『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)
ポップで‟かわいい”ガーリールック
エメラルド・フェネルのオリジナル脚本&監督デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、将来ある女性の未来を踏みにじった男たちへの復讐劇。秀逸な脚本と衝撃のラストがインパクトを残す作品だが、重たくブラックなテーマをポップで愛らしい色調やテイストで包み込んでいるため、想像よりも軽やかに物語に引き込まれる。特に復讐の鬼と化すキャリー・マリガン演じるキャシーが披露する、ピンクを多用したデイリースタイルは最高にキュートだ。
衣装を手がけたナンシー・スタイナー(ソフィア・コッポラ監督の『ヴァージン・スーサイズ』や『ロスト・イン・トランスレーション』も担当)によると、キャリーは今作のために35着以上の衣装を試着したそうで、「洋服は男たちへの復讐に執念を燃やすキャシーの、ダークな面を隠すための変装」だという。
一方で今作のハイライトとなるナースのコスプレは、男性がナースに抱くセクシーな妄想を利用して彼らを誘惑する武器でもある。それらを念頭に置いて今作を観れば、ファッションの持つ裏のパワーを実感することだろう。
『花様年華』(2000)
妖艶なチャイナドレスこそ永遠のクラシック
たとえストーリーを忘れてしまっても、今作のマギー・チャン(劇中ではチャン夫人)の美しすぎるチャイナドレス姿は永遠に脳裏に焼きつくことだろう。それくらい衣装が大きなインパクトを放っているのがウォン・カーウァイ監督による『花様年華』だ。
1960年代の香港を舞台に、偶然同じアパートの隣同士に越してきた2組のカップルが、お互いのパートナーが不倫していることに気がつき、裏切られた者同士がゆっくりと距離を縮めていく――。濃厚なラブシーンなどないのに、音楽、衣装、たばこ、そして不倫相手となるトニー・レオンとマギー・チャンの絶対的なケミストリーによって繰り出される男女の内に秘めた熱い思いに胸が苦しくなる。そんな大人のラブスト―リーに欠かせないのが、チィー・パァオと呼ばれ満州族から伝わった女性用のチャイナドレスだ。
劇中マギー・チャンは20着の衣装替えを行う。スリムなチャンのボディに吸いつくような、美しい仕立てのドレスの型は基本的に同じだが、柄や刺繍、素材、そして袖丈の違いによって驚くほど印象が変わる。大判のフローラルプリントやジオメトリック風プリント、あるいはモノトーンのシースルーバージョンなど、バリエーション豊かなドレスを眺めるだけでも一見の価値ありの作品だ。ファッションではよく「クラシック」「定番」という言葉が使われるが、いつ観ても新鮮で美しく、永遠にすたれることのない今作のドレスほど、その言葉を端的に表現しているものもないだろう。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)
鮮やかなイエローが語る物語
1957年のブロードウエイで初上演された名作ミュージカルに憧れ続けたスティーヴン・スピルバーグが、2021年に自ら製作&メガホンを握り待望のリメイクをはたしたのが『ウエスト・サイド・ストーリー』だ。NYを舞台に、不良グループのジェット団(欧州系)のリーダーのトニーが、対立相手であるシャーク団(プエルトリコ系)のリーダーであるベルナルドの妹マリアと恋に落ちる、現代版「ロミオとジュエリエット」。
ミュージカル映画だけに今作の見どころは歌って踊る俳優たちの姿だが、その中でもひと際大きな輝きを放っているのが、鮮やかなイエロードレスで名曲「アメリカ」のパフォーマンスを披露するアニタ役のアリアナ・デボーズの姿だ。
力強い歌声と迫力のダンスに負けない、大いなるエネルギーを象徴するイエローのドレスの内側には、熱いパッションを感じさせる赤のフリルペチコートが隠れており、ダンスに合わせて1着のドレスがさまざまな表情を魅せてくれる。衣装デザイナーのポール・タゼウェルによると、着ている人は踊りやすく、ダンスに合わせて絵映えもしなくてはならないため、この1着に限らずすべての衣装はカスタムメイドとのこと。着用する人に合わせて、ドレスもそれぞれ感情を表現しているように見えてくるから不思議だ。
『アメリカン・ハッスル』(2013)
とことんセクシーな70年代ディスコスタイル
『アメリカ・ハッスル』は、1979年にカジノタウンとして開発中だったアメリカのアトランティックシティで実際に起きた事件を参考にした、騙し合いの物語。FBIに逮捕された天才詐欺師アーヴィン(クリスチャン・ベール)とビジネスパートーナー&愛人のシドニー(エイミー・アダムス)は、FBI捜査官のリッチー(ブラッドリー・クーパー)から司法取引を持ちかけられ、カジノの利権に絡む政治家たちの汚職を暴くことに協力する――。
