FASHION / Trend&Story

ファッションの力で世界を変えよう! パイアー・モスのブランド生命を賭けた戦い。

ファッションを通じて社会問題に切り込む鋭い視点で今、注目を浴びているブランドがある。カービー・ジーン・レイモンドが手がける「パイアー・モス(PYER MOSS)」だ。マルケッサ(MARCHESA)とケイアンガー(KAY UNGER)で経験を積んだ後、2013年にブランドを立ち上げたカービーだが、かつてはキャットウォークを政治活動の場にしたことで、ブランドを失いかけたこともある。マンハッタンにある彼のスタジオで、当時の苦悩から現在に到るまでの道のりなどを聞いた。
パイアー・モス(PYER MOSS)のデザイナーであるカービー・ジーン・レイモンド。2018年11月に、CFDA/VOGUE Fashion Fundを受賞した。

カービー・ジーン・レイモンドが一躍脚光を浴びることになったのは、ブランドを創設して間もない2015年のこと。その前年に、白人警官が黒人男性を死にいたらしめた、マイケル・ブラウン射殺事件やエリック・ガーナー窒息死事件が起き、警察官の人種差別と残虐行為に抗議する動きが高まっていた。ニューヨークでも数千人規模のデモが行われ、ジーン・レイモンドも抗議運動に参加した。

彼は、限られた予算で2016年春夏コレクションのショー前に上映することにした。この12分間にわたる短編映画は、歌手のアッシャーや芸術家のケヒンデ・ウィレイといった著名なアフリカ系アメリカ人へのインタビューを通じて、警察の人種差別問題に切り込んでいく。被害者エリック・ガーナーの娘エメラルドら、警察官に命を奪われた黒人男性遺族との対話も収録している。

さらにショーでは、グラフィティアーティストのグレゴリー・シフがスプレーを用いて血を彷彿とさせるライブペイントを行い、見る者に残虐行為の凄惨さを訴えかけたのだ。

アトリエに置かれた、2019年春夏コレクション。背中に書かれた「See Us Now?(いま僕らが見える?)」という鋭くシニカルなメッセージに、思わず目が止まる。

このパイアー・モス(PYER MOSS)のショーについて、短編映画にも登場するワシントン・ポストの評論家、ロビン・ギバンが事前に記事にしてたことから、この若い無名ブランドは、コレクション前から大きな注目を集めていた。ブランドにとっては、この前評判がダメージを助長する羽目になってしまったのだが。

ショーが終了するやいなや、ジーン・レイモンドはショー会場から追い出され、ヨーロッパの取引先からの注文は途絶えた。彼は振り返る。

「36時間も経たないうちに、最大手の取引先6社が離れていったよ。残りは、合計しても2万ドル(約220万円)に満たない一時的な取引だけで、ビジネスを続けられない状態。自分の会社を失うかどうかの瀬戸際に立たされ、白人至上主義者グループから殺害予告まで受けたんだ」

ただ、これはまだ序章でしかなかった。

ランウェイにおける人種問題。

2019年春夏コレクションで有色人種の男女に向けて提案した、ヌードカラーのセットアップ。

ショーの演出に反して、2016年春夏コレクションで見せた洋服たち──カジュアルなテーラリングやバイカージャケット、シャツ、着物風のコート、黒や白、カーキ、グレーといったトラックスーツなど──はとても控えめのものだった。これが彼にとって、ウィメンズウェアのデビューコレクションでもあった。

実のところ、このショーを発表した当時、ジーン・レイモンド自身は政治的発言をかなり控えていた。なぜなら、彼は「発言する場所」、つまりファッション業界を怖れていたからだ。

「当時のファッション業界は、非常に白人主義的かつエリート主義的で、偏見で凝り固まっていた。そこには自分の居場所がないと感じていたから、声を上げることはしなかったんだ。けれど、あのショーで人種について語ったことで、ファッション業界初の殉教者になったと感じるよ」

マンハッタンのミッドタウンに構える小さな整理整頓されたスタジオで、彼はこう告白した。

精巧なビーズワークでトップに描かれたのは、黒人女性。2019年春夏コレクションより。

彼は、ファッション業界で干されることよりも自身の信念を貫き、声を上げることを決意したのだ。しかし、その代償は想像を遥かに超える大きさだった。

2016年のはじめ、事業からの撤退を望む投資家らは、商標侵害や不正競争など複数の罪状で彼を訴えた。訴訟は2017年までもつれ込み、長期にわたる法廷闘争に巻き込まれた影響で、彼は鬱になってしまった。

パニックと不安に襲わる日々で、さらに最悪なことは、すべてが公に晒されることだった。

「電車に乗れば周りの人々に気づかれた。面も割れていたし、破産をしたことも知られていて、本当に恐ろしかった」

洗練されたシンプルなデザインと大胆なイラストがミックスする2019年春夏コレクション。

ジーン・レイモンドがすべてを諦めようとしていたちょうどその時、パイアー・モスのファンであったエリカ・バドゥから、一本の電話が鳴った。何度もグラミー賞を受賞者している彼女が、なんとか苦難を乗り越えるようにと励ましてくれたのだ。エリカは、我々の電話取材でこう語ってくれた。

「ジーン・レイモンドは重要なメッセージを発信しようとしているの。彼の服であなたが幸せな気持ちになるか、怒るのか、罪の意識を感じるのか、悲しむのか、あるいは彼の言葉に同意するかどうか、それは問題ではないわ。彼は、ファッションの世界を越えたムーブメントを起こしているのだから」

