自身の過去作をリメイクした理由
1 なぜ1998年の作品『蛇の道』のリメイクをしようと思ったのでしょうか?
5年ほど前にフランスのプロダクションから、「君がこれまでに撮った作品をもう一度撮ってみないか?」と声をかけられたのがきっかけです。
2 数ある作品の中から『蛇の道』を選ばれた理由は?
今作(98年版)の脚本は、友人で『リング』の脚本を書いている高橋洋のオリジナルで、復讐がテーマになっています。復讐というのはいつの時代、どこの国でも通用する普遍性があると思っていましたし、シンプルながらも二手三手先がどうなるのか読めない本当によくできた物語で、Vシネマだけで終わらせるのはもったいないと思っていたからです。
3 今作はオリジナルで哀川翔さんが演じていた主人公の役が、柴咲コウさん演じる女性に書き換えられています。大胆な設定変更はどのように思いついたのでしょうか?
最初からオリジナルをリメイクする際には、同じところはまったく同じでいいけれど、根本的なとこは変えてしまおうと思っていました。一番大きい変化は、舞台はフランスだけど、主役を男性から女性に変更し、かつ現地ではたった一人の日本人という設定にしたところです。
4 その日本人主人公に柴咲コウさんを選ばれた理由は?
個人的に柴咲さんのちょっと人を見透かしたような目つきが、哀川翔さんに似ているなと感じたからです。
5 柴咲さんのフランス語のセリフに対する不安はありませんでしたか?
むしろできると確信していました。柴咲さんも相当苦労はされたと思いますが、あるときからフランス人もびっくりするほど、スラスラと話すようになっていました。
6 柴咲さんの意外な一面は?
今作では、派手ではありませんが、結構アクションシーンがあり、当初、柴咲さんがどれくらい動けるのかが未知数でした。ところが、これがびっくりするくらいアクションができる方で、その身体能力に驚かされました。
7 フランス人キャストの方はどのようにして選ばれたのですか?
ダミアン・ボナールはラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』(2019)を観て素晴らしいと思っていたので、ダメ元で声をかけさせていただきました。
8 マチュー・アマルリックの出演交渉の経緯は?
マチューとは個人的にも親しくさせていただいているので、彼が来日した際に、食事の席で役を打診し、「ラヴァルという役をお願いしたい」と、脚本を渡しました。すると彼は内容も読まずに、「ラヴァルだったら悪役だな。やろう!」と言ってくれて、実際にノリノリで演じてくれました。どうやらフランスには歴史的に「ラヴァル」という名の悪人がいたようなんです。
9 パリでの撮影中、印象に残ったケータリングは?
すべておいしかったです。シェフの方がいてコースで出てきますし、飲みたい人はワインも飲めるので、みんな毎日の食事を楽しみにしていました。
10 食事に時間をかけすぎて、撮影が長引くようなことは?
まったくありませんでした。フランスの方は普通の待ち合わせには平気で30分は遅れて来ますが、撮影となると30分前には全員揃っていました。
11 パリの撮影で最も困難だったことは?
とくにありませんが、 日本と大きく違って戸惑ったのは、フランスの方たちは天候のことをあまり気にしないことです。日本では雨が降った場合は撮影が中止になったりもしますが、フランスの人たちは雨を気にしないんです。日本人は自分たちでどうしようもない自然を相手にした場合、なんとかそれを対処しようとするのですが、ヨーロッパの方はどうしようもないものに対して手立てを考えない。文化的な違いを感じて非常に興味深かったです。
12 脚本を執筆する際に意識していることは?
「先が読めるようで読めない」というのを一つの理想にしています。単純に先を読めなくするのは、めちゃくちゃにすればいいので簡単ですが、そうすると観ている人は先を読もうとしなくなる。「読めるようで」というところが難しく、そこをどう作っていくか、毎回試行錯誤しています。
13 映画作りの工程の中で、一番興奮する瞬間は?
一番すごいなと思うのは最初に物語を思いついた瞬間です。
14 一方でつらいと思う瞬間は?
意外とつらくないんです。全然ヒットも評価もされない作品があったとしても、10年後くらいに誰かが「昨日初めて観たら素晴らしかった」と言ってくれたりする。それだけで撮ってよかったと思えるんです。
15 音響に求めるものは?
見せられるものは限られているので、見せていない部分をいかに音響で補強して最終的な物語として落ち着かせるか。音響はそのために最大限に活用させていただいています。
16 撮影現場に持参する必須アイテムは?
とくにありません。
17 験担ぎはしますか?
しません。
18 監督にとって素晴らしい演じ手とは?
やはりその物語に最大の貢献をしてくれる方です。
19 撮影においてワンカットにかける時間は長いほう、短いほう?
平均が分からないのですが、恐らく短い方だと思います。
20 それは昔から?
昔は下手でしたが、経験を積むことによりだんだんと上手くなり、よほど特殊な撮影でない限り、朝の7時か8時頃に撮影を始めて、夕方の5時までには必ず終わっています。ただ、以前『叫(さけび)』(2006)という映画に出演していただいた伊原剛志さんが、その後クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』(2006)に出られたんです。しばらくして伊原さんと会ったら、「黒沢監督はものすごく撮るのが早いと思っていましたが、イーストウッド監督はその倍早かった」と言っていたので、上には上がいますね(笑)。
21 音楽の使い方が好みという作品はありますか?
