トム ブラウン(THOM BROWNE)の2025-26年秋冬ショー会場。そこには約2,000羽もの折り紙の鳥が宙を舞い、地面に降り立っていた。だが、それだけでは足りなかったのか、ショーの間中も2人のモデルがセットの中央に置かれたテーブルにつき、黙々と鳥を折り続けた。
「鳥」はブラウンにとって、ちょっとしたテーマになっている。昨年の秋冬シーズンはエドガー・アラン・ポーの詩『大鴉』からコレクションを着想し、今季はアメリカのドキュメンタリーテレビ番組『60ミニッツ』の野鳥観察を取り上げた回を見て、インスピレーションを得たと言う。
「現在の政治状況を鑑みて、(鳥が)希望を象徴するものになってくれればと思ったんです。そこからアイデアを膨らませ、他人の言うことは気にせずに、自分を思う存分表現する『自己表現の自由』というコンセプトになっていきました」とブラウンは語った。今の世の中には、ファッションの力ではどうにもならないことの方が多い。業界自体も浮き沈みが激しく、クリエイティブ・ディレクターの交代はいまだに相次いでいる。デザイナーたちも「厚遇されているとは決して言えない」と指摘するブラウンは、そんな不利な立場に置かれているファッション従事者と同調する意味でも、「鳥」というモチーフに希望を託したのだろう。
開演と同時にランウェイに現れた2人のモデルの服装は、全身グレー。これから展開されるコレクションのヒントになるかと思いきや、 続くルックは予想に反して彩り豊か。鳥をモチーフにしたディテールはもちろん、この日のために特別にデザインされたヘリテージツイードを取り入れたことにより、結果的にここ数シーズンの中で最もカラフルなトム ブラウンのコレクションのひとつとなった。
ルックに命を吹き込む、空想の鳥たち
序盤ではオートクチュールに匹敵するボリュームのピースが登場。この時点ではまだ抽象的に表現されていた鳥の要素は、ショーが進むにつれどんどん具象化。小鳥の胸や鵬の翼を想起させる曲線など、さりげないディテールからひと目で原型がわかる刺繍やインターシャ編みに姿を変えていった。そのどれもが、インスピレーションとなったシュルレアリスムの共同描画制作である『優美な屍骸』に引けを取らない、インパクトと精巧さだ。通常よりも抜け感のあるオーバーサイズのコートはさまざまなカラーや柄のヘリテージツイードで打ち出され、繊細な装飾を引き立てる機能性と耐久性が備わっている。そして鳥のダイナミックな動きは、ツイードとシルクのダッチェスサテンのバイアスカットドレスで再現。体のラインに沿うような流れるサイドシルエットは、畳んだ翼さながらのフォルムを描く。
「とてもクラシックなアイデアを、捻りのある形で表現するコレクションに、どうしてもしたかったのです」と言うブラウンは、やると決めたことは徹底的にやる。今回も「鳥」という一貫したひとつのテーマに沿い遂げ、ルックにセットに演出、そのすべてに落とし込んだ。そしてセットにあるテーブルの上の鳥籠には、ブラウンのミニチュア人形が入っていた。それは、何を意味するのか。「高校のマスコットがカナリアだったんです。台風の目の中を飛べる、唯一の鳥です」と語るブラウン。彼はこれからも、自由な表現と創造に想いを馳せ続けていく。
※トム ブラウン 2025-26年秋冬コレクションをすべて見る。
Text: Nicole Phelps Adaptation: Anzu Kawano
From VOGUE.COM
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