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役者が役柄に乗っ取られ、殻が砕けた瞬間がある──ジェシー・バックリー【ウーマン・トーキング 私たちの選択』スペシャルインタビュー vol.3】

オリヴィア・コールマンに「私の頭に浮かぶなかでは最高の俳優」と称される俳優、ジェシー・バックリーの神髄とは? 名だたる監督たちが舌を巻く実力派の彼女は、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』を通じて「10代のころの『女性とはこういうもの』という理解はかなり狭いものだった」と感じたという。

「撮影中は自分を好きになれなかった」──ジェシー・バックリー

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』でルーニー・マーラと共演したジェシー・バックリー。マーラとは対照的に、バックリーは多忙なスケジュールの合間を縫って、撮影に入った。2021年7月、大西洋を渡ってカナダで『ウーマン・トーキング』の現場に到着するまで、彼女はドラマ版「FARGO/ファーゴ」の第4シーズンのクライマックスの撮影に臨み、ギリシャに飛んでNetflix映画『ロスト・ドーター』で若き日の主人公を演じ(その後アカデミー賞にノミネートされた)、本拠地のロンドンに戻って『ロミオとジュリエット』のテレビ向けプロダクションで国立劇場の舞台に立ち、同じくイギリスで撮影されたアレックス・ガーランド監督のホラー映画MEN 同じ顔の男たち』で主役を演じた。しかも彼女の21年は『ウーマン・トーキング』で終わりではなく、ロンドンの劇場街、ウエストエンドで上演された『キャバレー』のリバイバルでエディ・レッドメインの相手役としてトップを張って大評判となり、イギリス演劇界で栄誉とされるローレンス・オリヴィエ賞の最優秀主演女優賞を獲得した。カメレオンのように役柄を変える、アイルランド出身で現在33歳のジェシーは、この世代屈指の売れっ子と言えるだろう。先日はオリヴィア・コールマンからも、「私の頭に浮かぶなかでは最高の俳優」との絶賛の言葉があった。

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もう何年も前から、監督たちが口々に、ジェシーを評して、カメラの前で何を始めるかわからない俳優だと脱帽する声は耳に入っていた。チャーリー・カウフマン監督の『もう終わりにしよう。』で、複数の名で呼ばれる、捉えどころのない「若い女」の役を演じた彼女は、生気にあふれ、明るく楽しげかと思うと悲しげに、かと思うとトリップしているかのようにと、くるくると表情を変えてみせた。前述の『ロスト・ドーター』でメガホンを取ったマギー・ギレンホールも、ジェシーについて、決して同じことを繰り返さない「野生の生きもの」だと表現していた。この点については、『ウーマン・トーキング』の監督であるサラ・ポーリーも同じ思いを抱いているようだ。「ジェシーの困ったところは、やればやるほど面白くなっていくところなんです。だから何回もテイクを重ねてしまう。無理を強いている気がして、どうかとは思うんですけど、やめられなくなります。常識はずれの、素晴らしいことをやってくれるのはわかっていますから」

そんなジェシーが演じるのは女性グループの中でも一番の皮肉屋、マリチェだ。誰よりも酷薄な夫を持つ彼女は、今の生活からの出口を見つけられずにいる。絶妙なタイミングで笑いを誘う、その痛烈なセリフの裏には、焼け付くような心の痛みがあることがわかるのは、彼女の演技があってのことだ。「自分が演じる役柄が、どこへ向かっているのかまったくわかっていませんでした。本当に知らなかったんです」とジェシーは言う。テルライド映画祭でのプレミア上映では、彼女が即興で目を剥いてみせたシーンで、そのあまりに絶妙なタイミングに、客席に大爆笑が巻き起こった。しかしその後の展開では、観客からすすり泣きの声がもれた。「マリチェを演じた体験は、内側にある暴力性が、硬い鉄の殻で覆われている、というイメージです。そして(映画が)4分の3ほど経過したところで、その殻が砕け散ります」とジェシーは説明する。「この撮影中は、自分が好きになれませんでした。マリチェは実に厄介で、なりきって暮らすのは大変でしたから」

「かなり激しい役柄を演じてきた私にとっても、屈指の激しい役でした」

「ジェシーの困ったところは、やればやるほど面白くなっていくところなんです。常識はずれの素晴らしいことをやってくれる」と、サラ・ポーリー監督はジェシー・バックリーについて語る。Photo: © 2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved

Michael Gibson

自身の演技を「メソッド的ではない」と言うジェシーは、家にまで仕事を持ち帰るタイプではない。だが役を深く掘り下げていく中で、彼女自身にも演じる役柄の存在が影を落とすようになってきた。『ロスト・ドーター』では、母親としての感情や欲望を生々しく演じ切ったが、この体験は「私の人生でも本当に必要としていたタイミング」で訪れたという。「自分が送りたい人生に対して貪欲でもいい、悪びれなくてもいいと学びました」。さらには『ウーマン・トーキング』も、成長の糧になったという。「10代のころの『女性とはこういうもの』という理解は、今感じていることや、こうした人たちと仕事をしたことで学んだことと比べると、かなり狭いものでした」と振り返る。

ジェシーはこの映画が自身に与えた影響を心から実感したのは、仲間の共演者とともに、議論の場だった屋根裏部屋を最後に出てきたときだったという。この山場となるシーンで、マリチェはあざだらけで包帯を巻いた姿で登場する。それは酔った夫から度重なる暴力を受けたためだ。このとき彼女は、夫を完全に捨てることを考えていた。「私にわかったことがある。私たち女性は3つの要求をすると決め、それに応えてもらう資格がある」とマリチェは宣言する。「自分の子どもの身の安全。これからも揺るぎなく信仰を持ち続けること。そして自分の頭で考えることだ」

これがジェシーの言う「殻が砕ける」シーン、これまでなかった、役者が役柄に乗っ取られた場面だ。「ご覧の通り、本当に緊迫したシーンでした。私が今まで演じた中でも屈指の激しい役柄でした」と彼女は振り返る。「しかも、かなり激しい役柄をいくつも演じてきた私が言うんですからね」

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(6月2日公開) サラ・ポーリー監督

Photos: Sebastian Kim Text: David Canfield Translation: Tomoko Nagasawa