういう気持ちで着るものなのだなという当たり前のことに改めて気づきました。こういう状況になると、そんな気持ちすべてが閉ざされてしまいますね。
K:それを乗り越えてどんどん着て頑張ることができたらいいのですが。もちろん、なかなかそうはいかないでしょう。着ることで元気を出すように、と言葉では言えますが······。家でZoomなどを使って仕事する人は、そのために着替えておしゃれをして(画面に)出るのでしょうか? 画面では上半身までしか見えませんが。
W:上だけちゃんとした服を着るというのはよく言われていることですが(笑)。川久保さんも、日本からどこにも出かけずにいるのは初めての状況ですよね。
K:そうです。辛いです。渡辺さんもそうではないですか? ひと月半ごとに飛行機に乗っていたのができなくなりました。やはり動くと、何かしらいいことも悪いことも感じることができました。アンテナとでも言いましょうか。動かないことで、そういった世界が狭くなっているわけですから。
W:刺激や、外部から得られるものは少なくなります。一方で、そういうときだからこそ、自分の足もとを、日本のことを見直してみよう、という気分にもなるのかなと思います。
K:それで4月号は日本特集、ですか?(笑) でも(日本国内であっても)動けませんね。京都に行きたい、となっても動けない。
W:そうですね。観光的なことは難しいので、今回は物作りに関しての日本特集です。与えられたこの時間を、私たちの周りにある“いいもの”を見つめる機会として考えたらいいのかなと思いました。川久保さんは、昨年10月に青山の(コム デ ギャルソンの)ショップで、写真家の森山大道さんのインスタレーションを行っていましたね。
今、「少し変わったこと」にあまり価値がないようです。
K:定期的に青山のお店で何かを表現したいというのは、お店ができてからずっと続けていることです。お客様にお渡しするダイレクトメールの印刷物で取り上げた材料をさらに立体化して見せるなど、服そのものではなくても、コム デ ギャルソンが考えていることや提案を見せていきたいからです。森山さんの作品は昔から好きですし、作品に何か感じることがたくさんあります。森山さんとは前にも大阪のお店でインスタレーションをやりましたし、お付き合いは以前からありました。今回、作品を大きくして掲出すると、あらためて、とても素敵でした。やってよかったな、と自分でも思います。
W:ヴォーグでは、世界の26エディションが一同に2020年8~9月の発売号のタイミングで「HOPE」という共通テーマを発信するという試みを行いました。そのときに各エディションの編集長が、各自が考える「希望の表現」のイメージを出し合う企画があったのですが、私は、森山さんがコロナ禍の中でご自分の部屋の窓から撮った、街の夕闇の先に浮かぶ富士山の写真を挙げさせていただきました。それは、あからさまなメッセージではないけれど、人の営みの悲哀をも含めた、なんとも言えない強さや、微かな希望を感じる作品でした。
K:何気ない······何気ないわけではないのですが、これ見よがしではない。じわっ、と出るような。
W:はい、そのとおりです。何気ない、と言えば、川久保さんは前回、一年半前にお話をうかがったときに、コレクションで「なんでもないものの中の強さ」を表現したいとおっしゃっていましたね。春夏コレクションのテーマは「不協和音」でしたが、その中にも「なんでもないものの中の強さ」という考え方は引き続き込められていたのでしょうか。
K:どちらかと言えばそうです。(3年ほど前まで続けた)テクニックとして「何か服ではないもの」というやり方が抽象的になりすぎて自分でも行き詰まってしまっていました。それで、「本当の服とは何かしら」と、抽象的になりすぎた部分を修正したいという感覚があったのです。「不協和音」も、どちらかと言えば抽象的になりすぎないほうの角度から作りました。
W:それは、コロナ禍とはあまり関係はない?
