「皆さんを誘惑できたらよいのですが」。トム フォード(TOM FORD)でのセンセーショナルなデビューショーを終えたハイダー・アッカーマンは、バックステージで待ち構えていた取材陣にそう言った。予め用意していたセリフなのか、アドリブなのかは定かではないが、アッカーマンが放ったこの一言は、2023年にブランドを去った創業者のトム・フォードのかつての発言と並ぶ、印象的なものだ。
20年以上にわたりブランドを支えてきたピーター・ホーキングスが、わずか1年ほどでクリエイティブ・ディレクターを退任し、その後任としてフォード自らが抜擢したアッカーマンのセンスは、創業者のものとは少々異なる。初手からダイナミックなエネルギーを放つフォードと、じわじわと心に迫るアッカーマン。前者は大胆不敵なファッションを、後者はよりロマンティックな表現を得意とするが、常に抜かりないコーデに身を包み、容姿と身なりが整っている2人からは同じ匂いがする。互いに通じ合う理由はそれとなくわかるが、その相性はどれほどのものなのか。
少し前にゲストデザイナーとしてジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)のオートクチュールコレクションを手がけたアッカーマンは、その一度限りのコラボレーションでクチュール界に衝撃を与え、以来、熱烈なファンから、ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)やシャネル(CHANEL)の次期デザイナーとして推されてきた。ジャンポール・ゴルチエでやってのけたようなことを、トム フォードでもできるだろうか?ブランドが打ち出す「グラマー」をアップデートし、未来を見据えた進化をもたらせるだろうか?セレブたちが席に着き、照明が暗くなるのを待つ間、そんな疑問がゲストたちの頭の中を渦巻いていた。
フォードとアッカーマン、2人の美しい化学反応
アッカーマンは、フォードがこれまで自身のメゾンやグッチ(GUCCI)、サンローラン(SAINT LAURENT)で手がけてきたものからは直接インスパイアされず、堂々とデビューコレクションの制作に取り組んだ。代わりにインスピレーションにしたのは、デイウェアやイブニングウェアといった、大まかなカテゴリー。レザー、そして白と黒を多用し、リップの赤でアクセントを加えたデイウェアで幕を開け、フォードに共通する卓越したテーラリング技術と豊かな色彩感覚を感じさせるイブニングルックで締めくくり、本領を発揮した。
使用したカラーはアシッドイエローやアイスブルーから、繊細なライラックまで幅広い。しかし、彼はまた、黒に秘められた力も理解している。そして男性セレブにとって、今やレッドカーペットの定番ルックとなったメゾンのスーツをウィメンズウェアに転換したピースも展開。プランジングネックのジャンプスーツ、ペアとして披露されたノースリーブのコートドレスとカメリアが胸もとに咲くストラップレスドレスなど、まさに華やかな舞台にふさわしい。
フォードが思う「セクシー」について尋ねられるアッカーマンは、インタビューではその言葉を避け、代わりに「官能的」という表現を好んで使う。そしてバックステージでは「『グラマー』という言葉は理解できない」とも言い放った。しかし、その発言とは裏腹に、ランウェイに送り出したカットアウトやスリットを大胆に施したドレスは、絶妙な品を醸し出しながらも見るからに「セクシー」で、複雑なテクスチャーが目を引くメッシュのドレスとタキシードは、明らかに「グラマー」だ。トム フォードとハイダー・アッカーマンとの化学反応は、これからどんどん美しさを増すだろう。そんな期待を抱かせてくれる、熱気漂うパリの夜だった。