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観光業が地球環境に及ぼす危機──バリ島で廃棄物問題の解決に挑むホテル「Desa Poteto Head」の取り組み

宿泊、飲食、ショッピング……消費行動の拠点となる観光地。一方で、それに伴う廃棄物と環境への影響が地域コミュニティに惨状を生む場合も。人気のリゾート地インドネシア・バリ島でも同様だ。河川と海を汚染する廃棄物問題の解決に向け、先陣を斬るホテル「Desa Poteto Head」で知る、“再生型リゾート”の在り方とは。

バリ島の美しいビーチの下には危機が広がっている

「Desa Potato Head」はビーチの目の前に位置。海を眺望する景色が楽しめる。

日本からも観光地として人気のインドネシア・バリ島。新型コロナウイルスによるパンデミック以前の2019年には、日本からインドネシアを訪れた観光客は年間約38万人、その大部分がバリ島を訪れていた。成田空港からバリ島の玄関口デンパサール国際空港まで直行便も飛んでおり、アクセスし易いのも魅力の1つだ。海風が吹く乾季のさわやかな暑さ、雨季の心地いい湿度が育む豊かで美しい自然、壮大な建築様式で高地や海岸に点在する寺院などその文化的な魅力も相まって、幅広い層がリゾートとして“非日常”を愉しむべく足を延ばす。しかしそこには島に住む人々の“日常”そして“現実”が存在する。

「美しいビーチの下には危機が広がっている」そう話すのは、西海岸スミニャックに位置する5つ星ホテル「Desa Potato Head」のコミュニケーション・ディレクター、マリア・ガルシア・デル・セロ。バリ島では毎年160万トンもの廃棄物が発生、うち20%ほどの33万トンがプラスチック廃棄物だ。ゴミを適切に収集・処理するシステムが整っておらず、大部分が河川を経て海に流れ込み、バリの生態系、地域社会、そして観光業に影響を与えているという。

今回は「Desa Potato Head」の招待により、バリ島の廃棄物問題の“今”を知るツアーに参加。観光客、観光産業、現地に住む人々、そして自然環境。複雑に絡み合い影響し合うその関係性について取材した。

広々とした客室、太陽光が入る気持ちのいい空間で充実のアメニティも揃う。

B Corp認証を受け“再生型リゾート”を掲げるなど、バリ島の廃棄物問題に変革を起こすため行動する「Desa Potato Head」。施設内にはリゾートホテルに欠かせない、海を眺望できるビーチクラブ、226室のウッド調をベースとした居心地のいい客室、それぞれ確固たるコンセプトを持つ6つのレストランとバー、そして贅沢なスパ施設が揃う。

ほかにも日本からもアーティストが訪れるというラジオブースやナイトクラブ「KLYMAX」、ライブラリーなども備える。「宿泊する場所としてだけでなく、未来に向けた創造性や持続可能性、ウェルネス、地域とのつながりを育む場となりたい。例えば、バリ島には文化やアートを味わう場所がほとんどないため、私たちがバリ島のクリエイティブシーンを盛り上げたい」とガルシア・デル・セロ。

敷地内で回収された廃棄物の97%をリサイクルし循環させる

「Waste Lab」の分別場。客室に隣接するビルの裏手には、廃棄物をリサイクルするための施設が並ぶ。

ではどのように廃棄物問題に取り組んでいるのか。招かれたのは客室から5分程度の場所に隣接する「Waste Lab」と呼ばれる、施設内で発生したすべての廃棄物が集まる空間だ。各客室で捨てられたティッシュ、廃棄となった食べ物、飲料のビン・缶、オイル、プラスチック、布製トートバッグ、紙ストロー……いくつものバスケットがずらりと並び、きめ細やかに手作業で分別が行われていた。「宿泊客が外から持ち込むペットボトルやティッシュ、衛生用品以外、客室内のものはほとんどすべてリサイクルできる」という。

細やかな分別はもちろん、ゴミが集まっている空間にもかかわらず廃棄物の匂いで充満していることもなく、適切に手入れされていることが窺えた。敷地内で回収・分別された廃棄物の97%が何らかの形でリサイクル・アップサイクルされているというから驚きだ。

エントランスの裏では、和やかな雰囲気のなかで地元の職人・デザイナーが手作業でアップサイクルを施す。

廃棄物に手を加えたものが、そのまま客室や敷地内で活かされることも。一例として、各客室に置かれたスタイリッシュなキャンドル、シャンプーやボディソープの容器、コースター、椅子などはどれも同敷地内で発生した廃棄物を「Waste Lab」でアップサイクルして作られている。職人たちがそれらを手掛ける様子はレセプションエリア近辺から覗くこともでき、まさに“循環”が目の前で生まれているのだ。

地域コミュニティとのつながりも強固で、アップサイクルの過程では地元の職人やアーティストとコラボレーション。オリジナリティあふれるデザインと鮮やかな色調が目を惹く。実際に滞在中、客室内を含めた「Desa Potato Head」敷地内で使い捨てプラスチックと出合うことは1度もなく、当たり前のように水は瓶で提供され、ゴミ袋も布製、歯ブラシなどのアメニティも木製の箱に入っていた。ティーバッグやスナックなども例外なく、専用の容器が用意されている。気候危機を懸念している一消費者として、旅先で出る廃棄物の多さに疲弊し罪悪感を抱いた経験は数知れない。今回のゴミが最小限に抑えられた宿泊に、快適さと安堵を覚えた。