K:まったく関係ないです。ただ、目に見えない部分でパワーが落ちているので、それはコロナのせいがあるかもしれませんが(笑)。考えている段階では、直接は関係ありません。
W:では、次のコレクションにはコロナの影響はあるのでしょうか。今は秋冬のメンズコレクションを仕上げる時期だと思いますが。
K:わかりません。困っているところです。そのままやっていますが、メンズも難しいです。
W:新聞のインタビューでおっしゃっていたのは、今後どんな時代になるかという質問に、「皆が無難なものを選ぶ時代になることを恐れている」と。
K:はい。具体的には、ビジネスで困ります(笑)。今、「少し変わったこと」にはあまり価値がないようです。特に女性ものがそうです。静かですね。
W:それは数年前からおっしゃっていましたね。
K:コロナに関係なくそのムードは続いているようです。
W:女性の中の「人と違うものを選ぶ」「自分を表現する」という欲求が小さくなってきている、と。
K:そういう強さで生きていた方が、自分もそうですが、年を取ってしまいました。そして、次に同じようなことを考えたり、同じ精神で生きている女性の層がポン、と抜けているのです。それはビジネスでも感じます。そういう年齢層からの需要が少ないのです。昔の人のほうが強かったようです、何につけても。
W:編集部の若い世代を見ていましても「人と違うものを着たい」というムードは少ないですね。Tシャツやデニムでも、選ぶこだわりはあるのですが。
K:人と違う生き方をする、という目的がないのでしょうね。そういう価値観がないのです。
W:「怒り」のようなものも少ないように見えますね。
K:ないからそうなるのでしょう。
W:社会に対する不満や不便をあまり感じないというか。表面上そう見えるだけなのかもしれませんが。とはいえ、それでもまだまだ日本は女性の地位が······。
K:低いのですね。私は自分であまり周りをそう感じないものですから、そういったデータを見ると「こんなにも(女性の地位が他国に比べて)下なのか」と今さら驚きます。社会では女性が大事にされているムードもありますし、不自由も昔に比べたら少ないように感じていましたが、データを見ると世界でも最下位に近い。企業のトップに女性が少ない、というような。
W:特に企業のトップと政治家に女性が少ないのは明らかです。収入の格差も大きいです。
K:そういったところにはまだ「男社会」というようなものが残っているのでしょうか。
W:それは確かだと思います。少しでも川久保さんがクリエイションで女性たちを刺激······。
K:私には何もできません(笑)。
W:直接的でなくとも、世の中の人々の気持ちを変えていきたいという思いはありますよね。
K:変えられません。諦めの境地のようなものです(笑)。今の時代は、服も自然で、楽で、綺麗であればいいという感じなのでしょう。「着にくい服なんていやだわ」という感じでは、(コム デ ギャルソンの)ビジネスは困ります(笑)。何かを込めれば着にくい部分も出てくるのです。それを良しとしていただかないと。それでも着たい、と思っていただきたいのです。作るものがダメなのかな、それは自分の責任でもあるのかなと思うこともありますけれど。今は状況が状況ですので。
W:服が含む複雑な要素というのは、ファッションに関心のある方はある程度わかっているし、川久保さんが作るものがなくてはならない、なくなっては困ります、と思っている人はたくさんいます!
