オリヴィエ・ルスタンは昨年7月下旬、バルマンの2023年春夏コレクションを完成させるか、バカンスに出発していたはずだった。しかし、気がつくと彼は発売されたばかりのビヨンセのアルバム『ルネッサンス』をヘビロテしていた。パリからの電話で彼が語ったところによると「聴きながらスケッチを描きまくっていました。スケッチする感情を抑えられないときがあります。アルバムの中のスケッチを始めて、曲や歌詞とどう関わるかと想像して──なにかするつもりだったわけじゃなくて、ただ音楽にインスパイアされただけです。このコレクションはこうして始まったのです」
「本気で一緒にクチュール・コレクションを作りたい」
その後バカンスに出かけても、ルスタンは不思議な体験をさせてくれる『ルネッサンス』の楽曲のスケッチを続け、洗練させ、具体化させていった。8月末にパリへ戻ったとき、彼は決心した。「マルニ(・セノフォンテ。ビヨンセのスタイリスト)とB.に連絡して言いました。『本気で一緒にクチュール・コレクションを作りたい』。ふたりは「うわ、びっくりした」って様子でした』
ルスタンは続けた。「私の希望は、以前一緒に手がけた作品を超える仕事にビヨンセと挑戦することでした……。共同デザイナーになりたかったんです」。嬉しいことに、ビヨンセも乗り気だった。
この5か月間、ルスタンはビヨンセとセノフォンテと協力して働いてきた。彼らの最初のタスクは、ルスタンが音楽に夢中になってスケッチした50以上ものルックを17に絞ることだった。そして、それらのスケッチをバルマン×ビヨンセ クチュールコレクションへと変換すること。その完全プロデュースの結果できあがったのが、バルマンというメゾンの歴史とビヨンセの音楽的偉業それぞれへの敬意が込められたルックの数々だ。そのうちの2つは皆さんもすでに目にしたことだろう。今年初めにおこなわれたグラミー賞とブリット・アワードで、ビヨンセが着用していたからだ。他のルックも今後、別の場でお披露目されていくだろう。
「今回のコラボレーションの歴史的な意義に興奮せずにいられません」とルスタンは言った。「黒人女性が、パリの歴史あるメゾンのクチュールコレクションを監修するのは、これが初めてのようです。そしてそのデザインは、パリの歴史あるメゾンでコレクションを手がけている、初の黒人男性と協力して生まれたものです。ふたりの“初”がたくさんの人々に影響を与えるよう期待します。ありがとう、ビヨンセ。この旅を始めるきっかけとなった、広まりやすく喜びにあふれた音楽をつくってくれて。そして音楽の力をパーフェクトに映し出すコレクションを確実に作るために私とパートナーになってくれて」
ここでは、ルスタンとビヨンセが共同で作り上げたスペシャルなコレクションの17ルックの中から、12ルックについてご紹介する。それぞれのルックはアルバム『ルネッサンス』の楽曲や歌詞に影響されている。彼らのコラボレーションがどのようなものだったのか、ルスタンによるスペシャルコメントもあわせて読んでほしい。
“I’m That Girl”
LOOK:パンチのきいたオープニングルックは、彫刻家エリー・イルシュが製作したハンマーメタルのビスチェに、黒いナッパレザーのパレオスカートとグローブをあわせ、スパイクブレスレットを重ねた。
LYRIC:From the top of the morning, I shine (ah-ooh) / Right through the blinds (ah-ooh) / Touching everything in my plain view / And everything next to me gets lit up, too (ugh)
(日本語訳)朝から私は輝いてる(a-ooh) / ブラインド越しに(a-ooh) / 視界に入るものすべてに触れる / そして私の隣にあるものもすべて照らされる (ugh)
ルスタンによるコメント:「ビヨンセはしっかりした強い女性です。この歌詞とメッセージのおかげで、最初のデザインをどういう方向性にするかという選択がとても楽になりました。私たちは彫刻家のエリー・イルシュに、この荘厳な太陽と王冠を組み合わせたメタルビスチェ(特にこのスパイクの危険度がぞくぞくするほど完璧で大好きです)を依頼しました。
“Cozy”
LOOK: 黒いベルベットにピンクの羽根を刺繍した花火ドレス。小物は黒いベルベットのターバンとブーツ。
LYRIC: Paint the town red like cinnamon / Yellow diamonds, limoncello glisterin’ / Rainbow gelato in the streets
(日本語訳)街をシナモンみたいに赤く染めて/黄色いダイヤモンド、リモンチェッロの輝き/街には虹色のジェラート
