1975年、イギリスの作家ジェームズ・クラベルが発表したのが、徳川家康にインスパイアされた武将・吉井虎永を主人公に据えた小説『将軍』だ。1980年に一度ドラマ化された同作が、今回は真田広之もプロデューサーに名を連ね、新たなドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」として復活。日本人が観ても納得の映像とドラマが完成された。
ハリウッド大作でキャリアを積み上げているアンナ・サワイが演じるのは、英語を話せる敬虔なキリシタンで、主君である虎永(真田広之)も信頼を寄せる鞠子。2021年の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の後も、2023年にはゴジラなども登場するドラマシリーズ「モナーク:レガシー・オブ・モンスターズ」(Apple TV+にて配信中)で主人公を任されるなど、ハリウッドにおける彼女の活躍には目を見張るものがあった。そこへきて、今作である。
「日本の文化をしっかり伝えたい」
「最初はどんな作品になるか想像がつかなかったのですが、私にとって特別なものになりました。海外で日本を描いたこれまでの作品と違って、本物の日本の戦国ドラマであり、なおかつスケールの大きさに私自身も驚いたからです」
作品が完成した今、晴れやかな表情でそう語るサワイだが、どのようなプロセスでこの鞠子役に選ばれたのだろうか。
「オーディションの話をいただいた時、まだ原作を読んでおらず、短いプロットだけで作品を把握しました。最初のオーディションで演じたのが、鞠子が着物を脱いでお風呂に入るシーンだったので、『そういう作品なの?』と少し戸惑いながら、脚本どおりに演じました。そんな気持ちが伝わったせいか、一度そこでオーディションに落ちたんです。それから数週間経って、(クリエイターでプロデューサーの)ジャスティン(・マークス)らと話す機会があり、鞠子が、これまで海外作品で描かれてきた、セクシーだったり、従順だったり、または単にアクションができるアジア女性ではないと気付かされ、もう一度トライすることにしました。そんな感じで、3段階くらいのオーディションで役を得ることができたのです」
史実では細川ガラシャにあたるとされる鞠子。“謀反人の娘”という運命を背負わされ、虎永の家臣と結婚。聡明であることで虎永から厚い信頼も受ける。たしかにハリウッド作品にありがちなステレオタイプな日本人の役ではない。
「自分でも戸惑うような状況に対し、少しずつ理解を示し、己の役目を果たす。心に深い傷を負っており、状況に応じて苦しみを表現するのが鞠子です。しかも繊細に……。こうした日本女性のキャラクターは今までになかったことを改めて、実感しました。撮影中は、役の心情や本質と向き合い続け、苦しかったです。正直、『楽しかった』とは言えません。でも、ようやく終了して完成作を観たとき、日本人として誇りに感じました。現場の皆さんもそうですが、私自身も『日本人にとってすばらしい作品にしたい。日本の文化をしっかり伝えたい』と努めたので、それが叶ったという気持ちです」
日本人にとって素晴らしい作品を──。そんな戦国ドラマを完成させるうえで、俳優としてはさまざまなテクニックが要求される。サワイは着物の所作から薙刀(なぎなた)の扱いまで、完璧にこなしている。
「着物に慣れるのは難しかったです。(カナダでの)撮影が始まる前に、日本で着付けや所作をじっくり学びました。着物を着ると姿勢も変わり、ふだんとは違う筋肉が鍛えられます。撮影場所が寒かったので、7枚くらい重ね着をしましたし、重いカツラをつけたまま数時間、演技をすることもありました。それを10カ月くらい続けたので、すべて終了した時は『ふつうの服を着られる!』と、ちょっとホッとしたりして(笑)。薙刀に関しては、日本で習った後、バンクーバーでも1カ月ほどブートキャンプ(兵士の訓練。ハリウッド作品でもよく使われる用語)で鍛えて、本番では2回くらいのリハーサルで一気に撮った感じです」
鞠子はキリシタンで、英語も話せることから、日本に漂着した英国人航海士、ジョン・ブラックソーン(「按針」と呼ばれる)の通訳も務める。そのためサワイには劇中で日本語と英語のセリフが用意された。
「日本語のセリフは、戦国ドラマなので『ござりまする』『かたじけない』といった現在は使われない言い回しも出てきます。日本のことも『日の本』と言ったりと、慣れるのに苦労しました。英語のセリフも、イギリス訛りに日本のアクセントを入れたりして、私が話す英語と少し違います。ただ私はふだんから2つの言語(日本語と英語)をジャグリングしているので、切り替えはそれほど大変ではありません。現場には専属の通訳の方もいらっしゃいましたが、私が日本人クルーのために臨機応変に通訳をこなしたりもしました」
ハリウッドの道標となった真田広之
その撮影現場で、やはり感銘を受けたのは、プロデューサーであり、虎永を演じた真田広之の存在だったようだ。
「真田さんは人間として尊敬してしまいます。ハリウッドで活躍する日本人俳優として、きっと私の知らない苦労もたくさんあったはず。今回の撮影現場では、自分の出番でなくてもつねにモニターの横にいらっしゃって、私が少しでも演技で迷っているのを察すると、『ここは、こうしてみたら』とサポートしてくれました。真田さんは寝る時間もなかったのではないでしょうか。それくらい作品を支えていました」
この「SHOGUN 将軍」によって、サワイのハリウッドでの活躍はさらに加速しそうだが、そもそもアメリカでの俳優の仕事は夢だったのか。そんな質問を投げかけると、現在の自身の立ち位置にも話がおよぶ。
「俳優になったのは自分の意思です。『ハリウッドで』というより、とにかく映画やドラマで演技をしたいという夢がありました。小さい頃から海外の作品にも親しんできたので、ある意味、自然な流れで今の私がいると感じます。ここ数年、オーディションの機会も増え、ハリウッドで多様性が重視されていることは実感できますね。ただ個人的には、まだ日本人の描かれ方に不満を感じることも多いです。そうした状況を俳優の立場で変えることは、なかなか難しい。セリフの違和感を指摘しても『現場では判断できない』と修正されないことも多いのです」
彼女のエージェントはアメリカの大手、ウィリアム・モリス・エンデヴァー。2023年、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のストライキ中は「仕事は何もやっていませんし、オーディションも行われていなかったので、自由に過ごせた感じです」とハリウッド俳優らしく語るサワイだが、未来を見据えてこう目を輝かせる。「現在の拠点は日本。『SHOGUN 将軍』を撮影した1年は、日本にいたのは2週間くらいでしたが……。より日本への愛着が湧いたみたいです(笑)。一緒に仕事をしたい日本の監督も多いので、いろいろな役を演じてみたいです」
「真田さんのようなプロデューサーがいれば、日本人として恥ずかしくない表現ができる。『SHOGUN 将軍』が達成した“日本の描き方”が、ハリウッドで自然な流れになることで、同じような作品をもっともっと届けられたら」。今の活躍が続けば、その希望が現実になる日は、そう遠くなさそうだ。
Interview & Text: Hiroaki Saiko