K:でも、Tシャツとジーパンなのでしょう。
W:若い人は(笑)。でも、また時代は変化するものですし。
K:変わるでしょうか。
W:昔ヴィヴィアン・ウエストウッドが「現代人は、これまでの人間の歴史の中で最もだらしのない楽な服を着ている、それじゃあダメなんじゃないか」というようなことを言っていたことがあって。装うとか、服を着るということが精神的にどういう意味を持っているのかということまで深く考える意識が、どんどん薄くなっていると言いたかったのだと思います。雑誌やメディアもそういう部分にも目を向けなければと感じます。なので、今日もインタビューをさせていただいておりますが(笑)。
服の形、というよりも、空気を動かしたい。
K:先ほどの話にもなりますが、私が発表の仕方は映像などではなく服そのものでないとダメだと思うのと、雑誌もオンラインではなく本物の紙を触って読んでほしいというのは似ていますね。同じことだと思います。
W:まさにそうですね。今は、紙の雑誌の役割と、デジタルなど、紙も含めたヴォーグ・ブランド内での多様なコンテンツの総合的なバランスが大切だと感じています。コム デ ギャルソンも、川久保さんが一つの会社の中で、いろいろな役割を持たせたブランドをおつくりになっていますよね。
K:ブランド構成でしょうか。
W:はい。それは現代の状況に合ったやり方なのかなと思います。
K:一つ一つが小規模ですけれど(笑)。eショップも作りましたが、やはりリアルなお店にいらっしゃる方のほうがまだ多いです。ある意味、それは私にとっては良いことなのですが。どういう服を買うかということによっては、オンラインでもいい服と、本当にちゃんと見て、感じて、買う場所の空気も含めて体験する服とに、はっきり分かれます。私は体験できる服のほうがいいですし、リアルショップに行きたいです。触って体験して買う服の価値が、若い人にとってはだんだんと薄れていますが、その価値観を持つ人が少なくなると、いくら頑張っても先行きが見えません。
W:リアルショップの価値は絶対に残るものだと思います。
K:残るでしょうか。
W:ただ、その数とあり方が変化してくるのだろうなとは思います。
K:かなり少なくなるでしょう。
W:これから先の時代は「実際の体験が最もラグジュアリーなものになる」という予測はあります。そのラグジュアリーさというものが、どれくらい必要とされ、どれくらいの価値を生み、皆がお金を払ってでも体験したいと思えるかどうかがポイントだと思うのですけれども。
K:では、服の中身ではなく、リアルなショップに行くこと自体がラグジュアリーに? しかし、それは、写真などを見て旅行に行った気分になればいいじゃないかと言われるのと同じことです。それでも旅行は、本当に行って体験することが必要です。若い人は、比較できる機会が少ないから、実物と写真などとの価値の違いがわからないのかもしれません。
W:比較できないのは怖いですね。実物とバーチャルの両方を知って比較できるならまだ健康的ですが。
K:比較できなくなりつつあるのではないですか。······悲観的な話になってしまいました。記事にならないのではないでしょうか。どうしたらいいでしょう(笑)。
W:それでは、先ほどの青山ショップのお話に戻りますが、2020年の年末に「People of the Year」という企画で、8人のクリエイターやアスリートたちが選ばれていましたが、これは毎年続けていく企画になるのでしょうか?
K:はい、毎年です。コム デ ギャルソンだけではちょっと広がりが少ないかなと思い、雑誌(今回は『SWITCH』)と組んだ企画です。数年前にもヴォーグと(2009年にリアル店舗「MAGAZINEALIVE」を)やりましたが、雑誌と実際のお店とがリンクし合って、ビジネスにつながる面白さを思ったことがあったのです。今回も、それに近いものです。自分の中ではそれを立体的に感じるのですが。
W:選ばれた8人の方の作品なども、商品に落とし込むという。
K:最低限の作り方ですが、そうです。
W:その中に大坂なおみさんも含まれていました。大坂さんはまだ20代前半の新しい世代ですが、私たちも彼女の姿や行動から勇気をもらえますね。
K:彼女はメッセージを出していますから。