「Sweet Potato Project」が運営する畑。海から3分ほどの場所で、植物が生い茂り犬が駆け回る豊かな土地。

さらに、有機性廃棄物は「Sweet Potato Project」というプログラムを通じて運営される畑の堆肥となる。ホテルから30分ほど車を走らせた先にある豊かな土壌では、トマト、茄子、唐辛子、ズッキーニなどの多様な野菜、稲が育てられているほか、養蜂も行われ、またイモムシに頼って土を耕すなど工夫を凝らして運営がされている。ここで採れた農産物は、地域コミュニティに提供するだけでなく「Desa Potato Head」内のレストランでも使用される。地産地消で環境負荷が少ないだけでなく、顔が見える生産者の方が育てたものを味わえる安心感は何ものにも変え難い。

循環システムの徹底から2017年にはカーボンニュートラルを達成、過去10年間で埋立地へ送られる廃棄物の量を50%からわずか3%に削減したという。ガルシア・デル・セロは「ラグジュアリーと環境負荷を減らすことは共存できる」と話し、その象徴として「敷地内に点在する多くのアート作品も廃棄物をアップサイクルして作られている」そう。

観光産業で協業し、問題のさらなる根本的解決を目指す

「Community Waste Project」拠点を上空から撮影。その手前には廃棄物を売って生計を立てる人々がいる。

一方で未だ、バリ島の廃棄システムは過負荷状態だ。島の廃棄物の52%が適切に処理されておらず、多くが埋立地に送られている。その根本的解決を図るために、「Desa Potato Head」を運営する「Potato Head Family」が主導するのが「Community Waste Project」だ。共同創業者ロナルド・アキリは、「私たちはまず自分たちの場所を可能な限りゼロウェイストに近づけました。しかしバリ島内でより大きな変革を実現させるためには、コミュニティが力を合わせることが必要です」と語る。

本プロジェクトの拠点として、バリ島最大の埋立地・スワング近くに2,000平方メートルの土地を確保。スワングはバリ島の首都デンパサールに位置し、2023年には山積みになったゴミから火災が発生、街中を煙が覆い大気汚染が喫緊の問題となった。この拠点を廃棄物の管理場とし、「減らす」「再利用する」「リサイクルする」「再創造する」「再生する」の5つの原則に基づいて、まずはバリ島内8つの観光企業から発生したゴミを処理。今後その数は増加する見込みだという。

ここに辿り着いた廃棄物は分別後に、堆肥化・リサイクル・アップサイクルの技術によって生まれ変わる。インテリア製品など観光業で実用可能なアイテムへのアップサイクルが進むほど、環境への負荷を減らすと同時に企業に利益がもたらされる「循環型経済モデル」が実現される仕組みだ。

埋立地には約400世帯が居住。「栄養失調、清潔な水の不足……健康被害はいくつもある」

埋立地内の様子。廃棄物で生計を立てる人々が居住しており、特に2023年の火災の際には大きな問題になったという。

バリ島では膨れ上がる埋立地の山、そして河川と海に流れ込むプラスチック廃棄物が大きな社会問題となっている。その実情は如何に。埋立地にも頻繁に通い、「Community Waste Project」にも携わる「Desa Potato Head」サステナビリティ・ディレクターのアマンダ・マーセラに話を訊いた。

「埋立地の大部分を占めるのが、動植物に由来する有機性廃棄物。コンポストなどでリサイクルしやすいはずが、適切に分別・処理されないままでは堆肥化されることもなく、有害なメタンガスを排出することになるのです」とマーセラ。ではそのうちどれほどが観光産業によるものなのだろうか。「バリ島では、観光産業が埋立地の廃棄物全体の約13%を占めている」という。「だからこそ観光業全体が考え方を転換し、廃棄物をただ捨てるものではなく、減らし、再利用し、リサイクルできるものと考える必要があるのです」と呼び掛ける。

埋立地周辺の状況については、「食料安全保障に取り組むバリのNGO団体によると、埋立地周辺には約400世帯のコミュニティがあるとのこと。彼らの多くは廃棄物のなかから、貴重品やプラスチックを回収することで生計を立てています。そのなかにはもちろん子どもたちもいて、その生活環境から大きな困難に直面する場面も……。例えば栄養失調、清潔な水の不足、さらに教育上の課題など、埋立地に関連する健康被害はいくつもあります。多くの家族がそこに住み続けているのは、選択肢が限られており生計を廃棄物に頼っているからです」と苦い表情。その一助となるため、「Potato Head Family」では可能な限り地域住民と協業し、雇用問題の解決にも尽力しているそう。

