初のセレブ恋人は『卒業白書』のレベッカ・デモーネイ
トム・クルーズが現在のような大スターになるきっかけとなった、21歳のときのブレイク作品が『卒業白書』(1983)。シャツ1枚&ソックスで踊りまくるトムの姿は、今や伝説となっているが、本作の共演相手で売春婦役を演じたレベッカ・デモーネイが、俳優として初めて本格交際に至った人物とされている。トムより3歳年上のレベッカは、「Celebrity Page」のインタビューで「(トムは)最初はうっとおしかったけど、そのうち私を好きになってくれた。それから2年半も一緒にいることになったわけだし」と答えている。
16歳年上のシェールもトムに夢中だった⁉
1985年、23歳のトムは16歳年上のシェールと出会った。「ピープル」によると、二人はショーン・ペンとマドンナの結婚式で知り合い、その後ホワイトハウスに招待されて再会をしたという。シェール曰く、「失読症の人たちがホワイトハウスに招待されたんだけど、トムも私も失読症なんです。すぐには付き合わなかったけど、間違いなくそこでつながりを感じた」とのこと。2013年にTVトークショウ番組「Watch What Happens Live with Andy Cohen」に出演したシェールは、ホスト役のアンディ・コーエンに「トム・クルーズはこれまであなたが交際をしてきた人たちの中で何位に入るか?」と聞かれ、「トップ5」には入ると答えている。
大きな影響を受けた初婚相手のミミ・ロジャース
「ローリング・ストーン」によると、トムと6歳年上の俳優ミミ・ロジャースとの出会いは、『トップガン』(1986)の撮影に入る1年ほど前に開催された、とあるディナーパーティーだった。1950年代からサイエントロジーを信仰していた父親のもとに誕生したロジャースは、自ら同教会に入信したということはなく、2世として生まれながらにしてサイエントロジー信仰と共に育ったという。その信仰は、1998年5月9日に結婚をしたトムにも大きな影響を与えることとなった。しかし、二人は1990年の1月に離婚を発表。
その数日前に掲載された「ロ―リング・ストーン」の取材によると、トムはまだ彼女に未練があった模様。「僕はそれまで恋をしたことがなかった。彼女と一緒になってから、僕はすごく解放されました。おかげでより良い俳優になれたと思っています。僕たちは多くのことを共有してきました。彼女は僕の親友なんです。彼女と一緒にいる時間が本当に好きで、彼女を愛しているんです」
ちなみに離婚の原因は、大スターになったトムとの格差が原因と噂されたが、後にミミ・ロジャースは「テレグラフ」に対し、格差なんてまったく気にならなかったが、それよりもことあるごとにメディアが二人の6歳の年の差を揶揄していたことが大変だったと語っている。
90年代ハリウッド席巻したニコール・キッドマンとの恋
『デイズ・オブ・サンダー』(1990)の共演で、5歳年下のニコール・キッドマンに夢中になったトム・クルーズ。「USウィークリー」によると、カップルは1990年の12月24日に親しい人たちだけを集めた挙式を行った。このときトムは28歳、ニコールは23歳だった。二人はプライベートを公にすることはなかったが、1992年には『遥かなる大地』で2度目の共演を果たす。
さらにスタンリー・キューブリックの遺作となった『アイズ・ワイド・シャット』(1999)で3度目の共演に至るが、2001年に「キャリアの相違と和解しがたい不和」を理由に離婚を申請した。当時、繊細な役どころでありながらキューブリックの現場が厳しく、撮影も予想以上に長引いたことなどでニコールが疲弊したことが、10年に渡る結婚生活の終焉の原因などと噂されたが、ニコールは後に「ハリウッド・レポーター」のインタビューでこれを否定している。
二人の間には1992年に養子として迎えた娘イザベラと、1995年に養子として迎えた息子コナーがいるが、二人とも両親の離婚後もサイエントロジーを信仰しており、父親との距離が近いことで知られる。
恋多き女性ペネロペ・クルスに夢中に
2001年には『バニラ・スカイ』(2001)で恋人役を演じたペネロペ・クルスと熱愛に発展した。撮影中はまだニコール・キッドマンと結婚をしていたため、当初はクルーズの不倫が疑われていたが、ペネロペはトムとの関係が恋に発展したのは撮影後に出来事だと「テレグラフ」のインタビューで主張している。いずれにしろ二人はペネロペ・クルスが主演する『コレリ大尉のマンドリン』(2001)で揃ってレッドカーペットに登場し、恋人関係であることを公表した。
当時トムは、ペネロペにさまざまなサプライズを仕掛けていたようで、「帰宅したら彼女の好きな食事を用意してあげたり、お風呂を沸かしてあげたりしている。そういうことが好きなんです。彼女は僕の手料理が好きなので、彼女のために料理をしています」とUS版『マリー・クレール』に珍しくのろけ話をしている。しかし、この関係も約3年で終わりを迎え、二人は2004年に円満破局している。
オーディションによって恋人に選ばれたと噂されるナザニン・ボニアディ
2004年から1年間に渡り、当時42歳のトム・クルーズと恋人関係にあったのが、24歳だったイラン系英国人俳優のナザニン・ボニアディ。「ヴァニティ・フェア」によると、この頃サイエントロジー教会がトムの新妻候補を探すオーディションを開催しており、「特別プロジェクト」と偽り、若手女優たちにオーディションテープを作成させていたという。
そして、2004年に才色兼備で、母親がサイエントロジーの信奉者だったナザニン・ボニアディに白羽の矢が立った。トムのガールフレンドになるためにナザニンは、当時交際していた彼氏と別れ、髪を染めるなど、さまざまなリクエストに応じなければならず、教会の承認なしにお見合いを放棄してはならないという秘密保持契約まで結ばされたと言われている(サイエントロジー教会はこれを真っ向から否定)。結局二人の関係は数カ月で終わり、最終的に彼女は2010年に教会を脱退している。
6年でピリオドを打ったケイティ・ホームズとのおとぎ話婚
幼い頃からトム・クルーズの大ファンだったというケイティ・ホームズが、トムと初めて会ったのは2005年の4月。『ミッション・インポッシブル3』(2006)の出演絡みで顔を合わせたようだ。『ハリウッド・レポーター』によると、ケイティは2003年から交際をしていた俳優クリス・クラインと破局したわずか1カ月後の2005年4月、ローマでトムとカップルデビュー。
ケイティとの交際がよほど嬉しかったのか、2005年には人気TVトーク番組「オプラ・ウィンフリー・ショー」に出演したトムは、突然ソファを駆け上がりジャンプを繰り返す喜びの舞を披露した。これが奇行だと世間を騒がせることに。また、この翌月にケイティはカトリックからサイエントロジーに改宗している(現在は脱会)。2006年4月18日には長女のスリが誕生し、同年の11月にはイタリアで結婚式を行うなど、順風満帆に見えた結婚生活だったが、6年後の2012年にケイティから離婚を申請した。
「トムキャット」と呼ばれ、その動向が常に注目を集めていたカップルだが、離婚理由は「きわめてパーソナルな問題」とのこと。しかし、そこにはトムにサイエントロジー信仰が絡んでいると噂されている。