W:大坂さんもそうですが、皆さん若い世代がご自身で服作りを始めたり、ファッションに関心を持つ方がとても多い。そこは本当にファッションの強みであり、可能性のある部分だと感じることがあります。
K:まだ望みがありますね。
W:今回、このコロナ禍で、新しいクリエイションやビジネスのあり方を色々とお考えになる機会があったと思います。
K:この先のことということでしょうか? そうですね。先ほども申し上げたように、オンラインで買い物をするという流れに、どういった方法で抵抗するか。うちのあり方をどうつくったらいいのかというのは自分の中の宿題です。新しい形を、というのは具体的には持っていませんけれども、やはりカルチャーというかムード、ムーブメントがつくれて、世間をちょっとでも動かせたらいいなという思いはあります。それは理想ですけれど、今のネットを中心とした社会状況ですとなかなか難しいです。以前は、生き方で表現する人やグループがどこかにいて一つに繋がり、それがファッションの柱になって面白いものが生まれました。大きなムーブメントにもなりました。今のSNSなどでは“いいね”やバーチャルな経験で終わり、生き方の表現を実行するムードはないのでは。先ほどのヴィヴィアンの言葉もそうですが、まだネットが発達していない70年代のロンドンなどにはそれがありました。それに憧れてファッションの世界に入る人もたくさんいました。そんなムードを少しでも発信できたら······それは希望です。だから服の形がどうというよりも、もっと空気を動かしたいです。ただ、今はあまりにも静かで少しくらい動いても感じてもらえないのです。欲求があるところにその空気がつくれれば少しは噛み合うのでしょうけど。
W:社会全体がムーブメントのようなものが起きにくい時代になっているかもしれません。
K:はい。そうなると、やはりメディアと一緒に組んで何かをしないと今の時代には広がりをつくれないのではないかと思ったりもします。マガジンハウスから『アンアン』という雑誌が出た頃に、こんなページを作りたいけどテーマに合う服がないから作ってくださいというようなお話をいただき、撮影用に服を作ったりしたことがありました。逆に、こちらも良い掲載の場を得ました。そういうことからコムデ ギャルソンというものの存在の芽が出た例もあるのです。作って売る、だけではなく、そういったメディアのパワーを使いながら、お互いにギブアンドテイクのようなことができたのです。それの「今版」ができるといいなと思います。では、何が「今版」でしょうか。今はパッといったらパッと終わりの時代です。
W:大きな流れになりにくい。
K:広がってはいかないのではないでしょうか。
W:いろいろなものが分散してしまっていて。昔はもっと一つの雑誌が持つ影響力も大きかったように思います。
K:大きかったですね。雑誌がその雑誌らしい一つの「ジャンル」をつくれました。
W:そうですね。今は、それが小さく分散してしまった感じ。オンラインメディアの力が大きくなっていますが、若い人の中にはウェブすら見ない人もいます。SNS、特に今はインスタグラムで情報を得ている。ところで、川久保さんは、ヴァージル・アブローはどのように見ていますか?
K:彼についてコメントするのですか?(笑) よく知らないです。どこかで一度挨拶したことはあると思いますが。オフホワイト(OFF-WHITE)はドーバー ストリート マーケットでも扱っています。
W:なぜ彼の話を出したかというと、主に男性の話になりますが、今はヴァージルという存在が、皆が憧れるカルチャーの象徴のようになっています。彼は建築を勉強してそこからファッションの世界に行き、カニエ・ウェストのようなミュージシャンとも交流があり、そんなスタイルが現代的でクールだと。そういう構造は男性のほうにはまだ残っているのかなと思います。
K:繋がり方が上手です。彼はそれを自然にやっているのだと思いますが。私のように古い仕事の仕方をしてきた者からは、それはゼロからのクリエイションではないのです。しかしそれが今はかっこいい、と思われています。ゼロから何かを生み出そうと一生懸命なことは、かっこよくないのです。だから私も苦労しているという話はあまりしないほうがいいのです(笑)。今は、そういった繋がりや流れで仕事をしている、デザインしているということのほうが多いのではないですか?
