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ヴィクシーエンジェルの多様性──モデルたちの見解。【ヴィクトリアズ・シークレット2018】

ヴィクシーのショー開催に際して、ここ数年、論争の的になっているのがモデルのダイバーシティ問題だ。近年「人種の多様性」においては大きく改善されているものの、体型やジェンダーなど、まだ手付かずの領域もある。ダイバーシティの壁を乗り越え出演のチャンスを掴んだ3人のモデル、ウィニー・ハーロウケルシー・メリット、そしてダッキー・ソットが、自らの経験をもとに、その重要性を訴える。 >>ヴィクトリアズ・シークレット2018の特集はこちら。
上海で開催された2017年のヴィクシーのショーより。Photo: Getty Images

ツイッターの書き込みが、すべての始まりだった。ヴィクトリアズ・シークレット(VICTORIA'S SECRET)のショーの最終キャスティングから数日後の9月7日、モデルのケルシー・メリットは、ソーシャルメディアを通じてショーへの出演を発表した。彼女はそこに、自身がヴィクシーショーに出演する最初のフィリピン人女性となるとコメントすると、大きな反響を呼んだ。彼女の投稿が、ヴィクシーのショーにおける未解決問題──ダイバーシティについての議論を再燃させることになったからだ。

『Teen VOGUE』は昨年、ヴィクシーショーのモデルのラインナップが、これまででもっとも多様であったと報じた。事実、ランウェイを歩いたモデルのほぼ50%が、黒人やアジア人、ヒスパニック系だった。2016年は約30%、2015年は25%であったことを考えると、『Teen VOGUE』の評価ももっともだ。しかも昨年は、同ブランドにとってアジア初公演となる上海での開催だったこともあり、8人の中国人モデルたちが出演した。

ヴィクトリアズ・シークレットのキャスティング問題は、真のダイバーシティを実現できないでいるファッション業界全体の問題を浮き彫りにしているとも言える。『The Fashion Spot』は最新のダイバーシティレポートの中で、ロンドンやミラノ、パリなどの2019年春夏コレクションに登場したモデルの人種は、ファッション史上もっとも多様であったと評した。と同時に、体型や年齢、ジェンダーにおける偏りは解消されていないとも強調した。

これは、ヴィクシーのショーにおいて繰り返し指摘されてきた問題でもある。2017年、モデルのアシュリー・グラハムは、同社がプラスサイズのモデルをショーに出演させたことがないと批判。一方、トランスジェンダーのモデル、レイナ・ブルームは、ショーへの出演を目指したものの実現しなかった。

ヴィクシーのショーは、イベントに溢れたファッションカレンダーの中でも、もっとも高い注目を集める一大イベントだ。ゆえに、ダイバーシティが重要なのだ。もちろん、それを完璧に実現するのは簡単ではない。

今年のショーに出演が決定しているウィニー・ハーロウダッキー・ソットといった、ランウェイの常連である有色人種のスーパーモデル、そして、ケルシー・メリットのような発展途上国出身のモデルたちは、これまでも、ダイバーシティ向上のために声を上げてきた。ファッション業界のダイバーシティ向上を促進する上で対峙するべきこととは何か。彼女たちに訊いた。

「影響力があるからこそ、今日性を反映させるべき」──ウィニー・ハーロウ。

Photo: Jonathan Daniel Pryce

昨年、ヴィクシーのショーのキャスティングに落ちたとき、ウィニー・ハーロウは失望を隠せないでいた。

「モデルに興味を持ちはじめて以来、ヴィクシーのショーに出演することが私の目標だったの」

だからこそ、今年の再チャレンジには、いまだかつてないプレッシャーが伴った。

「とてもナーバスだった。でも、ひとたび会場に入ると、プレッシャーは興奮に変わったの」

そして、その数日後、彼女は見事に出演を勝ち取った。尋常性白斑のモデルとして、初めてヴィクトリアズ・シークレットのランウェイを歩くことができるのだ。肌のせいでタフな幼少時代を過ごしたが、彼女はそれを強い個性に変えた。

彼女の快進撃のきっかけは、2014年のアメリカズ・ネクスト・トップモデルへの出演だった。その後、フェンディ(FENDI)コーチ(COACH)マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)ジュリアン・マクドナルド(JULIEN MACDONALD)など、錚々たるブランドのランウェイを歩き、ビヨンセのビジュアルアルバム『レモネード』にも出演。さらには、世界女性サミットへの参加や、「TED x Teen」への登壇(タイトルは、「My Story Is Painted on my Body=身体にペイントされた私の物語」)など、活動家としても強い存在感を放ってきた。

すでに大きな成功を手にしている彼女が、ヴィクシーのショーにこだわるのはなぜか? 彼女はその理由を、こう教えてくれた。

「このショーがほかのショーと異なるのは、モデルの“パーソナリティ”を重視しているから。何を着るかよりも、誰が着るかが大切なの」

ヴィクシーのショーでは、初期の頃からナオミ・キャンベルやタイラ・バンクスといった黒人モデルがランウェイを歩いていたが、ウィニーは、それでは足りないと感じている。

「ヴィクシーのショーには、世界を変えてしまうくらいの影響力がある。だからこそ、そのランウェイには、今日性がしっかりと反映されているべき。私たちは、さまざまな体型や民族の美しい女性たちに囲まれた、多様な世界に生きている。多くのブランドの努力の甲斐あって、業界全体のダイバーシティが向上してきているのは喜ばしいこと。けれど、まだ完璧ではないわ。ダイバーシティが単なるトレンドではなく、スタンダードであり続けるために、努力を続けることが大切だと思う」

