──オンライン配信専用の歌舞伎公演「図夢歌舞伎」はコロナ禍をきっかけに生まれたそうですね。
昨年3月に上演する予定だった演目は稽古までして中止、4月から7月まで立て続けに公演中止になりました。場がない限り何もできない。本当に役者とは無力だなぁと思いましたね。そこでまず見ていただくことを第一に、ネットで配信できる可能性を探るため、4月以降に動き出しました。実質、1カ月ないくらいで図夢歌舞伎第一弾の「忠臣蔵」を立ち上げました。
──映像で歌舞伎作品を作る際、どこにこだわりましたか。
これまで無観客での公演配信はありましたが、配信のために新たな歌舞伎作品を作るのは図夢歌舞伎が初めてです。「忠臣蔵」では、劇場でやるお芝居をいかに撮るかにこだわりました。映画やドラマなどの映像作品に多数出演してきたので、その経験が生かされたと思います。
ソーシャルディスタンスをとるため、基本一つのカメラでは一人しか映せず、会話する場面では同じセットと道具を二箇所に作って撮影し、後から合成したりもしました。僕は何役もやらせていただきましたが、それも極力役者を少なくするための工夫です。
音楽も本来は生ですが、やはり感染予防のため、先に録音したものを流して役者が合わせる形になりました。歌舞伎では生の音楽と役者との呼吸が大事にされますが、そんなことを言っていると作れませんからね。
いかなる条件でも成立させようという皆の心意気から、図夢歌舞伎は実現しました。また、劇場で見る感覚を味わっていただくために、配信時間を歌舞伎座と同じ11時開演にしたりもしました。
ありがたいことに、久々に歌舞伎を見ることができたという多くの喜びの声をいただきました。また客席から見る歌舞伎とは一味違う、この視線からはこう見えるのか!と新たな見方をお楽しみいただけたようです。
──また、配信中の図夢歌舞伎「弥次喜多」を拝見しました。歌舞伎座で上演されていた『東海道中膝栗毛』が前川知大作の現代劇『狭き門より入れ』を原作に翻案され、笑いがありながらも非常に斬新で驚きました。
どれだけ笑わせてもらえるかと期待された方が多かったでしょうが、良い意味で裏切れたようですね。(市川)猿之助さんが演出と題材の提案をされまして、「弥次喜多」をやる上であの題材が浮かぶのは、最初僕もびっくりしました。功を奏しましたね。
──歌舞伎は高尚で、足を踏み入れにくい方も多いかと思います。その点、ネットでの鑑賞は気楽で歌舞伎を見たことがない方にもお勧めしたいです。
歌舞伎座は殿堂として、ハレの装いで来ていただく、また世界中から見に来られる劇場だと思います。一方、配信はいつでも、どこでも、どこまででも、自分の都合に合わせて見ることができます。今の時代、そういう歌舞伎があっても良いのではないかと。劇場と配信での観劇は置き換えられるものではなく、それぞれの特長を生かしてやっていけたら。
もちろん生でないと味わえない魅力もたくさんあります。ではどうしたら劇場にお越しいただけるのか、生でしか味わえない魅力とは何か。もっと考えていかなければなりませんね。
──コロナ禍はまだ続いていますが、3月は歌舞伎座「三月大歌舞伎」の第三部『楼門五三桐』に出演されます。公演中止となった昨年の3月から約1年が経ち、今、舞台に立つことに対する思いをお聞かせください。
本当に幸せです。場を与えてもらえることがありがたいです。芝居する場があれば先のことを考えられますし、その分責任も感じます。
──YouTubeチャンネル「歌舞伎ましょう」は役者さんたちの意外な姿を拝見できて、楽しいですね。波乃久里子さんは、普段のお掃除のルーティンを公開されていました。
あのお掃除回はダントツの再生回数です(笑)。「歌舞伎ましょう」は僕と中村壱太郎さん、坂東彦三郎さんが言い出した企画でして。劇場が閉まって、皆さんの前に出られるのはいつだろう?と不安な頃、今の役者の顔や声を出す場があったらぜひ作りたいと、俳優協会としてYouTubeチャンネルを立ち上げました。
