「東京は昔のほうがカオスな街だった」(重松)
重松 よく東京はカオスな街だと言われたりもしますが、昔はもっとカオスなエリアがたくさんあって、さらに街自体の雰囲気も同じ東京とはいえ渋谷と浅草では全然違っていました。今の東京は広大なメトロポリスに均質なものが林立して、どこも同じような風景になっている印象があります。そして、その流れが近年加速している。土地の特徴を汲み取った開発がいくつもあれば、東京の中でも多層で多様な体験ができるのですが。
斎藤 おっしゃるとおりです。こうした均質化は長期的に見ると街の魅力を失わせるし、持続可能性の視点もない。一市民として、今の東京の再開発は資本主義の利益を優先しすぎていると感じます。
例えば、明治神宮外苑は歴史があり、公共性の高いエリアであるにもかかわらず、一部のデベロッパーが短期の利益を求めて、一方的に再開発を進めています。街づくりには、地権者やデベロッパー、建築家やデザイナーのみならず、住民や行政などさまざまなステークホルダーが関わる「自治」が必要ですが、実際にはそうなっていない。
私の関心事である気候変動の側面から考えると、空調や移動で大きなエネルギーを使い続ける高層ビルや、車優先の街づくりには、もはや合理性がない。理想を言えば、例えばパリやウィーンのように、車線を減らして歩行者や自転車優先にするだとか、街路樹を植えてヒートアイランド現象を抑えつつ、規模としては自転車やトラムの移動で15分くらいで完結するような街をつくってほしい。一度建てた建物は何十年と残ってしまうので、2050年までに脱炭素化するといわれる時代に適したものなのか考えたいところです。もちろん、建築面ではいろいろと工夫されていると思いますが。
重松 今東京では、全面ガラス張りの超高層オフィスビルは、もはやほとんど設計不可能というくらい建築の環境性能に関する厳しい基準があります。でも、都市的スケールで環境性能を測る指標は僕の知る限りないんですね。建築家にとってそういう指標があれば、その科学的な目標に向かってデザインできるので、とりあえずはそのような指標があってほしいなと思います。その一方で、そのような指標やソーラーパネルや緑化といった制度はチェックリスト化し形骸化しやすく、地球環境を根本的に改善するものかどうかわからないというのが現状ではないでしょうか。
何をもって都市の進化・発展と見なすか
斎藤 渋谷駅は再開発した結果、乗り換えが非常に不便な構造になっていたりもしますよね。ユーザーとしては、もう少し利便性を考えてもよかったのではないかと、通るたびに疑問に感じます。
重松 僕も迷ってしまいますが、渋谷駅の構造が必ずしも悪いとは思わないんです。というのも、地下から上がってブリッジを渡って地上に下りるといった都市の三次元的な動線に、東京の人たちが心理的にも身体的にもアダプトしている面もあると思うからです。それは高密度化に伴うある程度の必要性なのかもしれませんし、世界から見るとエキサイティングでもあるわけです。
斎藤 確かに私たちはそういうものに慣れることはできるけれども、それならむしろ、今後の気候変動に備えた建築や街の在り方に慣れるほうをとりたいですね。渋谷と比較してみたいのが、下北沢の再開発です。小田急線の線路とホームを地下にしたので鉄道会社は大きな駅ビルを建てることも可能でしたが、住民の反対運動もあり、保坂展人世田谷区長も開発の見直しを訴えたためにそうはならなかった。駅前は整備された一方で、昔ながらの下北っぽい店も入っていたり、区民の皆さんが花壇の世話をしていたり。ああいう形の再開発であれば、街としての魅力は残るのではないかと思います。
ところでニューヨークは最近、変わってきていますか?