日本ではなじみの薄いカジノを題材にしたストーリーではあるが、豪華キャストと確かな演技力でぐいぐい引き込まれていく今作で、物語以上に心を掴まれるのがセクシーな中にも品が感じられる衣装たちだ。
エイミー・アダムスとジェニファー・ローレンスが着る、70年代のディスコスタイルをベースにした、胸もとを惜しみなく見せる解放的な衣装は、きわどいながらも見惚れてしまう魅力あり。衣装デザイナーのマイケル・ウィルキンソンは、「ドレスの仕立てはルースに、より挑発的であることがこの時代の自由な精神を表していました」と語っている。また、「大胆なネックラインは、自信と同時にある種の弱さも現れています。この時代の空気を正しく表現したかったので、衣装に両面テープは使いませんでした」とのこと。つまり、アダムスもローレンスも、実際に胸が見えないよう、身のこなしまで気配りをしなくてはいけなかったということになる。その役者魂にも惚れずにはいられない。
『つぐない』(2007)
キーラ・ナイトレイの繊細な30年代風ドレス
『つぐない』の舞台は1930年~40年代の英国。使用人のロビー(ジェームズ・マカヴォイ)に恋をした政府官僚の娘セシーリア(キーラ・ナイトレイ)が、食事会の後に彼と結ばれる日に着用していた、流れるようなシルクの軽やかなグリーンのドレスは誰の目からも見てもただただ「美しい」のひと言につきる。
イアン・マキューアンによる原作『贖罪』では、このセシーリアが重要な食事会に着る服を選ぶ様子が数ページにもわたって描かれている。ワードローブをひっかきまわした結果、選んだのはボディをスレンダーに見せてくれるけれど媚びすぎない、流麗なラインだけど無防備すぎないバイアスカットのドレスなのだ。監督のジョー・ライトは、できるだけこの表現と同じ雰囲気を感じるドレスを作るように、と衣装担当のジャックリーン・デュランに伝えたという。
そこでジャックリーンは90メートルほどのシルクを購入して、それを3つの異なるトーンのグリーンに染め、同じパターンで色のトーンが違うドレスを何着も作ったという。劇中では1着しか登場しないドレスだが、実際にはキーラが微妙にグリーンの色の違う4つのドレスをシーンによって着わけているという。
『アニー・ホール』(1977)
ダイアン・キートンのマニッシュな装い
メンズ使用のシャツにタイ、ベストにチノパン、フェドーラにルースフィットのジャケット。ウディ・アレンの代表作『アニー・ホール』で、タイトルにもなっている女性アニー・ホールを演じてアカデミー賞主演女優賞を獲得したダイアン・キートンは、その優れたパフォーマンスはもちろん、彼女が劇中で魅せたマニッシュな装いで多くの女性の支持を得た。
アニー・ホールの、ヴィンテージのメンズウェアをレイヤー重ねにしたマニッシュなスタイルと、それとは相反する女性らしさを感じさせるロングヘアは、「周囲の目にとらわれることなく、自分らしさを失わずに本当に着たいものを着る」という、女性の自由なスピリットを表現していると、たちまち女性たちのファッションアイコンとなった。
当時、ウディ映画には衣装担当のルース・モーリーがクレジットされていたが、作品内でダイアンが着用した服のほとんどは、ダイアンの私物か、ウディの親友であるラルフ・ローレンのものなのだとか。ウディもダイアンのスタイルと才能を多いに評価していたため、「彼女の好きにスタイリングさせろ!」と、衣装に関してはダイアンにお任せだったとも。
『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(2007)
ケイト・ブランシェットのレイヤーカラー
『エリザベス』(1998)の続編として製作された、16世紀イングランドの女王となったエリザベス(ケイト・ブランシェット)の、女王であるが故の葛藤や苦しい決断、そして彼女の統治者としての天性の才を描いた伝記映画『エリザベス:ゴールデン・エイジ』。第80回アカデミー賞で衣装デザイン賞を受賞しただけあり、本作でエリザベス女王を演じるケイトの衣装の数々は圧巻だ。なかでも注目は、女王として国のために立ちあがる強い意志を持つ女を象徴したような赤いドレス。
16世紀半ばに大流行したレイヤー重ねになったひだ襟は当時、麻や紗といった極薄生地を長細く裁って糊をつけ、それを熱した骨や木の棒に8の字に巻きつけて形を作ったという。この襟に、ペチコートのようなアンダースカートを何層も重ねた重厚感のある16世紀スタイルを丁寧に再現した衣装は完璧。一見ギャグのように見える白塗り顔とヘアスタイルも、当時の上流階級の間では常識だった(念のため)。
歴史ものは苦手という人も、恋に悩んだりする女王の姿……。つまりはケイトの迫真の演技を観れば、絶対に引き込まれるはず。エリザベスがこのエレガントで重厚なドレスを脱ぎ捨てて、戦いの衣装に身を包む姿も素晴らしい!