「言い訳は通じない。社会がそれを強く求めている」──ケルシー・メリット。

Photo: Getty Images

22歳のケルシー・メリットにとって、2018年は特別な年だ。ヴィクシーデビューを飾る年であり、海外のショーに出演するのは、これが初めてだからだ。

マニラ近郊の小さな町で生まれ育った彼女は、15歳でモデルを始めた。17歳のときに、インスタグラムを介して大手事務所にスカウトされ、大学卒業を機にニューヨークに移った。そしてほどなく、ヴィクトリアズ・シークレットのキャンペーン撮影のチャンスを得たのだ。

「キャンペーン撮影の仕事は最高だった。でも、だからといって、ショーに出演できるかどうかはわからなかった」

事実、ケルシー以前にキャンペーンに登場したフィリピン人モデルのジャニーン・タグノンが、ショーにキャスティングされることはなかった。ケルシーが渡米した当初、知り合いのフィリピン人モデルはたったの4人しかいなかった。ファッション業界における多様性の欠如は、彼女を不安にさせた。

「モデルとして働きはじめたときに思ったの。いい仕事を獲得できるのは、いつもヨーロッパ出身のモデルで、これからもずっとそうだろうって」

ヴィクシーのショーのキャスティングでは、それをこれまで以上に痛感したそうだ。15人ほどの新人枠を勝ち取ることは、彼女のような有色人種のモデルには不利に思えたからだ。しかし、3日間に及ぶ過酷なキャスティングが終わり、ついに彼女は出演オファーを受け取った。人生を変えてしまうほどの体験に、胸が高鳴ったと振り返る。

「友人に『あなたはヴィクシーのランウェイを歩く初のフィリピン人になる。つまり、ダイバーシティという問題の突破口になれる可能性を秘めているのよ!』と言われたの。確かに、時代が変わろうとしているんだと感じたわ。もはや、言い訳は通じない。社会がそれを強く求めているのだから」

「有色人種モデルにとっての、ターニングポイントをつくりたい」──ダッキー・ソット。

Photo: Getty Images

23歳のダッキー・ソットは、瞬く間にファッション界のスーパースターに上り詰めた。南スーダン難民の娘としてメルボルンで生まれ育った彼女は、2013年にオーストラリアズ・ネクスト・トップモデルで3位に入賞。その後、『Paper and Black Magazine』の論説で取り上げられ、ついにはカニエ・ウェストと出会いによって、イージー(YEEZY)の2017年春夏コレクションのランウェイを歩くチャンスを掴んだ。これを機に、彼女はカリスマ・メイクアップアーティスト、パット・マクグラスのビデオシリーズ『In the Mirror』に出演、ソーシャルメディアで大きな反響を呼ぶに至った。

バルマン(BALMAIN)モスキーノ(MOSCHINO)オスカー・デ・ラ・レンタ(OSCAR DE LA RENTA)に続き、リアーナのフェンティxプーマのランウェイを歩いた。そして、フェンティ・ビューティーのキャンペーンにも抜擢された。ティム・ウォーカーが撮影した今年のピレリ・カレンダーでは、ナオミ・キャンベルやルピタ・ニョンゴとともに無二の存在感を放ち、ロレアル・パリのアンバサダーにも就任。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

「ヴィクシーのショーが特別なのは、出演するのが難しいからよ。私自身、最初のオーディションでは失敗したし、ここまで来るのは本当に大変だった。けれどその分、ショーへの出演は特別で、大きなやりがいを感じるわ」

ダッキーは、モデルとして大活躍する傍ら、ファッション業界におけるダイバーシティ問題について声を上げてきたひとりだ。彼女は、ダイバーシティ問題はキャスティングだけの問題ではなく、遥かに大きなものだと考えている。

「ファッション業界のダイバーシティは明らかに改善しているし、その変化に参加できることをとても光栄に思う。でも、『これだけやったから、もういいでしょ?』なんてことはない。やらなければいけないことが、まだ山積している。私自身、これまでスポットライトを当ててもらえなかった人たちに、チャンスをもたらせるような仕事に取り組みたいと考えているの」

彼女は、自分がヴィクシーのショーに出演することが、「ほかの有色人種モデルにとってもターニングポイントとなれば」と期待を込める。彼女は、ビューティーやファッションが、文化を生み出す重要な要素だからこそ、世界で実際に起きていることを反映する鏡であるべきだと考えている。

「これまで影の存在だったコミュニティーに光を当て、ダイバーシティの新機軸を打ち立てることができれば、若い女性たちが自分の可能性に気づき、未来を切り開いていくきっかけをつくることができる。有色人種のモデルが活躍する姿を見て、私自身が励まされたように」

Text: Radhika Seth