ルスタンによるコメント:「『Cozy』の心躍る精神、ビヨンセが自分自身を愛することの大切さを歌ったボールルーム的アンセムを表現するために、メゾン フェヴリエの職人たちに、これまでやったことのないことをやってもらいました…。ビヨンセと彼女のスタイリストのマルニ・セノフォンテ、バルマン・チーム、そして私は、職人たちと密接に連携しながら、最終的に『世界を鮮やかなピンクに染める』ことに成功しました。雄鶏のピンクの羽根で作ったブーケを大量に刺繍し、まるで花火が何発も上がったような高揚感を演出しました」
“Energy (01)”
LOOK: 黒のシルク、ベルベット、レーヨン、パテントレザーの糸をミックスしたマクラメ編みのロングドレス。ボディスには黒く染めたキジの羽を刺繍。
LYRIC:Ooh, la, la, la / That’s the way them boys sound when I walk through the block-block-block
(日本語訳)Ooh, la, la, la / 私がこのブロックを歩いているとき、ボーイズの声が聞こえる
ルスタンによるコメント:「『Energy』はアルバムの中でも短い曲のひとつですが、このデザインは私たちにとって最も長くて完成させるのが大変なもののひとつでした…。すごくセンシュアルなものにしたかったのです。着る女性が自分の魅力と威厳の両方をよく理解していることがはっきりとわかるような、極上のモダン・クチュールなドレスです。羽根飾りはパリのメゾン・フェヴリエが手がけました。フェヴリエは、伝統的なクチュールのランウェイやアイコニックなキャバレーの舞台に登場する見事な羽飾りを作る名手として長年高く評価されています。よく見ると、ドレスの入り組んだマクラメ模様が複雑なことに驚かされます。間違いなく真の芸術作品です。ドレスは、シルク、レーヨン、ベルベット、パテントレザーなど、さまざまな種類の漆黒の糸を大量に使い、才能あふれるフランス人アーティストであるローレンティーヌ・ペリルーが15日間かけて丹念に織り上げ、結び目を作りました」
“Break My Soul”
LOOK:光沢のある黒いベルベットのフード付きドレープドレスに3Dプリンターによるビスチェをあわせた。ビスチェはブラッククロームを電気めっきしたもので、裸体かと錯覚させる。
LYRIC: I’m takin’ my new salvation
(日本語訳)私は新しい救いを手に入れる
ルスタンによるコメント:「ビヨンセとJAY-Z、The-Dream、トリッキー・スチュワートが共作した『Break My Soul』は、ロビン・Sの名曲『Show Me Love』をサンプリングして90年代のハウスミュージックを称え、バウンスの伝説的存在でニューオリンズのラッパー、ビッグ・フリーディアの忘れられないボーカルを加えています。この曲の精神を最大限に反映させるために、このデザインに自信とパワーを持たせる必要があると私たちは考えました。そこで、ターバン、フード、ドレープという印象的なトリオと、つやつやのビスチェを組み合わせてドラマチックに仕上げました。ヌードトルソーかと思わせるこのトロンプルイユは、職人たちの究極の概念を3Dプリントしたものです。レーシングカーのフレームに使われるようなできるだけ光沢のある黒をスプレー塗装しました」
“Church Girl”
LOOK: メタリックベルト付きの黒と赤のベルベットのケープコートにシルバークロームで電気めっきした3Dプリントのチェストビュスチェ。アナログレコードに着想を得たツートンカラーでフラットな円形ハットを合わせた。
LYRIC: “I’m warning everybody, soon as I get in this party / I’m gon’ let go of this body, I’m gonna love on me”
(日本語訳)みんなに警告する、このパーティに参加したらすぐに/この体を手放して、自分を愛してあげるの
ルスタンによるコメント:「敬虔なタイトルでありながら、『ルネッサンス』のなかで最も露骨な歌詞を持つ『チャーチ・ガール』は、今こそ手放す時だということをはっきりと示しています。ビヨンセと私は、“あちら側”にたどりついた人が楽しむことを謝らなくてよいと思えるような自信に満ちた精神を映したデザインにしたいと思いました。このビスチェは、スケッチした後に3Dプリントで作成し、亜鉛メッキ金属でコーティングすることで肩から腰にかけて軽くて快適な鎧になっています。包み込むようなベルベットの布地をベルトで力強く締め、リボンのような上半身のシルエットを作り出しました。このディテールは、クラシックなリボンを独創的に使うことで常に驚きを与えてきたムッシュ バルマンの長い歴史にスポットを当てています。そして、フラットなクチュールブラックハットには、赤い内輪を加えただけ。“クイーン・ベイ”のために、レコードから着想を得た完璧な王冠を作ることができました」
