キーワードは「ゴールド」
2021年にパルファン・クリスチャン・ディオール(PARFUMS CHRISTIAN DIOR)のパフューム クリエイション ディレクターに任命された調香師のフランシス・クルジャン。由緒あるメゾンの重要なポジションへの就任が決まった彼がまず行ったことは、膨大な数の本を読むことだった。
クリスチャン・ディオールが愛したフランス南東部のグラースを訪れ、パリではディオール(DIOR)のアーカイブに足を運び、彼が残した言葉を読みふけった。「ディオールと私との間に共通点を見つけたかったのです」と語ったクルジャン。就任に対する不安はなかったのか。「カール・ラガーフェルドはこう言ってました。『向いていないなら、やらない。何をやるにも、生まれつき向いていなければならない』」と答えた。
クルジャンほど生まれつきパフューム クリエイション ディレクターに向いている人物はいない。ポジションの重大さもさることながら、多大なプレッシャーの中、20年以上も愛され続けているディオールのベストセラーフレグランス、「ジャドール」をアップデートできるのは彼くらいだろう。
「クオリティと力強さを担保しながら、メゾンのシグネチャーとしてもビジネスとしても成功する香り」でなければならなかったという待望の新作。再解釈するにあたって最大のポイントとなったのが、「ジャドール ロー」の名前にもある「ゴールド」だ。「24カラットが純金だと思っていたんですけど、最も純度が高いゴールドは液体になるまで加熱し、不純物がすべて取り除かれるまで加熱し続けなければいけないのです」と語った。
そこで彼は、「ジャドール」そのものを研ぎ澄ますとどうなるのかを考え始めた。「不要なものがすべてなくなれば、残るのは一体何か?ゴールドに匂いはない。思い描いているビジョンを何か感情に、香りに具現化しなければならなかったのです」
その結果、生まれたのが8月25日発売予定の新しい「ジャドール ロー」。ジャスミン、ローズ、イランイラン、そしてスズランとスミレというブーケにより表現された、豊潤でまろやかな香りはオリジナルよりも丸みを帯びた、ソフトな仕上がりになっている。「まるで肩のなだらかな曲線を照らす、たおやかな太陽の光」とクルジャンが言い表した香りは、「ジャドール」に忠実でありながら、しっかりとどこか異なる魅力を持った調香の傑作である。
少年時代に遡る、ディオールとのつながり
クルジャンが作る香水は、どれも纏う人にとってユニークでありながら、大勢の人にも好まれる大ヒットフレグランスだ。その魔法のようなスキルは、30年以上にもわたる香水作りのキャリアを通して培ってきた、言わば彼のトレードマーク。6年間LVMHグループで自身の名を冠したフレグランス・メゾン、メゾン フランシス クルジャンで数々の名作を生み出してきた彼だが、はじめからディオールの調香師になる運命だったのかもしれない。
フレングランスメーカーのジボダン(GIVAUDAN)でキャリアをスタートさせた彼は、偶然か必然か、そこで1999年に発売された初代「ジャドール」を調香した、マスターパフューマーのカリス・ベッカーと働いていた。「顔を突き合わせて、オフィスで一緒に働いていました」と当時を振り返った。
実際にディオールは昔から彼にとって近しい存在である。少年時代、母親の友人で、クリスチャン・ディオールのモデリストをしていた“フランソワーズ・B”という人物に、よくメゾンの話を聞いていたと言う。「ジャン・コクトーがワードローブいっぱいに白いミンクを詰め込もうとしたことや、布をピンで留める方法を教えてもらいました」。現在80代だというフランソワーズといまだに連絡を取っているクルジャンは、ほかでは聞けないようなちょっとしたことが知りたいときは、彼女に電話をするそう。「ディオールで直接体験したことをもとに話してくれるので、本や映画からは得られない、一味違った側面を知れるのです」
新しい「ジャドール ロー」を纏うのはどのような人かという質問に対して、クルジャンは満面の笑みで次のように答えた。「駆け出しの調香師の頃は、自分が作った香りを誰が纏うのか考えるようにと言われたものです。昔はああいう人かも、こういう人かもと想像するのが楽しかったのですが、今は正直、わからないですね。クリスチャン・ディオールはかつて、『私のモデルは世界中の女性たちだ』と語りました。この言葉を聞くと、とても安心します。できるだけ大勢の人の心に響くものを作れば良いということなので」
多くの人に愛されるものを作りたい。ディオールと共通する思いを見出せたクルジャンだった。
Text: Kathleen Baird-Murray Adaptation: Anzu Kawano
From VOGUE.CO.UK