そして、プロのバスケットボール選手であるドウェイン・ウェイドや、カーメロ・アンソニー、アマーレ・スタウダマイアーらからのパーソナルオーダーで得た資金を使い、新たなショーの日取りを決めることができた。

プラットフォームとしてのファッション。

2019年春夏コレクションに登場した、黒人男性が優しく子どもを抱きかかえる姿を何千ものキャビアビーズで描いた、クラフトマンシップが光るドレス。

2016年2月に発表したコレクションでは、メンタルヘルスという重いテーマを扱った。服には「ロサンゼルスにあなたの友だちはいない」、「残念だが、今日は私の悪魔が勝利した」といったダークな皮肉や感情的な言葉がプリントされていた。後者の言葉は、コレクション発表数日前に自殺した、黒人差別撤廃運動に身を投じた活動家のマーショーン・マカレルがフェイスブックに最後に投稿した言葉だった。

こうしてランウェイ上での社会的主張は、ジーン・レイモンドのシグネチャーとなった。その次の2017年春夏コレクションでは、史上最大級の巨額詐欺事件の犯人として知られるバーナード・ローレンス・マドフのような、ホワイトカラーの犯罪者と自身の抱えていた法廷闘争を結びつけ、カネの問題に切り込んだ。そして2018年秋冬コレクションでは、19世紀のアフリカ系アメリカ人カウボーイをインスピレーション源とした。

さらに昨年9月に発表した2019年春夏コレクションでは、アーティストのダーリック・アダムズが書き下ろした新作10点をデザインに組み込み、有色人種の男女に向けた作品を発表した。中でも目を引いたのは、黒人男性が優しく子どもを抱きかかえる姿を何千ものキャビアビーズで表現した、オートクチュールのようなドレスだ。彼はコレクションについて、こう説明する。

「フォーカスしたのは、黒人家族。黒人であるとはどういうことか。普通の黒人の外見とは? 黒人の日常生活は……? メディアはいつも黒人を大々的に語りたがる。並外れて素晴らしい人であるか、でなければ凶悪な人か。どちらにしても、黒人を極端な存在として扱っていて、僕はその空白を埋めたかったんだ」

アーティストのダーリック・アダムズとコラボレーションした2019年春夏コレクション。

そして2019年春夏コレクションでは、彼のコレクションは皆に温かく受け入れられ、ニューヨークコレクションのハイライトの1つとなった。アメリカ版『VOGUE』のファッション・ディレクターであるヴァージニア・スミスは、「今シーズンで一番印象的で、鳥肌が立った瞬間」と賞賛し、『The Cut』のキャシー・ホーリンは「ジャン・レイモンドの才能とは、目の前にある問題に向き合い、ウィットを込めてシンプルかつ着やすい服に表現することだ」と書いた。

その2ヵ月後に、ジーン・レイモンドは、アメリカ出身の気鋭デザイナーとしてCFDA / Vogue Fashion Fundを受賞する。CFDAのCEOであるスティーブン・コーブは、パイアー・モスについて「ブランドの明確なビジョン、そして、一貫した姿勢に支えられたジーン・レイモンドの力強いメッセージという点で、際立っていた」と評した。

こうしてパイアー・モスは、業界や社会から高い評価を獲得し、多くのセレブが支持するブランドとしても名が知られるようになった。ミシェル・オバマもその一人で、彼女は『ザ・トゥナイト・ショー』に出演した際、パイアー・モスの2018年秋冬コレクションを着用している。

だが、業界関係者や批評家からの称賛が、必ずしもビジネスの安定を保証するものではない。2017年秋冬コレクション時点でも、パイアー・モスはブランドを失う危機に瀕していた。企業からの出資という形で解決を図り、クリエイティブはジーン・レイモンドにすべて委ねるという条件で、リーボック(REEBOK)との複数年契約にこぎつけたのだった。

新たな社会問題意識。

ビーズワークで描かれた女性の鋭い視線が、黒人であることがどういうことなのか、を訴えかける。2019年春夏コレクションより。

2016年春夏コレクションから始まったジーン・レイモンドの壮絶な経験は、小規模ビジネスがポリティカルな声を発するリスクのケーススタディといえよう。大量生産や大量販売ができない若手のファッションブランドは、風向きがどれだけ良くとも、利益はそう多くない。だから、不測の事態が起これば、ジーン・レイモンドがブランドを失いかけたように、常に致命傷にもなりかねない大打撃を喰らうのだ。

しかし、2016年春夏コレクション当時と比べて、今、環境は大きく変化している。各ブランドは、顧客の社会的・政治的意見に以前よりも耳を傾けるようになり、そうすることで、多くの場合は利益に結びつけている。ナイキは、アスリートで活動家のコリン・キャパニックを起用したことで、60億ドル(約6600億円)もの時価総額増加を記録している。パイアー・モスをコラボレ―ターとして支えるというリーボックの決断もまた、この流れに少なからず影響を与えている。

ジーン・レイモンドは、リーボックからの資金で以前のパートナーを買収し、借金を返済することができた。そして現在は、CFDA / Vogue Fashion Fundの賞金40万ドル(約4400万円)を使って、より持続可能なビジネスの構築に注力している。今年2月のニューヨーク・コレクションでショーを行わないと判断したのも、そのためだ。

「僕は現実に向きあわないといけないんだ。だんだんと信頼を勝ち得てきて、今や多くの人にブランドの名を知ってもらえるようになった。けれど、その中で真の意味でのロイヤルカスタマーがどれくらい存在するのか、まだわからない。事業の拡大は、需要が供給を上回った時になされるべきで、今はまだその時ではないと思うんだ」

Text: Liam Freeman Photos: Hunter and Gatti