“Plastic Off the Sofa”
LOOK: ピンククロームのリボンを逆さまにしたデザインのビスチェドレス。
LYRIC:Like it, I like it, I love it, baby
(日本語訳)好き、好き、大好き、ベイビー
ルスタンによるコメント:「『Plastic Off the Sofa』の華やかで官能的なディスコ風グルーヴを表現するために、私たちは再びバルマンの職人たちに依頼しました。職人たちは3つのまったく異なるコンセプトを見事に融合してくれました。1つ目は、非常に官能的なシルエットで、印象的なカーブを描く前後のボーンによって、完璧にフィットするボディコンのチュールビスチェ。2つ目は、亜鉛メッキを施したピンククロームの生地による、まばゆいばかりの光沢感(タイトルのように、つるつるとした滑りのよい素材を表現しました)。そして3つ目は、パリのクチュールを象徴する2つ、リボンとル・スモーキングの意外な組み合わせです。ビヨンセと私は、バルマンのアーカイブにあるミッドセンチュリーの数々のサンプルから、創業者がリボンのサイズや形、配置に新しい工夫を凝らし、驚かせるようなクチュールのシルエットを生み出す才能にとても刺激を受けました。この遺産をもとに、私たちは光沢のあるピンクのリボンを180度反転させることにしました。それで、通常ではリボンの垂れ下がる布端が、クラシックなル・スモーキングをラペルだけに削ぎ落したかのように変身させたのです」
“Virgo’s Groove”
LOOK: エリー・イルシュによるメタリックなデコルテピースに、ダスティピンクのベルベットのコローラ・ドレスとセカンドスキンを合わせた。ハットは、バルマンのヴィンテージデザインをベースに、ハンマーメタルで再解釈。
LYRIC:Baby, come over / Come and woo me through the night
(日本語訳)ベイビー、来て / 来てひと晩じゅう私を求めてよ
ルスタンによるコメント:「『Virgo’s Groove』は、ベイの星座(ちなみに私の星座でもある)にちなんで名付けられたもので、6分間にわたって、セックス・ポジティブでディスコ調の激しさを表現したファンキーな作品です。こうした誘惑の歌には、激しさを加える必要があると考え、美しく露出した肩の周りを流れるようななめらかなラインを作りました。そしてこのアンサンブルのネックラインを作るために再度エリー・イルシュのもとへ行きました。彼の滑らかで官能的なメタルピースは、構築的なピンクのクチュールガウンの下から完璧なバランスで顔を出し、ピエール・バルマンを代表するクチュールハットのデザインにメタリックなひねりをきかせたものと呼応しています」
“Move”
LOOK: ホットフィックスラインストーンをあしらったジタンブルーのジャージードレープドレス。お揃いのホットフィックスラインストーンのハットと角のようなヘッドドレス。
LYRIC:When the Queen comes through, part like the Red Sea
(日本語訳)女王が通る時、紅海のように道を分けよ
ルスタンによるコメント:「このデザインの狙いは、ビヨンセとグレース・ジョーンズ、テムズという夢のトリオが主張の強いレゲトンのアンセム『Move』に込めた、威厳あるパワーと自信の一端を記録することです。シンプルなパレオで遊ぶというアイデアから始まり、私たちはバルマンのアトリエのドレープ技術を信頼して、フード、ケープ、スカートを垂れた前布で一つにまとめました。人目をひくジタンブルーは、ビヨンセのお気に入りカラーです。ドレスが素晴らしくきらめくのは大量のビジューをつけた成果です。メゾン・ミッシェルの帽子の、フラットかつ誇張されたラインと、バルマンの力強いショルダーラインが、ドレスのくっきりとした縦ラインに理想的な横のバランスを加えています。アイキャッチーなコルネは、ルック全体を締めくくる彫刻的な高揚感を表し、80年代のグレース・ジョーンズのアイコニックなイメージからの引用です」
“Thique”
LOOK: 黒いベルベットのボディスーツに、ハンマー加工の真鍮とクリスタルのペンダントのようなビスチェを合わせ、黒ベルベットのターバンとシャンデリアのタッセルのようなイヤリングをプラス。
LYRIC:He thought he was loving me good, I told him, “Go harder” / She thought she was killin’ that shit, I told her, “Go harder”
