新旧、時代を象徴する香りのマスターピースたち
きっとあなたにも、過去に熱狂した香りがひとつやふたつあるだろう。そもそも人はなぜ特定の香りに惹かれるのだろうか。精油療法士の加藤広美さんはこう答える。「人は幸せや安心、懐かしさなどの感情を想起させるものに惹かれる傾向が。たとえば、育ててくれた人の匂いや慣れ親しんだ場所の匂いなどがそう。また嗜好性には経験値による影響も大きいと言われます。チーズやスパイスなど、香気の強いものを日常的に好んできたか、自然豊かな場所で花々の香りを嗅いで育ったかどうかなど。母胎の中にいるときに母親が食べていたものが、香りの嗜好性に影響するという説もあります」。
なかでも、青春時代に心を捉えたフレグランスは特別な存在となる。「心理学の分野には“レミニセンス・バンプ”と呼ばれる現象があり、人は40代以降、老年になっても10~30代のことは鮮明に思い出せるというデータが存在します。これは、強い感情を伴う出来事がこの時期に起こり、記憶や回想が容易になることが理由。受験や新生活、就職、恋愛や結婚など、初めて経験することには強い感情が伴います。その記憶と香りが結びつくため、その人にとって意味深いものとなるのです」。だからこそ、最初に好きになったフレグランスは、その後の好みにも大きな影響を与える。
また、青春時代にフレグランスと出合うきっかけは、流行の影響も大きい。90年代なら、カルバン クライン(CALVIN KLEIN)のモダンな「エタニティ フォー メン オードトワレ」や、ジェンダーレスな香水の先駆けとなった「シーケーワン オードトワレ」、多面的な香りで女性ひとりひとりの魅力を花開かせたシャネル(CHANEL)の「アリュール」、挑発的なフローラルの魅力を知らしめたグッチ(GUCCI)の「エンヴィ オードトワレ」、“水の香り”として世界中に衝撃を与えたイッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)の「ロードゥ イッセイ オードパルファム」などが思い浮かぶ。
2000年代なら、新たな女性像を打ち立てた「クロエ オードパルファム」や、幸せな気分を運んでくれる「ミス ディオール」。2010年代なら上質なみずみずしさと清潔感を放つジョー マローン ロンドン(Jo Malone LONDON )の「イングリッシュ ペアー&フリージア コロン」──時代を象徴する香りには、抗えない魅力がある。
あるいは、自分をこう見せたいという意志を香りに託すこともある。「意中の人の視線をこちらに向けたい、自分を堂々と大きく見せたいといった動物的な欲求に基づいてフレグランスを選び、褒められるなどの成功体験に繋がると、それはその人にとっての特別な香りになります」
青春回顧で見つける、新しいフレグランスの世界
改めて“青春の香り”に思いを馳せてみると、色鮮やかに数々の記憶が呼び起こされるだろう。そしてそれらは、自分の個性を確立するためのコアとなっているのではないだろうか。だからこそその芳香を、大人になった今、自分にとっての“プライムタイムな香り”へと昇華させてみたい。
「そもそも嗅覚とはあいまいなものでもあります。目に見えない匂いのみを純粋にとらえることは至難の業で、芳醇なチーズと足裏の臭いをブラインドで嗅ぎ分けるのは非常に困難と言われるほど。むしろ、そのとき見た景色や味わった感情が香りの印象を強く左右します。人の嗅覚や肌が持つ香りも年齢とともに変化しますし、過去に好んだ清香でも今触れるとさらに新しい印象が生まれる可能性も。今は、自分らしさ、個性を重視する時代なので、“青春の香り”をそのまま使うのではなく、活かしながら今の自分に似合うようアレンジして、誰とも似ていないオリジナルの香りに仕立ててはいかがでしょうか」と加藤さん。かつて自分が惚れ込んだ香りを、記憶の中だけに閉じ込めず、ふたたび体に纏ってみたい。
話を聞いたのは……
加藤広美
精油療法士。「London Schoolof Aromatherapy Japan」にて植物学や精油の化学を学び、英国IFA認定国際PEOTセラピストに。企業プロダクトの香り監修も行いながら、自身のサロン「THENNAROMATHERAPY」を主宰。
問い合わせ先/イヴ・サンローラン・ボーテ 0120-526-333
エルメスジャポン 03-3569-3300
ゲランお客様窓口 0120-140-677
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ジョー マローン ロンドン お問い合わせ窓口 0570-003-770
パルファン・クリスチャン・ディオール 03-3239-0618
ブルーベル・ジャパン 香水・化粧品事業本部 0120-005-130
※『VOGUE JAPAN』2022年11月号「ノスタルジック、“青春の香り”をモダンに刷新」転載
Photo(image): Hiroki Watanabe Photos(cutout): Shinsuke Kojima Text: AYANA Editor: Toru Mitani