『LOVERS』(2004)
チャン・ツィイーの情緒を感じさせるアジアの美
美しき衣装は西洋だけのものではない! アンディ・ラウ、金城武、チャン・ツィイーというアジアのビッグネームが勢ぞろいしたチャン・イーモウ監督の『LOVERS』は、アジアならではの繊細な色のレイヤーや装飾が咲き誇る、美しい色彩の世界が印象的な作品だ。
日本を代表する衣装デザイナーのワダ・エミが手がけた、四季と情緒を感じさせる衣装は、目にしているだけで女子力が急上昇しそう。とくに、盲目の踊り子を演じるチャンが、ダンサーとして舞台を舞うシーンで着用している手刺繍がほどこされた衣装は、美しく豪華で、まるで蝶が宙を舞っているような錯覚を覚えるほど。
唐代末期(859年)の中国を舞台に描かれた、アクション満載の恋物語自体は、随所に「えー?」「ありえな~い!」と思わず口にしてしまう展開ばかりだが、監督こだわりの映像美だけを語るならばかなり高得点。強気な性格が顔に思いっきり出ているチャンの小悪魔的魅力と、緩やかに流れる河のような美しい映像と、もはやアートと言っても過言ではない圧巻の衣装を観るだけでも価値あり。
『グリース』(1978)
オリビア・ニュートンジョンのワイルドなロックスタイル
『グリース』は、50年代のアメリカを舞台にしたツッパリ・ハイスクール・ミュージカル。とても高校生には見えない不良グループのリーダー、ダニー(ジョン・トラボルタ)と、清純派お嬢さまのサンディ(オリビア・ニュートン=ジョン)のピュアな恋を軽快なロックサウンドと、50sスタイルのファッション、それから悪仲間たちとの友情とともに綴った青春ブギだ。
当時30歳だったオリビア演じるサンディ(高校生!)は生粋のお嬢様。ところが、転校先のライデル高校でひと夏の(プラトニックな)恋に落ちたダニーと再会し、すったもんだがありながも卒業式を迎えると、そこにはいつもの清楚なワンピルックとは正反対の、全身黒ずくめ&ワイルドでロックなサンディの姿が!
デコルテを強調したローカットのトップスに、美脚を際立たせるセクシーなスキンタイトのレギンスにウエストマークをしたサンディのロカビリースタイルは、不良仲間と恋人のダニーだけでなく、映画を観ているオーディエンスのハートもがっちりと掴み、その後も映画史に名を残すアイコニックなシーンとなった。
『マリー・アントワネット』
キルスティン・ダンストの前衛的なヒストリカルルック
世界一愛され、そして世界一憎まれたフランス王妃のマリー・アントワネット。14歳でフランスのブルボン王朝に嫁ぎ、37歳でギロチンにかけられるという波瀾万丈な人生を、キルスティン・ダンストを主役に据え、ガーリーカルチャーの教祖的な存在であるソフィア・コッポラが映像化したのが映画『マリー・アントワネット』(2006年)。
なかなか撮影許可が下りないことで有名なヴェルサイユ宮殿までもがソフィアの手に落ち、美しい庭から城内までがロケに使われた本作では、盛るのが美とされたロココスタイルに変わり、人工的な美意識と自然への憧れという、相反する要素がミックスした当時の新たなモードをソフィア・コッポラ流にアレンジ。マカロンやキュートなフルーツをイメージした甘くてジューシーな色彩のドレスに、レースやリボンをふんだんに使用してガーリーな世界を構築し、唯一無二のソフィアワールドを披露した。
ダンストは作品の中で60着以上のドレスを着用し、それに合わせてヘアメイクもすべて変えたため、撮影の準備だけで数時間もかかったという。ちなみに、劇中のダンストや宮廷内の女性たちが着用しているドレスのフォルムは当時のものとまったく同じ。ただし、テキスタイルや色、装飾品にヘアメイクは現代のテイストをミックスしていると、衣装担当のミレーナ・カノネロは語っている。とにかくどの衣装もゴージャスでキュート。女の子の憧れが詰まった、宝箱のような作品だ。
Text: Rieko Shibazaki