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精神的な不調にも有効か。WHOも推進する「社会的処方」のポテンシャルを探る【コトバから考える社会とこれから】

医療従事者が、薬の処方とともに、あるいはその代わりに地域での活動やつながりを“処方”する社会的処方(ソーシャル・プレスクライビング)。WHOも推進し、現在日本を含む23カ国で実施される。病の根本的原因にフォーカスした取り組みは、持続可能な医療をもたらしうるのか。

英エクセターを訪問し、地域住民から、建設中のレジャーセンター(スポーツや文化的活動のための公共施設)が社会的処方をサービスに組み込む予定だと説明を受けるチャールズ皇太子(当時)。Photo: Getty Images

先頃、英国で医師が行う薬の処方の10%が不適切という報告書が発表され、従来の医療への危機感が募る英国では、NHS(国家保健サービス)が本格的に社会的処方の導入を始めた。頭痛、疲労、過敏性腸症候群、腰痛などの慢性的な症状や、うつ、パニック発作といった精神的な不調を訴える患者に対しても、医師は根本的な原因を探る時間がないまま、症状を抑えるための薬を処方してきた。しかし、背景に孤独、過労、ストレス、借金、住宅事情、栄養に関する知識不足といった根本的原因がある場合には、それを解決しない限り、症状、そして受診と薬の服用が続くことになる。こうした根本的原因に働きかけ得るとして社会的処方に注目が集まっている。

通常は医師が、専門家であるリンクワーカー(ソーシャル・プレスクライバー)に患者を紹介し、リンクワーカーは、時間をかけて患者の話を聞き、ニーズを突き止めて行動計画を作成する。決定は患者との共同作業により、信頼に基づいて行われる。処方される活動としては、趣味のサークルやボランティア活動への参加、ランニングや水泳などの運動のほか、収支管理や住宅問題の解決に向けた専門家への相談などもある。

店長は医師! 健康&悩み相談ができるシェア型図書館も

兵庫県豊岡市にあるシェア型の私設図書館「だいかい文庫」は、地域住民が参画し、店長で医師の守本陽一さんや、看護師、行政職員、教員など多様な職種に就く店員が店番を務める。カフェエリアも併設し、医療福祉の専門家が健康や居場所の相談に応じ、社会的処方として地域コミュニティへの仲介などを行う会も定期的に開催。つながりを通じてウェルビーイングを目指す「社会的処方」の実践例として注目される。Photo: Courtesy of Daikaibunko

英国のナショナル・アカデミー・フォー・ソーシャル・プレスクライビング(NASP)は今年、社会的処方の効果のエビデンスをまとめた研究報告書を発表し、患者のウェルビーイングの向上、孤独感の軽減といった効果に加え、処方薬や診療の頻度を減らすなど、医療への負担を確実に減らしていることを示した。NASP所属のボグダム・チバ・ジュルカ医師は、社会的処方は患者の「実際的・社会的なニーズにも、感情・心理的なニーズにも、幅広く応えることができるからこそ、長期的で質の高いケアにつながる」と分析する。社会的処方は、コミュニティとの関わりが重視される。ジュルカ医師によれば、現代社会において大きな疾病原因になっているのが孤独であり、さらに、病気になると家にこもりがちになるという悪循環がある。また、精神的な不調を感じている場合、悩みを打ち明けたり、精神科にかかったりするのは敷居が高いと感じる人でも、社会的処方の活動なら気軽に参加できるという。「好きなことをする時間や仲間との出会いは、誰にとってもウェルビーイングをもたらしますが、病気で不幸だと感じていた人にとっては、とりわけ大きな意味があります」とジュルカ医師は説明する。

イギリスでは、“社会的処方”をプレゼンするショーを開催

ロンドンの総合芸術施設サウスバンク・センターが行う「アート&ウェルビーイング」プログラムでは、詩やアートの無料ワークブックを毎月4500部発行し、慢性疾患の患者に送付。出来上がった作品を発表する巡回展を開催した。また、ホームレスや依存症患者のためのダンスのワークショップ、エコセラピーなども提供している。2022年年3月には、こうした実践を発表するソーシャル・プレスクライビング・ショーを実施した。Photo: The National Academy for Social Prescribing

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とはいえ、もちろん社会的処方は万能ではない。多くの場合、投薬などの従来の医療行為とともに行われる必要があると判断される。現時点では、医師が窓口となるケースが多く、すでに病気にかかっていると診断された患者への対応がメインだが、将来的には予防医学に活用できることが望ましい。社会的処方には、経済的にも、人材面でも、そして患者の健康を支える上でも、持続可能な医療をもたらすポテンシャルがあるからだ。子どもや若者への社会的処方の試みも進められている。幅広い人が利用できるようにするために、リンクワーカーらの育成と、制度づくりが求められている。

Text: Reina Shimizu Editor& Subtext: Yaka Matsumoto