バリ島の廃棄物における最大の問題は、「廃棄物の分別やリサイクル施設がないこと」であり、「すべての廃棄物が混ざってしまうため、リサイクルやアップサイクルを効果的に行うことができない」という。「環境への負荷を最小限に抑えリサイクルを促進するためには、埋立地に到達する前に廃棄物を分別することが極めて重要」だと教えてくれた。今後についてマーセラは、「埋立地を完全になくしてほしい」と訴える。「廃棄物を分別し、エネルギーや肥料に変えることに焦点を当てるべきです。そして政府がこのような取り組みに投資する必要があります」「地元の人々は当然のことながら、廃棄物や臭気、埋立地から生じるさまざまな問題に不満を抱いています」と強調した。

バリ島の廃棄物の特徴は観光業に大きく影響を受けていること

埋立地内は、車の通り道を取り囲むようにゴミが積み重なる。鼻がピリつくような匂いも充満している。

次に、バリ島を中心に廃棄物で汚染された河川浄化を実施する団体「Sungai Watch」にもインタビュー。過去にはペットボトル製のカヤックで汚染河川を下るなど、バリ島を拠点に環境アクティビストとして活動してきたベンチェギブ兄弟が設立、その原点を聞くと「バリ島で活動を開始したのは、悪化するプラスチック汚染の惨状によるところが大きいです」と話す。

実際に“惨状”を日々目の当たりにする彼らは、「インドネシアのほかの都市と異なり、バリ島の廃棄物は観光産業に大きく影響を受けています。観光客に関連した使い捨てプラスチックが多く、水筒、ストロー、食品包装、さらに日焼け止めのボトルやビーチサンダルなどが海岸に打ち上げられています」と指摘。マーセラと同様に最大の問題は、「膨大な量の廃棄物を処理するだけの十分な施設がない」ことだという。

「バリ島のプラスチック汚染問題は、住民にも観光客にも明らかな影響を与えるほど深刻になってきています。島のインフラが急速な観光業の発展に追いつかず、地元の人々は自分たちの川やビーチ、コミュニティがプラスチックであふれかえり、環境だけでなく生活も脅かされている絶望的な状況。また、かつては手つかずの自然の美しさで知られていたバリ島で、ゴミが散乱するビーチや汚染された水路の光景を見て再来に抵抗感を抱く観光客も多いです」とその危機的状況を語る。

「Sungai Watch」では、150人ものフルタイムスタッフが河川浄化と長期的かつ持続可能な解決策に取り組んでいる。さらに地元の人々やバリ島で暮らす駐在員、観光客なども一緒になって清掃活動を行うオープン・コミュニティも運営。コミュニティを越えた包括的なアプローチを目指しているとのこと。通常、観光客と地元の人々がつながり対話する機会というのは乏しく、それが現地のコミュニティや住人への配慮や想像力を欠いてしまう一因の場合も。「Sungai Watch」はその糸口ともなりうるだろう。

では、現地を訪れる観光客がまず行動すべきこととは。「観光客は自分の水筒を持参する、プラスチックのストローは使わない、再利用可能なバッグを使うなど、プラスチックの使用量を減らすことから始めてみてください。観光業界としては、例えばエコフレンドリーな代替品の奨励、ホテルやレストランでの使い捨てプラスチックの削減、観光客に環境への影響について教育するなどのことができます」と具体的なアドバイスをくれた。

埋立地へ送られる廃棄物を5%に削減するという大胆な目標

河川で引き上げられる廃棄物は、プラスチック製のものが多くを占める。

「Community Waste Project」は、参加企業から出る廃棄物のうち埋立地に送られる量を5%に削減するという目標を掲げる。有機性廃棄物は堆肥化や豚の餌として利用され、それ以外のプラスチック、発泡スチロール、ガラス瓶などはリサイクルやアップサイクル。処理できない素材は地元のリサイクラーに引き渡し、できるだけ多くの廃棄物が埋立地に送られないように務めるとのこと。前提としてまずは、廃棄物を出す段階での適切な分別が肝となることから、「Potato Head Family」が主体となり参加企業にその方法を指導。各企業に専任の担当者を置くことも求めているそうだ。

本プロジェクトは非営利であり、アップサイクルされた製品の販売から得られる利益はすべて地域社会に再投資され、主には新たな廃棄物処理センター建設のために活用される。また各企業の廃棄物のデータを日々収集し、持続可能な取り組みの支援を行う。

多くの人が異国の地へ“解放”と“非日常”のために訪れるバケーション。同時に、観光が与える地球環境や生態系、地域コミュニティへの負荷を念頭に置くことも求められる。日々私たちが出す廃棄物は、決してゴミ箱に入れた瞬間に魔法のように消えるわけではない。それがどのように処理され、どこに行き着いているのか。日常的にはもちろん、現実を忘れたくなるような旅先でも、向き合い続けることが消費者としての責任だろう。循環に重きを置く“再生型リゾート”「Desa Potato Head」で、学びと配慮の上で成り立つ、持続可能な新たな旅の在り方を考えたい。

Desa Potato Head
https://seminyak.potatohead.co/

Community Waste Project
https://communitywasteproject.co/

Photos: Courtesy of Desa Potato Head Text: Nanami Kobayashi

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