W:川久保さんも、他ブランドと繋がるコラボレーションは行っていますよね。今年、3月にルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)の銀座並木通り店がリニューアルオープンしますが、それを記念した川久保さんとルイ・ヴィトンのコラボバッグが発売されます。2014年に「アイコンとアイコノクラスト」でコラボがありましたが、今回はそれを発展させたデザインです。多くのデザイナーやクリエイターと行ったルイ・ヴィトンのコラボレーション作品が特別なエキシビションで展示されるそうですが、商品として販売されるのは川久保さんのものだけです。初めにどのようなオファーがあったのでしょうか。
K:当初は「何を作りましょうか」というところから始まり、本当は別の型も復刻したかったのですが、納期の問題があり、こちらの型だけになりました。生産の状況もありました。
W:モノグラムはルイ・ヴィトンのシグネチャーですが、川久保さんにとってそのイメージとはどういったものなのでしょうか。
K:ルイ・ヴィトンが今のように市場を世界的に広げる前から、昔のファミリーカンパニーのイメージを持つブランドならではの物作りに特別感を抱いていました。大人のバッグ······豊かなライフスタイルを持つ人か、そうでなくてもある程度仕事を頑張った人が持つバッグ、というイメージです。昔は、今のようにあちこちで若い人が持つというものではありませんでした。ですから今回のモノグラムについては、そんな昔のイメージが強くあります。形も、昔のバッグの形が好きです。今とはまた別の「格」のようなものがありました。ただ、そう言うと今がそうでないように思われてしまうので、とても表現は難しいですが。
W:確立した物作りの象徴というか、「いいもの」としての確固たる存在感を覚える、ということですね。
K:そうです。そしてそこにパリというイメージが付帯します。
W:今回の商品で言えば、そのようなものに穴を開けるというデザインとは、どういったインスピレーションがあったのでしょうか。
K:(発表された2014年)当時は、昔のクラシックな伝統的なイメージを少し壊してみようという気分でした。穴の開いたバッグは使いづらいでしょうけれど。
W:でも中に1つ袋を入れれば。
K:面倒でしょう(笑)。
W:でも、楽なことだけをファッションにしちゃいけない、と先ほど川久保さんが(笑)。
K:そうです(笑)。
W:川久保さんがニューヨークマガジンのインタビューでお話しになったことも聞いてみたいと思います。「ここ何年かのファッション界において──翻訳としては『拝金主義』となっていたのですが······その拝金主義の流れを、今一度見直すべきときが来ているのではないか」とおっしゃっていました。
K:すべてが計算で成立する、すべてを結果で評価するということについての話でした。たとえば「売れるからよい」というようなことです。今、すべてがそうではないですか? お金に換算できることや、大きくお金になることが評価され、結果的にそれだけになりつつあります。コツコツと仕事をしていて、ちょっとでも何か強い良いものを作っても「それはお金にならないから」と切り捨てられてしまうということでしょうか。雑誌の仕事をしている渡辺さんには言いづらいですが、雑誌も広告がないと成り立たない。どんどん広告の世界が大きくなって、それに動かされていくということも含めて、そのように答えたのだと思います。雑誌にはこういった話は書きにくいでしょうか。書きにくいことばかりです(笑)。
W:大丈夫です(笑)。数字で測られることの評価が大きく扱われすぎているということですね。確かに「マーケティングでものを作る」ということの幅が、ファッション界でも進んでいるとは感じます。
K:コム デ ギャルソンでも生産会議というものをやりますが、そこで「これは去年売れたから」という話になると、私は怒るのです。すべて実績で仕事をしていく······それもつまり数字です。そうすると先が見えません。去年売れたから今年も売れる、というような単純な仕事の仕方ではないのです。「売れなくても価値がある」「売れないけれども必要だから作りましょう」という発言はだんだん少なくなっています。それはいけない。バランスです。売れるものも作りますが、そうでないものにも目を向けなければいけない。ニューヨークマガジンのインタビューでもそう言いたかったのだと思います。
W:川久保さんは、経営者でもあり、ご自身がものを作る立場でもいらっしゃるから、そういった考え方ができるのだと思います。
K:先を読めるかどうかです。投資の視点からは、開発も必要です。現状だけがすべてではありません。国もそうですが。
W:そうですね。数字重視という傾向は、ファッションという産業自体がこの20年くらいで大きくなったからだとも感じます。
K:大きくなったのですか? 安くて楽なものがたくさん売れる、流れているから大きく見えるのでしょうか。
環境に配慮している、それだけで満足するのは何かが違う。