重松 特にコロナ以降はかなり変わりましたね。リモートワークが主流になりミッドタウンのオフィス街が空洞化して以来、今も人が戻っていないので、オフィスビルを住宅に改築する動きが盛んです。一方で、通勤が辛うじて可能な郊外に引っ越す若者も多く、そこに新たなスタートアップの拠点ができたりと都市との関わり方が少しずつ変わってきています。
「最近、東京では杉並区が気になります」(斎藤)
斎藤 最近東京では、杉並区が気になります。阿佐ヶ谷や高円寺で若者がタワマン建設などの再開発に対して声を上げたり、区長の岸本聡子さんが住民に交じってそれを支持したりしているのはよい潮流だと。
重松 僕も若い世代、とりわけジェネレーションZに期待しているところがあるんです。我々世代と違って大都市を好まず、ワークライフバランスや環境を重視して郊外や地方都市を選ぶ人が多い。これまではみんなが大都市に魅了されて集まったから、その需要を満たすために大きな建築や商業開発が必要だったわけですが、その需要自体が分散すれば地方に新しい感覚を持ったエリアができてきたり、大都市そのものも否応なく解体され、変化するのではないかと希望的観測を持っています。
従来、都市のパワーランキングといえば人口の多さやGDP、インフラやサービスの充実度、文化施設の数、公園の面積など安定した多様な指数で見ていましたが、昨今は幸福度やウェルネス、環境の指標をどの程度満たしているかといった新しい基準も含めて見ていく傾向にあります。メディアの役割も重要です。政党支持率ではないけれど、幸福度が上がったから、地球環境によくなったから「東京の好感度(ランキング)が前年比で1ポイント上がりました」と我々やメディアが伝えて、そのような新しい価値観を定着させることが重要です。ぜひとも斎藤さんには、そういうことにも知恵を貸していただきたいです。
斎藤 確かにGDPだけでは格差も環境問題に対する姿勢も幸福度も反映されていませんからね。GDPが増えてもウェルビーイングが下がったり、再開発しても予想したほど経済効果が上がらないケースもある。従来の指標に反映されないが故に見えてこなかったことをしっかり可視化して、何をもって「発展」「進歩」と見なすのかを捉え直すべき時期でしょう。
例えばフランスはこれからの時代に向けて、大規模商業施設の建設を国の方針として規制しています。日本だとこうした政策が国民の支持を得るところまでいかないという問題がありますが、だからこそこれがかっこよくて新しい価値なんだと広く知ってもらいたいですよね。そこは重松さんのような建築家も巻き込んでやっていきたいところです。
重松 何が都市として最先端なのかという価値観が共有されるということですね。高いタワーや大きい駅があるとか、新しい建物があればあるほどいいといったモダニズム以来の意識が変わらなければ。
渋谷スクランブル交差点をカーフリーゾーンに
斎藤 1964年の東京オリンピックや70年の大阪万博以来、大きなイベントを開催↓再開発↓新しいインフラ云々というのが、いまだ日本の「成長」のモデルです。私は都市の設計やデザインはできないけれど、従来のモデルはもう時代遅れなんだな、こっちが新しいトレンドなんだなと示していくという点で、思想は少しは役に立てるのではないかと思います。
ところで、今回設計された虎ノ門ステーションヒルズタワーには、どのような特徴があるんですか?
重松 環境や公共との関わりで言えば、愛宕神社や虎ノ門ヒルズから連続する緑地がつくる緑やアクティビティの帯が、タワーの足下のど真ん中を突っ切っていくデザインです。通常の超高層ビルは中央にエレベーターコアというインフラ兼構造体がありますが、それをスカイロビーから両サイドに分けているので、タワーの真ん中を一般の方が歩いて通り抜けられる。これは本来、複合商業ビルにとって重要な「コア」部分を「公共に渡す」というジェスチャーとしてのデザインなんです。
斎藤 デザインの意図はよくわかります。ただやはり持続可能性には疑問があります。そもそも、こうした公益に関する部分は、重松さんのような建築をつくる側の「善意」に頼ることになりがちなので、例外なく適用できる仕組みやルール作りは必要でしょうね。東京で比較的実現できそうなのは、街の中心への車の進入を規制することではないかと思います。例えば渋滞しがちな渋谷のスクランブル交差点の周囲には車が入れないようにしたらどうでしょう?
重松 まさにNYのタイムズスクエアが実践しています。慢性的に渋滞が起きていた場所を潔く歩行者専用ゾーンにした。渋谷のスクランブル交差点も車と人間の共存の象徴ですから、それを「歩行者に与える」というシンボリックなジェスチャーの事例が増えると、「こういう価値観っていいな」と思う人も増えるのでは。交差点の横断歩道のパターンを残したまま広場にしたらかっこいいですよ。
斎藤 そうなったら、東京も面白い景色になりますね。
Profile
重松象平
建築家。OMAのパートナー、ニューヨーク事務所代表。九州大学大学院人間環境学研究院教授。代表作は、ティファニーニューヨーク本店、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーほか。「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ」展の空間をデザイン。
斎藤幸平
哲学者、経済思想家、マルクス主義研究者。東京大学大学院総合文化研究科准教授。2021年に新書『人新世の「資本論」』がベストセラーに。著書に『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』ほか。最新刊は、『コモンの「自治」論』。
Text: Yoshiko Yamamoto Editors: Maki Hashida, Yaka Matsumoto