音楽はセンスもあるので理屈では言えませんが、例えばクエンティン・タランティーノとかは、本来こんな曲を流したら映画がめちゃくちゃになるだろうと思う曲をあえて使う。それがうまくハマる、そんなセンスがありますよね。『キル・ビル』(2003)ではユマ・サーマン演じるブライドが、日本に到着して飛行機から下り立つシーンで、TVシリーズ「グリーン・ホーネット」のテーマ曲「熊蜂の飛行」が流れるんですけど、人をちょっと小馬鹿にしている感じとかが、めちゃくちゃかっこいいんです。
「意外とモラリストで、モラルに反することはやりたくないんです」
22 映画監督としてやらないと決めていることは?
映画をいろいろと撮っていてなんですが、意外とモラリストで、モラルに反することはやりたくないんです。例えば映画の中で人を殺しまくるようなキャラクターが出てきたとしても、そこには必ず理由がある。世間から見たらひどいけど、その人にとってはそれしか方法がなかった、というふうにしたいというのはあります。だから、笑いながら遊びのように人を殺しまくるような映画は全然ダメです。
23 仕事に行き詰まったときの切り替え方法は?
特別な方法ではありませんが、たいてい脚本の構想を練るにしても、必ず喫茶店に行きます。
24 デジタル撮影とフィルム撮影、両方のよさを教えてください。
両方変わらないところが、映画の面白いところだと思います。すごく簡単に言ってしまうと、フィルムは試行錯誤をして、写実的な陰影のある19世紀頃の絵画のようなものを目指した。一方でデジタルが目指しているのもそこなんです。そういう意味で両方ともまったく同じなんです。
25 監督の自伝映画が作られることになったら、自身の役は誰に演じてほしいですか?
一度もそんなことを考えたことがないので、すごく難しいですね……。ものすごく退屈な映画になりそうですが、同世代の俳優さんに演じていただくのがよいと思うので、代表として役所広司さんでしょうか。
26 監督にとってショーレースとは?
事実上いただけたらうれしいなというご褒美で、おまけのようなものだと思っています。ですが、20年位前は本当にご褒美だったのが、今は賞を目指したり、宣伝を含めて賞を受賞するのがステータスになってしまっているように感じています。おまけでいただけたらいいなと思っていても、いただけなかったら「本当にすいませんでした」と土下座して回るような感覚ですよね。そして本当によろしくないのは、みなさんに頭を下げて回り、「力及ばず」という気持ちになっている中で、賞を獲得した作品名を聞いて「それよりは自分の作品の方がいいだろう」と急に怒りの気持ちが湧いてくる。これは本当に嫌ですね。
27 初めて劇場で観た映画は?
東宝の怪獣映画『モスラ』か、英国の映画『怪獣ゴルゴ』(ともに1961)のいずれかです。
28 子どものころは作文が得意でしたか?
まったく得意ではありませでした。
29「この作品はすごい!」と嫉妬した映画はありますか?
山のようにあります。
30 最近観た中で心を動かされた作品は?
『PERFECT DAYS』。何かが起きるわけではないのに、ちゃんとヴィム・ヴェンダース監督の作品になっていて、役所広司さんもすごくハマっていらっしゃった。
31 普段から映画館には通う?
もちろん。
32 繰り返し見る夢はありますか?
よく見るのは、撮影現場で「監督、次どうしましょう?」と言われて脚本を開くと、まったく知らない設定が書かれている。そこで、「しまった、このページを読んでなかった」と思って慌てて読むんですけど、何にも浮かばずに「どうしよう」というところで目が覚める。そんな地味に嫌な夢です。
33 夢を脚本のヒントにしたことは?
ありません。そんなに素敵な夢は見ないので。
34 怖いものは?
幽霊も実際に見たらやっぱり怖いんじゃないかと思います。
35 サプライズは好き?
大嫌いです。
黒沢清が思う「素晴らしい映画」とは?
36 創作活動の支えになっているものは?
好きというのが大前提ではありますが、身も蓋もないことを言ってしまえば、締め切りまでに脚本を書かなかったら、多くの人たちに迷惑がかかるという責任感です。
37 一番生産性の高い時間は?
朝方。
38 脳内を100%としたら、仕事はそのうちの何割を占めますか?
年がら年中映画のことを考えているわけではないので、案外50%くらいかもしれません。
39 好きなお寿司のネタは?
意外と悩みますが、穴子ですかね。
40苦手な食べ物は?
ホルモン。
41 飛行機や電車は窓際派、通路側派?
窓の外を眺めるのが好きなので、窓際派です。
42 訪れてみたい国は?
東南アジアに行ったことがないので、タイ、ベトナム、シンガポールなどに行ってみたいです。
43 健康のために心がけていることは?
健康を意識しているわけではありませんが、歩くのが好きです。
44 せっかちですか?
せっかちだと思ったことはありませんが、じっと待っているのは嫌ですね。
45 自分の作風とは違えども、一度は撮ってみたい映画のジャンルは?
バカバカしいコメディを撮ってみたいですが、自信もありませんし、誰も笑わない気がします。
46 楽観主義? 現実主義?
楽観主義。
47 過去と未来、覗けるなら?
未来。
48 どんなことに怒りを感じますか?
あまりにも理不尽だなと感じたとき。
49 どんなときに幸せを感じますか?
ちょっとしたことで感じます。例えば妻とドライブをしていて富士山が見えてきたら、それだけでうれしくなります。富士山なんて見えるに決まっているんですけど(笑)。
50 監督にとって素晴らしい作品とは?
観ていると画面に釘付けになり、時間を忘れてのめりこんでしまう。一度観ただけでは、物語の内容を正確に把握できなかったとしても、いくつかのシーンや瞬間が強烈に脳に残り、何年経ってもそれが頭から離れなくなるような映画が素晴らしい映画だと思います。
黒沢清監督、柴咲コウ主演の『蛇の道』は全国公開中。
Photos: Akihito Igarashi Text: Rieko Shibazaki Editor: Yaka Matsumoto