W:ここ2~3年くらいで、ファッション産業の社会的責任に注目が集まってきています。それも、ファッション産業が成長し、社会的影響力が大きくなった表れだと感じます。私たちがファッションの記事を作るときも、そのような問題についてどう考えるのかという私たちの方針やメディアとしての役割が問われるようになりました。
K:その考え方は必要だし、正しいです。しかし、だからこれはいけない、あれもいけないというムードには疑問があります。今は、なんとなくそういうムードがあり、クリエイションの幅、深さも小さくなりがちです。ファッションとは「現状に疑問を持つ」ものかもしれません。その精神の面白さ、ファッションのスピリットはそこにあると思います。真面目に、言われたとおりに、疑問に思わず「言われること」に沿っていくというのでは、つまらない世の中、つまらないファッションになるのです。「良いこと」を掲げるブランドだけがかっこいいというムードも、ちょっと私は違うと思います。
W:「正しさ」を相対化して見る視点はいつも必要だと思います。
K:だから、普通の服でよくなってしまうのでしょう。自然に悪い影響を与えないものを着ている、ということだけで満足してしまうのは何かが違うと思うのですが、それは説明しづらいです。ずっとその思いを抱えています。
W:それはファッションの本質に関わることでもありますね。無難な言葉になってしまいますが、バランスが大切だと思います。極端に自然破壊をしていない服であれば、それだけでファッションとして価値があると言えるのか? とか。
K:完全にいい方法などありません。難しいです。難しいけれど、表面的な言葉に乗るだけで社会が流れている、流されていくのはどうなのでしょうか。
W:コム デ ギャルソンは、過去の素材も捨てずに再利用しているという話も聞いたのですが。服をカバーするガーメントケースも生分解性のプラスチック素材を使っていますね。
K:1~2年前のものは、素材として使うことがあります。最近はお店でも、前のシーズンのものもうまくミックスしながら売ったりしています。自分なりの考えの範疇で、無駄、その他、自然環境の問題も含めて、自分なりには実行したりはしています。ただ、それを会社のテーマやコンセプトにして仕事をするつもりはありません。
W:それはまた違う話ですね。
K:はい。
W:人々が一番求めているのは、川久保さんのクリエイションというものでしょうし。
K:そんなことはありません(笑)。
W:そんなことない世の中はちょっと嫌です。
K:この取材を記事にするのは難しいでしょう(笑)。
W:強いものを表現し、発信する女性たちがもっと増えたらいいと思いますか。
K:そう思います。いつまでもこのまま変わらないのはいけません。石岡瑛子さん(アートディレクター)や緒方貞子さん(国連難民高等弁務官)のような方が何人もいたら、と思います。ファッションとはジャンルは違いますが。ヴォーグでも、そういった方の特集を作られていましたね。最近はないのですか?
W:最近は、若い世代にも知ってもらいたい、という視点で記事を作ることもあります。何かをきっかけに「強くてかっこいい女の人がいたんだな」と、知ることはあるはずです。SNSなどの情報は、あふれているようで実は偏っているという面もありますので。それとは逆の話ですが、コム デ ギャルソンもインスタグラムなどを活用してみたら、とも同時に思ったりもします······。ところで、3月の秋冬コレクションもまだパリに行くのは難しいですね。パリはやはり、川久保さんにとって、クリエイションとビジネスのために欠かせない場所という位置付けでしょうか。
K:今のところはそうです。皆さんパリに集まりますから。
W:実際に人と人とが会って、服を触ってみて、ということがないと。
K:そう信じたいですけれど。
W:それは絶対そうだと思います。服は、肌に直接触れて着るものですから。バーチャルなものだけでは成立しないと思います。
K:若い人もそう思って早くお店に来てほしいです。
W:そうですね。今日はありがとうございました。
K:渡辺さんも頑張ってくださいね。
W:私も、次のコレクションを楽しみにしています。
〈インタビュー後記〉
この日、私は数年前に購入したコムデギャルソン コムデギャルソンのお気に入りの丸襟のワンピースドレスを着て取材に向かいました。久しぶりに川久保さんにお会いするために、前日からいろいろ考えて、最後は直感的に選んだ服でした。「とてもお似合いで、うれしかったです」という川久保さんからのコメントを、後日PRの方から伝え聞いたとき、私こそ何にも増してうれしかったのは言うまでもありません。自分らしく、しかも人とは違う服を、会う人を思いながら選ぶこと。その過程、その楽しさ、その思い、そして、それを人と共有し、気持ちが満たされ、鼓舞される感覚。しばらく遠ざかっていた、ファッションがもたらす新鮮な心の動きが蘇りました。答えは見つからない、でも「努力」。川久保さんの言葉と服は、もがくしかない不透明な“今”のなかでも、クリエイションの「正直」な強さを差し出してくれています。
Interview: Mitsuko Watanabe