(日本語訳)彼は私を上手に愛しているつもりだった 私は彼に言った「もっと頑張れ」/彼女は自分がそのクソ野郎を殺しているつもりだった 私は彼女に言った「もっと頑張れ」
ルスタンによるコメント:「ビヨンセと私は、もっとも突飛な夢を形にすることができました。熟練したクチュール職人たちと、刺激的なパリのシャンデリア、ル・シュマン・デ・マケットの辛抱強く技術力の高い職人のおかげです。私たちの最終的な成果が、とてもシンプルで、これでいいと思える美しい形になったのが気に入っています。『Thique』にインスパイアされた、極めてボールルーム的なシャンデリアのデザインを生みだすためには、複雑な構造や数学、技術、工学が駆使されています。でも、それは明からさまではないのです」
“All Up in Your Mind”
LOOK: 羽刺繍が施された扇子と、黒のベルベットとサテンのジャンプスーツ。手袋とラインストーン装飾。
LYRIC:Be careful what you ask for ’cause I just might comply
(日本語訳)頼むときには気をつけて。私が応じるかもしれないから
ルスタンによるコメント:「ビヨンセと私は、ニューヨークの伝説的なボールルーム・シーンへのオマージュとして、この華やかなトロンプルイユを思いつきました。それを可能にしたのはバルマンの職人たちでした。クジラの骨で作った芯でボーニングすること、正確なテーラリング、プリーツ加工…すべてです! 最後に見事な羽根刺繍と組み合わせて、ボールルームの注目を集める実物大の“扇”が完成しました」
“Pure/Honey”
LOOK: スパンコールとフェザーで刺繍されたグラフィックなアンサンブル。アクセサリーはメタリックメッシュのドレープイヤリングとブラックジャージーのターバン。
LYRIC:You know it’s Friday night and I’m ready to drive
(日本語訳)金曜の夜だよ、ドライブに行く準備は万端
ルスタンによるコメント:「『Pure/Honey』は、ボールルームコミュニティに敬意を表し、伝説のドラァグ・クイーン、モワ・ルネとケヴィン・アヴィアンス、そしてMikeQの曲『Feels Like (Featuring Kevin JZ Prodigy)』 をサンプリングしています。ビヨンセと私は、このデザインにクラブで演奏されるような同じような熱狂的な喜びを注ぎ込むことを決めました。そこで人目を引く光沢と、極大グラフィックパターンをワイルドに組み合わせることにしました。サイケデリック、ハーレクイン、マリニエール、ゼブラなど、さまざまな柄をミックスし、職人がフラットスパンコール刺繍を施すことで大胆なステートメントを作り出しています。その刺繍を引き立てるのが、メゾン・フェヴリエの白と黒の絶妙なフェザーワークです。さらに、コルセットの輝きを増すために、伝統的な編み上げコルセットのデザインを3Dプリントで再構築し、フランスのジェット機や高速鉄道の光沢を担当する技術者が完璧な光沢仕上げを施しました。さらに、スプレーペイントをしたら最後にニスを塗って、極上の輝きを実現しました」
“Summer Renaissance”
LOOK: ストラップレスのショートドレスにウィッグとケープを合わせ、ラメ糸のフリンジ、クリスタル、ラインストーンで刺繍を施した。
LYRIC:I want, want, want what I want, want, want
(日本語訳)ほしい ほしい 望むものがほしい ほしい ほしい
ルスタンによるコメント:「『ルネッサンス』でラストとなるこのディスコ調トラックがもつ喜びに満ちた精神に調和させようと、ハンドクラップのループとビヨンセが素晴らしい高音で歌うドナ・サマーの名曲『I Feel Love』をミックスしました。ベイと私は、絶対に祝祭の贅沢さを目指さなければならないと思っていました。ショート丈のミニマリズムは、完璧に仕立てられたバルマンのドレスで、ディスコクイーンの肩にかけるようデザインされたロングケープのマキシマリズムと対をなしています。このすべてを引き締めるのが、たっぷりしたシルバーフリンジです。その1本1本は、私たちのメゾンの職人が作ったもので、3種類のキラキラ素材を融合させ、パーフェクトにきらめく繊維を作り上げました。この3つの素材が組み合わさることで、『サマールネッサンス』のダンスフロアにふさわしい "It's so good "なアンサンブルが仕上がるのです」
Text: LUKE LEITCH Translation: Yoko Era Adaptation: Mamiko Nakano
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