ただし、理事さんたちは父(松本白鸚)の世代。ネットに無縁の方も多く、そこで承認されるために自分で編集してデモを作った。それが僕が出演している隈取の回です。その後、父や先輩たちにも出ていただきました。「歌舞伎ましょう」の映像はあと5年10年経つと今以上に宝物になるでしょうね。
──ご自分で映像を編集なさるのですね。もともとPCやネットに興味はありましたか。
好きですね。昔、マイコンを親に買ってもらって、BASICというプログラムで計算するソフトを作ったりしていました。今も毎日PCをいじっていますが、ほぼAmazonでの買い物(笑)。「この商品を買った人はこんな商品を買っています」と出てくると、ああそうか!とついつい買ってしまいます。
──最近の文化で気になるものはありますか。
「鬼滅の刃」はなぜ大ヒットしたのか。映画を見に行きましたが、悔しいなぁと思いました。もし舞台化するのであれば、歌舞伎は適していると思います。できたら、新作「鬼滅の刀(かたな)」はどうでしょう? 鬼滅の刃だと思って見にきたら、刀鍛冶がひたすら刀を打っている全然違う話だったりして(笑)。
──幸四郎さん、お茶目ですね(笑)。音楽はお聴きになりますか。
聴かないですね。娘はBTSが大好きで、YouTubeのダンス解説をよく見ています。そして息子(八代目市川染五郎)はマイケル・ジャクソンが大好き。でもみんなで共通して見るのは吉本新喜劇だったりします(笑)。
──染五郎さんら、次の世代の役者さんに期待することは何でしょう。
期待と言いますか、目標や憧れではなく、何か夢を持つとよいのではと思います。目標はこう行ったら達成できるという道筋がある気がしますが、夢は根拠のないもので、こうなりたいと思ったらそれが叶う。役者人生を歩む上で、大きな力になるでしょう。また何ができるかだとできることが限られてくるので、何がしたいのかを考えるのも大切かと。
──幸四郎さんご自身がラスベガス公演や新作歌舞伎など大きな夢を描いて、実現してこられましたね。
自分が見たいものを具現化しているだけです。これがあったら面白い、これが歌舞伎になったら見たいなと。既存のものなら見に行くのが一番楽ですが、ないから自分で作るしかないわけで。
──最後に、歌舞伎で考えている構想を教えてください。
歌舞伎は若くないとできない演目が比較的少ないんです。年齢を重ねることで少年らしさを出すという芸の世界ですから。そこで、本当に若くないとできない歌舞伎があってもいいんじゃないかと。
もう一つ、本筋がラブストーリーという話もほとんどありません。お家騒動や若者の悲劇としての男女の恋はありますが、男女が恋すると大抵心中してしまう。ですから、ハッピーエンドの恋物語はどうかな?なんて考えています。
Profile
松本幸四郎(Matsumoto Koshiro)
1979年、6歳で松本金太郎を名乗り初舞台。81年に市川染五郎、2018年に十代目松本幸四郎を襲名。屋号は高麗屋。オンライン配信企画「歌舞伎家話」や「図夢歌舞伎」、歌舞伎俳優が意外な素顔を見せるYouTubeチャンネル「歌舞伎ましょう」が人気を集めている。図夢歌舞伎「弥次喜多」がAmazonプライムで配信中。3月は歌舞伎座「三月大歌舞伎」の第三部『楼門五三桐』に出演。
「三月大歌舞伎」第三部『楼門五三桐』
2021年3月4日(木)~29日(月)歌舞伎座
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/704/
Photos: Kazuya Morishima Hair& Makeup: Makiko Hayashi@tree・tree Styling: Mariko Kawada Interview & Text: Maki Miura Editor: Saori Asaka